小此木さくらとドラゴンの子

濁流を生み出し、家を押し流す雨音に似た激しさが町のある建物の壁面を乱打した。
乱打音のすさまじさに、撃った星銃侍騎士団の団員たちの方が顔を背けそうになっている。
今、壁面を打ったのは聖銃侍教会がその技術と財力を尽くして作成されたドラクキル榴散弾だ。
十二発の小さな散弾が内部の炸薬の爆発によって0.75ミリの弾丸の進行面から上部へ40度、下部へは20度の範囲に発射後、0.25秒でバラまかれる。
上部への変化に比べ、下部への変化が小さいのは射手が狙う場所に対して上部に急所が多いためだ。
射撃とは基本的に動きの少ない胴部を狙うものであり、致命の部位は圧倒的にその上に多い。
足などを狙う場合も相手が直立していた場合、上部下部同様にばら撒くと地面をたたく散弾が無駄になる。
かつて散弾がただの鉄をばらまく機能しか持たなかったときその半分が破壊対象ではなく、むなしく地面を打っていた。
もっともそのころの散弾には時限信管も搭載されておらず、発射と同時に鉄の弾をばらまくだけだったのだが・・・
二十人近い銃士が一斉に引き金を引けば、発射から0.25秒後にバラまかれる弾丸の数は軽く千を超える。
彼らが手にしているのはマシンガンであり、毎秒33発の銃弾が発射されているので一斉射で33×12の7920発が対象を打ち据える。
どんなスピード自慢もこれを完璧に回避することはできない。
実際に目標となった対象は壁にぶちまけられたペンキと見まがうような赤い血の幕となってしまっている。
赤い――
銃士隊の指揮を執っているレイ・カリーニンは口元に野太い笑みを浮かべる。
鍛え上げられた肉体というよりは生まれたときに与えられた頑強な肉体を確信させる逞しさを持つ偉丈夫だ。
年齢は40を過ぎたあたりだろう。
撫でつけられた銀髪の下にある、その眼光は鋭く一片の油断もない。
二メートルを超える巨躯とそれにふさわしいどう猛さ、何より着こなされている黒い牧師服が軍服にしか見えないようなその立ち姿が印象的だ。
首からかけられた聖銃侍教会の信者であることを示すペンダントが神の意を受けて、白銀に輝いている。
神の意志にそぐわない存在に相対していることの証明だ。
老齢ではなく、老練であり、完熟ではなく、成熟している。
無類の一騎がけの勇者が厳しい自己規定の中で指揮官となった姿がそこにはあった。
「五秒斉射後、祈りの時を」
レイ・カリーニンは落ち着いた声で命じると右手に持った教団教義書を軽く握る。
その表紙の質感は教会上級牧師に与えられる教義書本の皮表紙とは異なるものだ。
皮表紙のツヤを見れば誰でもそれがただの被膜でないことがわかるだろう。
ドラゴンの皮をなめして作られたと言われる伝説がある教義書本であり、聖書と呼ばれる重要な書だ。
これを与えられるのは竜殺しにふさわしい勇者であり、誇り高き騎士。
すなわち星の三銃士と言われる最高位の騎士にして最強の銃士たちだ。
悪の化身である竜を倒す資格を有する者は稀有であり、同じ唯一神を崇めながらも、わずかずつ違う数多の教会教団にそれぞれ一人いるかいないかの神意なる存在とされている。
竜の被膜を表紙とした竜の聖書の数は二十四冊あり、それを有数る資格を持つのは教会教団の騎士叙勲省が話し合いと厳しい検証の下に資格ある者を選ぶ。
彼らはそれぞれの教義書を超えた正式名称として「聖戦士」の名を与えられている。
レイ・カリーニンが属する東方教会ではリグロ・イワノフ。
西方教会に属しながらも東方教会戦闘教師のレイ・カリーニンに師事したロゼッタ・イージスもその一人だ。
かつては冷たい対立関係にあった両教会だが、再生者という驚異を前にして共同歩調をとるに至った。
その結果生み出されたのが星銃侍騎士団であり、聖銃侍教会である。
再生者との戦いが終わるまで同じ神を崇める違う教義を持つ二つの巨大教会勢力が手を握ったのだ。
そして再生者否定の輪は異教の神の信徒たちとの間にも広がり、今では世界の三大宗教と呼ばれるうちの二つまでが星銃侍教会の正義の下に集っている。
西方教会出身のロゼッタ・イージスが、東方教会のレイ・カリーニンの弟子になったのも、そんな経緯のためだ。
もっともレイ・カリーニンが手塩にかけ、育て上げようとしたロゼッタ・イージスはまるで神の啓示を受けた預言者のごとく突如として彼の手を離れて飛び立ってしまった。
彼女は啓示を受けたかのように突然、人外とも呼べる膂力とスピードなにより、それらを効率的に運用する能力を発揮しはじめたのだ。
ロゼッタ・イージスはそれを天啓と呼び、レイ・カリーニンはそれを奇跡と呼んだ。
斉射後に起こっていた雨音が途切れる。
レイ・カリーニンは大きな右手の中にすっぽりと納まってる竜の聖書を胸に当てると目を閉じて祈りの言葉を紡ぐ。
左腕の袖はだらりとたれ、榴散弾の散布によって巻き起こされた暴風にされるがままに巻き上げられている。
レイ・カリーニンには左腕がない。
まだ十にもならない少女によって力づくで引きちぎられたのだ。
恐るべき才能。
奇跡の申し子。
そのときまでにレイ・カリーニンは自身より強い者がいることは理解していた。
奇跡のような出来事も知っていた。
奇跡のような出来事を起こせる人間がいることも。
しかし、それでもレイ・カリーニンは驚愕した。
いかに奇跡を知っていても、目の前で起こった奇跡を受け入れることは困難だということだ。
しかもそれが近しい未成年者の起こしたことともなれば・・・
ロゼッタ・イージスの呆気にとられた表情とそれがゆがみ、涙で曇っていく様子は今でもレイ・カリーニンの瞼の裏に鮮明に残っている。
そしてロゼッタ・イージスがまさに神が遣わされた使徒に違いないと確信した自身が引きちぎられた左腕をそこに置き捨て、残った右手で少女の背中を押して教会へと連れていき、星銃侍騎士団入団証明書を発行したとも・・・。
ロゼッタ・イージスはそれから二年後には戦闘単位とみなされる最低限の戦闘技能を習得し騎士となり、四年後には現場判断を決定する経験と実績を持つ正騎士隊長となった。
さらに二年が経ったころには英雄となり、四年後には伝説となった。
カルフォルニアのジャンヌダルク。
それが彼女に与えられた伝説だった。
数々の功績によってロゼッタ・イージスはすでに三銃士の地位に進むことは決定していたのだが、その伝説の完成によって彼女は望むと望まざるとその地位に進む以外の選択肢はなくなってしまった。
再生者を滅ぼす殲滅粛清教師は神の摂理を守る法の守護者であり、神に選ばれた聖なる使徒だ。
州規模の騒乱を鎮め生き残るような存在は人というよりも、神の使いである天使に近い。
教会の教義の中には大天使が世界大戦の戦場に降りてきて、我が方の勝利のために力を貸してくれたという話がある。
再生者という驚異を前にそれに類似した現象を起こした騎士が天使に模されるのは当然だろう。
ロゼッタ・イージスは最強の三銃士となった。
三銃士となったロゼッタ・イージスは世界を飛び回り、恐るべき再生者をことごとくその手で抹殺粛清してきた。
その成果はすさまじく、ロゼッタ・イージスは教会本部から尊者の認定を受け、福者として認められ、ついには聖者の列に加えられるかが議論されている。
ロゼッタ・イージスは、あの偉大なる奇跡の少女は、聖人となる重要な資格を獲得している。
教義に従い、輝かしい人生を全うしたという事実。
教えに殉じて命を投げ出したという現実。
殉教、つまりロゼッタ・イージスは天に召されたのだ。
レイ・カリーニンの大きな手のひらの中にある教義書本を無意識のうちに親指でこすっている。
「そうやすやすといくとは思えんが」
祈りを終えたレイ・カリーニンはつぶやき、大きな手のひらに収まっている三銃士にのみ与えられる教義書本を見た。
三銃士最強と謳われたロゼッタ・イージスの所持物だ。
それは持ち主の死後に教会本部に返却されるべき竜聖書だ。
しかしレイ・カリーニンは預けられたそれを手放せずにいた。
理由は単純で、ロゼッタ・イージスの生死が不明だからだ。
最後にロゼッタ・イージスが向かったある国の中学校では破滅銀を受けた再生者のなれの果てである白き塵芥が発見されている。
その物証はロゼッタ・イージスの勝利を示している。
再生者が人を食う事例は報告されていない。
ロゼッタ・イージスが再生者と相打ちになったとしても死体は残る。
もちろんロゼッタ・イージスが死闘を繰り広げたと思われる施設内で死体を吹き飛ばして消し去るような現象が起こっていないことは確認済みだ。
今回、教会本部列聖省がロゼッタ・イージスの聖人認定を遅らせているのは審査手順が煩雑を極めることよりも、ロゼッタ・イージスの死が確認されていないことの方が大きい。
生きている人間を聖人認定することはできない。
聖人認定の前段階である尊者、福者までは手順通りであるが、最後の階段を上らせるにはロゼッタ・イージスの殉死の確定情報が必要だ。
そしてロゼッタ・イージスの師であるレイ・カリーニンは弟子の殉死を疑っていた。
願望ではなく、弟子の生存能力の高さを信じたのである。
レイ・カリーニンは弟子から預かった竜聖書を弟子に返すのを習慣としてきた。
これまではそうだったし、これからもそうなのだとごく自然に考えている。
もちろんいつも帰ってきていた者が突然消えることなどよくあることだとはわかっている。
しかし、状況証拠から考えてもロゼッタ・イージスが死んだとは思えない。
だからレイ・カリーニンは弟子の竜聖書を手に戦場に立っている。

強力無比な再生者といえども、四方八方から雨あられと降り注ぐドラクキル榴散弾をかわし切り、反撃してくるほどの力はない。
よほど戦術指揮の未熟な騎士隊長が下手な指揮をして、銃撃タイミングと銃撃角度や精度、包囲銃撃地点の選定を誤らない限りは再生者といえども単体では強敵とはなりえない。
もっとも騎士が一人で立ち向かうには危険すぎる存在でもある。
再生者の存在を密偵し、位置情報を取得するために活動した騎士の多くがその騎士人生を失っている。
再生者を発見した騎士は仲間に連絡を取った後、再生者に発信機をつけるために接触し、離脱することになっている。
しかし神の意志に逆らう存在である再生者にとって忌避と嫌悪を持たずにいられる騎士などいない。
騎士たちは好むと好まざるとを問わず、再生者との戦闘状態に入らざるを得ない状況に置かれることになる。
たとえそれが全面的に騎士側の責任だとしても・・・
再生者と一対一で戦って勝利を得ることができる騎士は少ない。
戦闘牧師として戦いの技術指導官をしている上級牧師であるレイ・カリーニンでさえ、その生涯でたった二体の再生者を屠ったに過ぎない。
そしてその恐ろしさに三度目はないようにと願っている。
再生能力故ではなく、驚くほど引き上げられた単純なパワーとスピードによる力押しの戦闘能力の高さを恐れている。
「無能な騎士隊長か」
レイ・カリーニンは右肩をすくめる。
騎士たちの戦闘を指揮する立場の騎士隊長になるには長生きすることが必要だ。
少なくとも再生者と対峙して生き残る実力と運がなければならない。
そして集団戦において再生者との戦いの中で指揮能力が未熟で、指揮が下手な騎士隊長はすぐに死ぬ。生き残れるはずがない。
もしそうだとしたらその騎士隊長はそんな次元を超えた幸運の持ち主だ。
それは戦場でのいかなる戦術戦略策定能力よりも重大な勝敗を左右する要素となる。
つまり現状生き残っている騎士隊長は皆、戦場では有能な指揮官と言う事ができる。
再生者との戦いにおいては生きていると言う事がすべてに優先する能力なのだ。
指揮能力が未熟で不運な指揮官はこれからも間引かれていくだろう。
今、この場でレイ・カリーニン自身がそうなるかもしれない。
その意味では指揮官の優秀さというのは測りがたいともいえる。
加えて、もう一つ重要なことはどんなに有能な指揮官であっても間違うことがあるということだ。
そう聖銃侍騎士団最高の戦術家にして、英雄的戦闘牧師であるレイ・カリーニンでさえも・・・
破滅銀でコーティングされた散弾で四散した対象は白い塵芥ではなく、赤い血と細切れになった肉をまき散らせていた。
破滅銀を受けて塵芥化しないと言う事は再生者ではないと言う事だ。
レイ・カリーニンの胸に熟字たる思いが溢れる。
しかし神が決して只人には決して与えなかった異常な再生能力、そして無限の再生が不死に至ることは絶対に防がなければならない。
神の存在と意志を否定する存在は絶対に許してはならない。
それは害悪であり、世界の破滅を意味する。
それを防ぐために多少の犠牲はやむを得ない。
レイ・カリーニンは、聖銃侍教会はそう考える。
慣れたわけではない。
再生者と一般人を間違えたとき、レイ・カリーニンは深く神に謝罪し、懺悔をする。
自身の嘆きをおさえて部下たちの懺悔を受けて、その心を平らかにするように努める。
教義という唯一無二の神に仕えていても人は苦悩する。
戦いに慣れたレイ・カリーニンでさえ、精神の均衡を保つために医療措置を受けることは少なくない。
再生者を滅ぼすことは使命だ。
だが戦い続けることは容易ではない。
もちろんそれをやめることは信仰を捨てることであり、許されることではない。
レイ・カリーニンは自身がやがて戦場に立てなくなっても、再生者殲滅粛清のために働き続けることを確信している。
神への信仰がある限り、それは確定事項であり、望ましい未来の姿だ。
レイ・カリーニンは自らが率いてきた騎士たちに視線を送り、撤退の準備を整えるように指示しようとして、目を細める。
騎士たちの顔色を見たからだ。
再生者と間違えて一般人を撃つと言う事は神の御心に背く行為であり、個人としても受け止めがたい事象だ。
ベテランの指揮官であるレイ・カリーニンは率いてきた騎士たちの半数がとても幸運な騎士であることに気づく。
今まで一度も間違いを犯さずに戦いを潜り抜けてきた恵まれた騎士の顔色がさっと変わる様子はいつ見ても痛々しい。
そしてそれに気づくことができる不運な騎士たちは彼らの幸運を祝いたいような、初めての不運を歓迎したいような複雑な顔をしている。
レイ・カリーニンは幸運と不運が交わるさまを眺めて、息を吐く。
言葉を乗せようとしていた息を。
そのとき、恐るべきことが起こった。
何と空中に四散し、大地に飛び散った赤がしかるべき作法を行うことを拒否して、中空へと舞い上がったのである。
ばらばらと地面に落ちた肉片が、
大地に染み付きやがて流されるはずの血痕が、
肉体から離れ、天へと上ったはずの魂が、
飛び上がり、
集中し、
輝きを帯びて、
一つに戻ろうとしていた。
歓声とも、驚愕とも、恐れともつかない声が上がる。
誰もが戸惑っている。
もちろん牧師たるレイ・カリーニンでさえも・・・
(散弾を受けて四散した以上再生者ではない。ではなんだ?)
怪物。
それがレイ・カリーニンの頭に浮かんだ言葉だった。
悪魔であるとは思わない。
悪魔とは天使に対する対立概念であり、二次創作に過ぎない。
存在意義そのものがファンタジーなのだ。
レイ・カリーニンの属する東方教会の教義概念に「悪魔」という存在は記されていない。
記されているのは「竜」だ。
悪の象徴であり、聖人ラルクリフをはじめ、多くの聖人たちがそれを滅することで東方教会を開き、信仰を拡大してきたという奇跡が記されているだけだ。
東方教会に悪魔はいない。
西方教会でも悪魔を階級化した宗派は異端とされている。
ヴァンパイア、ウェアウルフ・・・
レイ・カリーニンは知っている怪物の名を無意識に数え上げていた。
いるはずがない。
映画の中の話だ。
だが怪物を数えていたレイ・カリーニンはついに存在するはずがないのに存在したものにたどり着いてしまう。
それは
(・・・ドラゴン)
その名にたどり着いたとき、レイ・カリーニンは右手に握っている竜聖書を取り落としそうになった。
まるで突然、竜聖書が赤熱したように反射的に手放そうとしてしまった。
東方教会には竜が存在する。
悪の概念の象徴としての寓意ではなく、実際に竜が悪を働き、聖戦士がそれを退治したことで東方の民は神聖なる教義を受け入れたという事実が。
それが東方教会の教義であり、信仰つまりはレイ・カリーニンの真実であった。
「ドラゴン・・・」
レイ・カリーニンがそれを嚙みしめたとき、それは新たな形を表していた。
「デーモンさ」
それはひどく落ち着いた口調で言葉を紡ぎ、それから小さく肩をすくめ、顎に手をやる。
「いや君たちにとってはドラゴンかな? かの書は有名すぎる世紀のベストセラーだからね。いや世紀が始まってからの・・・か」
デーモンを名乗った存在はくくくと忍び笑いを漏らした。
忍び笑いとともに吹き付ける鬼気にレイ・カリーニンは身を震わせ、同時に脳をフル回転させている。
これはなんだ?
いやこの事態にどう対処する?
レイ・カリーニンは現実的だった。
もはや相手を否定する段階は必要ではないことを知っている。
竜であれ、
悪魔であれ、
あれはすでにここに在り、
敵意をむき出しにしている。
完全に姿が変わった以上、先ほどと同じようにドラクキル榴散弾をまき散らすべきではないだろう。
効果があっても、十数秒での復活変化の予兆にしかなりえず、敵の攻撃を誘発するきっかけになる。
全く効果がなければ、騎士隊の士気は完全に崩壊し、無秩序な行動が交錯することになるだろう。
集団の無秩序な戦闘行動それは死を意味する。
「カリーニン牧師、発砲の許可を!」
騎士の一人が発砲の許可を求めてくる。
そう声を発することができたのは彼がベテランであり、窮地を切り抜ける幸運と実力を兼ね備え、それを発揮する機会に多く恵まれたからだ。
熟考よりも、行動が戦場では唯一の状況打開の方法だと彼は体験知として知っているのだろう。
もちろんレイ・カリーニンもそれを知っている。
しかし、現状ではむやみに発砲することは積極的意思による攻勢とはなりえない。
今、主導権はデーモンにあり、発砲はデーモンの最も望むところなのだから・・・
「セーフポイントまで第三戦闘速度で移動を開始しろ!」
レイ・カリーニンは騎士たちに指示を出し、デーモンと名乗ったドラゴンの動きを観察する。
正直、デーモンを名乗る存在がどれほどのことができるかはわからない。
今の超再生、復活ですでに力を使いつくしているということもあり得る。
騎士隊を追撃するのなら精神的には好戦的であり、余力があると言う事だろう。
追撃してこなければ精神的には非好戦的で余力はないと思っていればいい。
もちろん非好戦的だが余力は十分ということも考えられるが戦場を離脱する騎士隊にとってそれは重要な事柄ではない。
今は戦術的撤退が成功するかしないかのみが重要だ。
戦場において希望的観測は危険であり、悲観的過ぎる観測は敗北を招く。
隠れることができる草むらがあれば必ず一斉射して、敵の存在の有無を確認するのが戦理だ。
しかし、腰を据えて戦闘準備をするのは行き過ぎている。
レイ・カリーニンは落ち着いて、右手に抱えていた竜聖書をポケットにしまい、代わりに右手を軽く振って手首にポイントしてある拳銃をスライドさせてデーモンに向かっての射撃準備を整える。
銃弾は上級牧師に支給される破滅銀でコーティングされた徹甲炸薬弾である。
かつて州軍人が再生者として立ちふさがったときにほとんど対抗手段がなかったため、聖銃侍教会が新たに生み出した牧師型拳銃は外見は他の拳銃を大差はないがその破壊力においては大きく優越している。
貫通力に主眼が置かれており、州軍人に貸与された防弾チョッキ程度なら軽く撃ち抜くように設計されている。
その分、ただの拳銃銃弾に対して命中時の被害拡大効果は低い。
対象の体の中で炸裂して被害を拡大する前に貫通してしまう。
もちろん相手が再生者の場合は銃弾の表面にコーティングされた破滅銀の毒の影響で必ず滅びる。
目的を果たすには十分な装備と言える。
レイ・カリーニンはその銃口をデーモンの胴体に定めて引き金を引いた。
三斉射。
デーモンはそれを手のひらで受け止めようとして、体をくの字に曲げて吹き飛んだ。
デーモンの背後にあった壁に三つの穴が開く。
吹き飛んだデーモンは石壁にぶち当たって地面に落ち、それから苦しそうに咳き込んだ。
口の中からは内臓破壊による喀血があり、その視線はうつろだ。
痛みに歯を食いしばり、もだえている。
即死でこそないがそれは「人間の苦しみ方」そのものだ。
「まったく、ふざけすぎ」
声は頭上から降ってきた。
戦場には不似合いな赤いジャージの上下がひらりと舞う。
それが中学校の体育の時の学校指定のジャージだとレイ・カリーニンにはわからない。
もちろん東洋人の顔の判別は西洋人のレイ・カリーニンには困難だ。
レイ・カリーニンには、それはまだ幼い少女に見えた。
牧師型拳銃の引き金にかかった右手の人差し指が迷う。
その間に少女はデーモンを抱えて、壁を蹴った。
一度、二度、三度、少女は重力を無視するように壁を駆け上がる少女の姿にレイ・カリーニンは迷いを解いて引き金を引く。
しかし、レイ・カリーニンに、再生者に違いない少女を撃ち落とし滅ぼすような技量あるいは幸運がなかった。
少女の動きはまさに常識を超えている。
少なくともレイ・カリーニンが対峙してきた再生者とは比べ物にならない力を有しているように見えた。
赤いジャージ姿の再生者の少女は屋根に至ると軽くこちらを振り返る。
ツインテールの黒髪が風になびく。
そして拳銃を構えたレイ・カリーニンの視界から完全に消えた。
それを見送って五つ数えてため息をついた戦闘牧師は手首を振って牧師型拳銃をマウント位置に戻すとその身をひるがえす。
報告しなければならない。
この不可思議にして、あり得ざるデーモンを名乗るドラゴンの出現と新たなる再生者の逃走を。
このときレイ・カリーニンの頭脳はある面で冷静さを欠いていた。
レイ・カリーニンの使命は再生者を滅ぼすことであり、この場から逃走撤退するのは信仰にもその役割にも反する行動だったが、ドラゴンという存在についてはレイ・カリーニンの管轄ではなく、さらに言えば聖銃侍教会の公敵ではない。
東方教会にとって「竜」は滅ぼすべき「悪」だが西方教会にとってはそうではないということだ。
聖銃侍教会に属する星銃侍騎士団は対「再生者」のために結成された団であり、その戦術戦力は「再生者粛清」に特化している。
もちろんその思想も。
だからこそ、ドラゴンという夾雑物を目にしてレイ・カリーニンはその場を退く決断をしてしまった。
命を懸けて再生者に発信機を埋め込んできた先達たちの志。
その系譜が途切れた瞬間であった。

「カオルくんの演出は派手すぎるんだよ」
治療役の直哉がめずらしく声を荒げて怒っている。
対して右の肩と胸と脇腹を撃ち抜かれた少年は痛みに空を見上げながら、
「バラバラになってから復活して『デーモンさ』とかカッコいいじゃん」
とうつろな目をしながらも呟く。
カオルくんはめちゃくちゃ満足そうだ。
「黙ってれば美少年で通るのに」
と肩をすくめたのはラブやん。
わたしの大親友にして、恋愛マスター。
おさげ髪で丸メガネ、あまりそうは見えないが、星の数ほど恋がしたいと言い、実際にそれを実行している猛者である。
その突破力は驚異の100%!
ただしこの銀髪碧眼の美少年はお気に召さなかったらしい。
「で、あれがイリュージョンってわけなの?」
「『お前が見ていたのは幻にすぎん』と言って欲しいなぁ」
カオルくんは苦しい息の中、そう訂正してきた。
「この前は『夢を見ていたのさ』とか言ってなかったっけ?」
直哉の言葉にわたしは笑い声をこらえて頷いた。
直哉はクラスでもおとなしい方で、学校を離れてもそんなに自己主張の強い性格ではないだけどカオルくんとは相性がいいらしい。
まあ、幼馴染のわたしにはすごく愚痴るけど・・・
ラブやんにもそうかな?
親しくなると愚痴っぽくなるのが直哉で、親しくなるのが相手任せなのが、直哉だ。
あんまり考えていないというか、考えることを放棄しているというか。
いいかげんな性格ではないが、何となく変だと思う。
まじめすぎて損をしているタイプかもしれない。
わたしは血まみれになっているカオルくんを屋根裏部屋に設置されているベッドに置いて、ぼんやりと目の前から去っていく牧師を見ている。
いかにも強そうでまともに組み合ったら確実に負けそうな、わたしが大好きなG1プロレスリングチャンプのプロレスラーみたいな体をしている。
(しかも空中殺法とか得意そう)
わたしはそんなことを思いながら、ちょっと小石でも投げてみたくなったけどやめておいた。
何となくだが投げた小石をパシッと受け止めて投げ返されるような気がしたからだ。
(んで、頭を撃ち抜かれて倒れるまでがテンプレ)
わたしはもてあそんでいた小石をぎゅと握りしめて粉々にする。
わたしの握力ゴリラ並み、本気で握手したら相手の手は粉々だ。
まあ、ゴリラが小石を粉々にできるかは、しらないけど。
まったく、再生者になったころもすごかったけど、あのピンクの暴風と戦ってからの異常な底上げは勘弁してもらいたいと思うレベルだ。
あのいかにも強者のオーラみたいなものをまとっている戦闘牧師が小石を投げ返して来たらもう一回、五倍の勢いで投げ返してENDという嫌な未来が見える気がする。
最初の想定とは違うのはわたしが今、わたしのパワーアップを自覚したからだろうか?
ホントにこれって何なんだろう?
「どーしたの?」
「うーん、なんかいろいろと人外踏んじゃってるなぁと思って」
わたしが口をとがらせるとラブやんはアハハと笑う。
「さくらちゃんはもともと人外みたいなものだよ。いろんな学校の助っ人で全国大会に行ったり、大学生のクレー射撃に出場したり」
「そうかなぁ」
「そうだよ」
ラブやんの口調には屈託がない。
当たり前に化け物呼ばわりはちょっと酷いと思うけど・・・
「あたしだってすごく早くて強くなってるけど、全然かなわないのはいつも通りだし」
そう言われればそうかもしれない。
何だかんだでラブやんもえむえむの言うところの再生者バフがついているんだけどわたしには遠く及ばない。
ひょっとしたらもともとも身体能力が関係しているのかも?
そういえば直哉もすごくなってるんだっけ?
ぜんぜん実感がないけど・・・
「治ったよ」
「ありがとう。直哉君」
そういって上半身を起こしたカオルくんのシャツは破れて、血まみれだ。
破れたシャツから透き通るような白い肌がのぞいている。
カオルくんの容姿と状況を見れば淀殿が妄想が捗るとか言いそう。
「じゃ帰ろっか?」
わたしの言葉にわたしのジャージの袖を握っている子供の頭が小さく上下する。
銀色の髪の二房が金色に近い色になって、眉の上のあたりで稲妻型を描いている。
その頭の持ち主は七歳の男の子だ。
かわいいというのがぴったりの男の子だが、すごい問題児というか。
家から街へと勝手に遊びにいくやんちゃな子で、逃げ足も速いし、攻撃的で何をしてくるかわからないから見つけても油断しないようにと注意されていた子だ。
この子を家に連れ帰るのが今回のわたしたちのミッションでカオルくんが銃撃戦に関わったのもわたしがこの子を捕まえるための陽動作戦だった。
すごい意味ありげな陽動作戦になってしまって後で怒られそうだけど・・・
カオルくんは私の心配など関係なく、ベッドから起き上がるとさっと髪をかき上げ、
「そうしよう」
とかっこつける。
銃弾が貫通した傷がふさがったばっかりなのに。
「じゃ、いく?」
ラブやんもわたしと同じ方向へと視線を向けてから、こちらを見る。
「うん、あの巨キャラ牧師もなんかいいね。さくらちゃん好みでしょ」
「まあ、カッコいいと言えばめちゃくちゃカッコいいと思う」
「だよね」
などと話しつつ、さすがにあの距離からいきなり飛んでくるなんてことはないだろうと思ったりする。
ライフルで長距離射撃とかもなさそうだ。
いや今のわたしならマンガみたいに指でつかめそうだけど、破滅銀でコーティングされてたら、触ったらアウトだからなぁ。
何しろ、再生者は破滅銀を触っただけで、白くなってぼろぼろと崩れてしまう体質なのだ。
ロゼッタ・イージスの体に入って破滅銀の毒のきつさを体験してしまってからはかなり嫌な感じがする。
あれはマジできつい!
まあ、それはさておいて、もしあのG1チャンプ牧師がマーガスさんみたいに『テレポート』とか言ってきたら、それはもう仕方ないと思う。
東欧のシールベラから日本の田舎の高校まで一瞬で飛んできて
「君たちは狙われている!」
とか、もうわかりきっていることをどや顔で忠告しに来たマーガスさんはわたしたちにボコられた後、
「違う。お願い、言う事を聞くから、話を聞け、聞いてくださいっ!」
と壁際で震えていた。
そこで司馬くんが袋を渡してきたのでその策通りにマーガスさんの素性と能力、目的なんかを聞いて、話し合った結果が現状というわけだ。
ちなみにわたしたち二年四組は荒事に慣れていたから無事に生き残ったけれどそうでない再生者化した人たちはピンクの暴風ことロゼッタ・イージスが自慢した破滅銀のせいであっさりとやられちゃったり、がんばってやられちゃったりしているらしい。
ちなみにマーガスさんが泣きながら白状した内容によると、マーガスさんたちは「ドラゴン族」という「トライブ」らしい。
えむえむによると「トライブ」とはエルフとかドワーフみたいなもので人間じゃない部族血族文化集団という意味らしい。
ちなみに「ドラゴン族」はわたしたちを狙ってきたロゼッタ・イージスの派遣先である聖銃侍教会の敵団体ということだ。
マーガスさん曰く「完全殲滅対象」という国際指名手配(デッドグットオッケー)みたいなものらしい。
ぶっ殺しちゃってオッケー種族。
デッドグットオッケーとか真顔で言われて、笑ってしまいそうだったが、現実問題としてはわたしたちも同じか、それ以上に危険視されているらしいので爆笑するのは我慢した。
ちょっとだけ笑っちゃったけど。
カオルくんがG1戦闘牧師の撃った破滅銀の銃弾を受けても、白い灰燼に帰さなかったのはそのためだ。
もちろんバラまかれた榴散弾を受けたのはカオルくんじゃなくて、カオルくんが作り出した幻覚で、その素材は地域案内板。
バラバラに砕け散ったのは案内板の素材で、今も地面にバラまかれている。
「パンっ」と発砲音がした。
わたしは思わず、頭を引っ込めたが、銃弾が飛んでくることはなかった。
どうやら撤退中の騎士の誰かが発砲したらしい。
周りの騎士たちから寄ってたかって取り押さえられているのをみるとちょっとかわいそうな気もする。
なので、さっき握りつぶした小石の破片をひゅっと投げて騎士を取り押さえようとして拳を振り上げている騎士に向けて投げつけてやった。
ナイスコントロールなわたしの小石は騎士の拳をはじき返して、取り押さえられた騎士が殴られることはなかった。
振り返るとラブやんが口をOの字に開けてパチパチと拍手をしていた。
あれ、ラブやんにも見えてる?
わたしの疑問が音になろうとしたとき、シュッとマーガスさんが登場した。
わたしがぶっ倒れたときに教室にやってきたマーガスさんは黒髪交じりの銀髪の威圧的な表情がカッコいいと思っているらしいおじさんだ。
今も苦虫を噛み潰したような威厳のある表情をしている。
指揮棒降っている若い指揮者のような髪形をしているから若いのか年寄りなのかがわかりにくい。
こういうわかりにくさがあるキャラこそリーダーっぽいってねむねむとかはいうけど、わたしはちゃんと頼りがいがある外見の方がわかりやすくていいと思う。
「シード。まさかまた不用意な挑発行為をしたわけじゃないだろうな」
いきなりやってきたマーガスさんは挨拶も抜きでカオルくんにそう言った。
カオルくんはちょっと首をひねり、空を見上げてから、こっちを見る。
マーガスさんもこっちを見る。
「銃撃を受けて、一回バラバラになって復活する演出は派手だったと思うな」
わたしの答えにマーガスさんは顔を真っ赤にしてカオルくんにつかみかかった。
カオルくんの方は慌てた様子もなく、そのマーガスさんの手首をつかんで抵抗しながら
「ただの演出! 別に前みたいにドラゴン族だって名乗ったわけじゃないから! 許容範囲、きょ、よう、はん、い!」
とやや早口で答える。
その答えを聞いたマーガスさんは「そんな派手なことをしたら名乗ったも同然だろうが!」と怒りを治める様子はない。
「だい、じょう、ぶ、大丈夫! ちゃんと『デーモン』と偽名を名乗って・・・」
カオルくんの言葉にマーガスさんは雷に撃たれたように体を震わせるとがっくりと膝をつく。
ちなみに聞いた話ではカオルくんが星銃侍騎士団に詰問されたときに
「再生者? 我ら歴史の深き闇に生きてきたドラゴンをそんなぽっと出の連中と同じにしないでもらいたいものだ」
とか言って鼻で笑ったと自慢をしていたので、ドラゴン族のトライブ全体に厳戒態勢が呼びかけられたらしい。
「あれ? カオルくん。デーモンとか言ったのと一緒にドラゴンがどうとか言ってなかったっけ?」と思ったが、マーガスさんの心労のためを増やすのもなんだし黙っておこう。
ちなみにマーガスさんがわたしたちの教室にテレポートしてきたのはそんな状況を打開すべく、同じ教会の敵である「再生者」と手を組むためだった。
そういう意味ではカオルくんはわたしたちの救世主かもしれない。
もしマーガスさんが来なければわたしたちはこれからどうするかをいろいろと悩む羽目になっただろうから。
悩むかなぁ?
ともあれ、完全に戦いが終わってわたしが目覚めたころにやってきたところを見ると、今までもマーガスさんのテレポート成功したときには聖銃侍教会の星銃侍騎士団VS再生者の決着はついていたというパターンが多そうだ。
実際、わたしたちはクラスメイト以外の再生者には会っていないし、目にしてもいない。
この理由を司馬くんに聞いてみたいところだけど、なんか裏の裏まで解説されてげんなりしそうなのでやめておいた。
うーん、司馬くんが袋献策を好むのはしゃべり出したら止まらないからかもしれないなぁ。
ちなみにマーガスさんが来た時の司馬くんの策袋によれば、「天下三分の計。教会VSドラゴン族+わたしたち同盟で対抗すべし」とのことだった。
もちろんマーガスさんの話を聞きながら司馬くんがせっせと袋詰めした策で、以前からドラゴン族のことを知っていたというわけじゃない。
一応、採決を取ってみると「明日から連休だから休み明けまでなら付き合ってもいい」という意見が多数をしめた。
結果、ゴールデンウィーク終わるまではみんなで妙王山に泊まりに行っていることにしようと決まり、破壊跡の刻み込まれた学校にやってきてびっくりしている不動先生を拉致もとい共犯者もとい保護者としてこちらへやってきた。
ちなみにマーガスさんによれば聖銃侍教会は再生者の存在を知られないように戦いによって破壊されてしまった施設や道路などは秘密裏に元通りにしてくれるらしかったので、司馬くんの袋策で「あわわ」となっている先生に「ついてきてくれたら学校が元通りになっておとがめなし」という条件で交渉した。
自分が担任するクラスが学校破壊活動とか本当にシャレにならないので不動先生はわたしにしがみついて、「嘘じゃないよね!」と食い気味にその条件をオッケーした。
こうしてわたしたちはドラゴン族の緊急避難地域にやってきたのだ。
ドラゴン族とは言っても見た目は人間で能力も人間なドラゴン族の緊急避難地域はちゃんとした町だった。
日本に比べてかなり寒いけどちゃんとエアコンも暖房設備もあるし、食べ物も生肉とかではない。
スーパーもコンビニもあるし、すっごいでっかい畑ばっかりというわけでもない。
一つだけ大きな違和感を家と言われたらドラゴン族が全員マルチリンガルなところだろう。
簡単に言えばロシア語圏なのに日本語で気軽に話しかけてきて違和感がないというところ。
カオルくんによればロシア語、英語、日本語は基本中の基本で三歳ぐらいまでにしゃべれるようになってたらしい。
今、わたしのジャージの裾をつまんでいる銀髪金角髪の五歳児ヒスクリフも日本語をべらべらしゃべっていた。
わたしが全力で逃げようとしたヒスクリフをとっ捕まえて、その頭をぶん殴るまでは・・・
「せっかくマーガスさんが来てくれたことだし、テレポートで送って行ってもらいましょ。ヒースはパパにちゃんと叱られなさい」
「わかったよ、さくら姉ちゃんがいうなら」
わたしの言葉にヒスクリフはしょぼくれた様子でと頷く。
それを見たマーガスさんは顎が外れんばかりに口を開け、目玉が零れ落ちそうなほど目を見開いて、驚いている。
「さ、さくら殿どんな魔法を・・・」
「うーん、オトナな態度で叱っただけかな」
わたしはつっと目をそらして頭を掻いた。
「どうやったらあのヒスクリフがこんなに素直に言うことを聞くようになるんだー! ぜひその技を伝授してほしい!」
マーガスさんはドラゴンに祈るポーズで詰め寄ってくる。
そんなマーガスさんをヒスクリフはためらいなく殴り飛ばす。
マーガスさんは屋根裏部屋の壁まで吹っ飛び、激突した衝撃にうめきながらもうひと驚き。
「バカな、あのヒスクリフが手加減を!?」
壁まで吹き飛ぶ威力でぶん殴って手加減とか言われると、わたしとしては複雑。
つまりドラゴン族のみんながわたしたちにヒスクリフを押し付けたと言う事は、命がけの仕事をわたしたちを騙してやらせようとしたようなものだから。
正直、再生者ぞろいの二年四組でもぼろぼろになってみんな泣いて「ドラゴン族許すまじ!」となった可能性もあるのだ。
滅ぼすとかまではいかなかっただろうけど、爆破ぐらいはしたかもしれない。
ともあれ長老からのお願いは聞いたわけで、わたしたちの仕事も終わりだ。
これでしばらくはバカンス気分で、東欧のあれこれを楽しめるはずだ。
ドラゴン族のトライブではヒスクリフさえ帰ってくれば、すべてがうまくいくことになっている。
そしてそれは本当だろう。
ヒスクリフの持つ「能力」はマーガスさんのテレポート以上のとんでも能力なのだから。
「それじゃ、今度こそ、おうちに帰りましょうか。テレポートで」
わたしたちは驚きの表情のまま、ひっくり返っていたマーガスさんをやさしくたたき起こして、そう言った。

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