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飢えた何者かが校内を彷徨っていた話

大学時代の話である。
大学が山の中にあったので、私は利便性と集団生活への適性のなさから、大学から離れた、しかし駅は近いアパートで一人暮らしをしていたが、地方出身者の多い私の出身大学は大学寮で暮らしている人も多かった。
金銭面の削減のため、私を寮に入れる案もあったらしいが、「この子が他人と一緒の部屋で暮らすなんて、この子も他の子も気の毒だ」という母の意見により、「不審者にあっても最後のとどめだけはささないように」という言葉とともに私の寮生活は見送りとなった。
はじめての一人暮らしをはじめる娘に対する注意とは思えない言葉であるが、座右の銘が『見敵必殺』であった娘に思うところが色々とあったのだろう。

閑話休題。
さて、そのような環境なので友人やクラスメイトには寮生も多かったのだが、いつ頃からか一番大きな寮で変な話を聞くようになった。

共同冷蔵庫に入れてあった料理が皿ごと盗まれた。
3個パックのヨーグルトやプリンが、ひとつを残して消える。
届いたばかりの仕送りの米が半分なくなった。
未開封のお茶が、目を離したすきに丸々なくなった。
ツナ缶が盗まれた。
ジャムの減り方がおかしい。

ほとんどの生徒は「なんで??」と困惑気味だったが、奨学金の苦学生には笑い事ではない問題である。
嗜好品が消えるなら窃盗としてまだ分からないでもない。しかし、手料理どころか食材まで消えているので『美味しそうでつい』というようなレベルの話ではない。
貧乏でお腹が空いて…というのは学生あるあるだが、うちの学校は成績優秀者なら学費の免除または割引があるし、苦学生が多いので奨学金やバイトの紹介もあり、真面目にやれば飢えるような自体にはならない。それに消えるのは食べ物であって、高価な装飾品や金銭ではないのだ。
ものがものなので学校もはじめは腰が重かったが、あまりにも頻発するため、寮母さんの見回りを増やすなど対策をはじめた。
寮生も寮内に食べ物を置かないようにしたり、見えないところに隠したり、わざと激辛やまずいものを冷蔵庫に入れたりと自衛をはじめた。
結果、被害は思わぬ方へと進み始めた。
寮での被害を聞かなくなるのと入れ替わりに、学食の机や教室に離席中置きっぱなしにしていた未開封のジュースやお菓子がなくなったという話をあちこちの学部で複数人から聞くようになった。
なお、私大でキャンパスはせまいので複数の学部に出入りすること自体はまったく難しくない。

飢えた何者かが校内を彷徨いている。

寮生以外も気がつくのに時間はかからなかった。
不思議と財布や電子機器等の貴重品の盗難の話はなく、消えているのはすべて飲食物ばかり。
他の人の被害の話をきいてはじめて紛失ではなく盗難と気づいたひともいたようなので、被害に気づかない分も考えると毎日どこかで誰かの食べ物が消えていたのではないだろうか?
しかし、寮以外の大学の敷地で持ち主が食べ物をその辺に放置するような機会は多くない。
そして事件はさらに次のステップへとうつった。

食物科の学生たちが実習のため用意していた食材と炊飯器の炊きたてご飯がまるまる消えたのだ。

一つのグループが用意していた分だけらしいので多くても5人6人であろうが、普通の人間がすぐ消費できるような量ではない。
妖怪かよ。
冷蔵庫に入っていた食品をこっそりネコババする程度なら理解できないでもないが、炊飯器の中身がまるまる盗んでいくというのは普通の人間の行動とは言い難い。
病理か人外か。
むしろ正気のまま、あつあつ炊きたてご飯を炊飯器一つ分盗むやつがいたら、そっちのほうが怖い話である。

いっそ妖怪であってほしい。

被害にあった学生の大部分がそう思っていたに違いない。
が、なぜかこの一件で大学の調査が入った後、ぴたりと窃盗はなりをひそめ、卒業まで再発することはなかった。
公式発表はなく、被害者へ犯人が捕まったとの連絡もなかったため、大騒ぎになったことで正気に戻ったか、病気に気づいた実家にひそかに連れ戻されたか、捕まったが内々に処理されたかのいずれかなのだろうが、そのせいでますます妖怪感が出てしまった。
妖怪食べ物ぬすみ
心のなかで私はそう呼んでいる。
最後の炊飯器いっぱいのごはんで飢えは満たされたのだろうか。それとも、今もどこかで炊きたてご飯を盗んでいるのだろうか。

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