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祖父がストーカーだった話

私と旦那は十歳差の歳の差婚である。
私の父と母も十歳以上離れていて、母方の祖父母も十離れている。別に歴代年上好みというわけではないのだが、見事に歳の差婚である。

もっとも、結婚の理由はまちまちだ。

私は婚活で会った人の中で、旦那がもっとも意見のすり合わせが可能そうだったのでよい父になるだろうと結婚した。顔がいいとか若いとか収入がいいとかは他にもいたので、結婚当初はあちこちから反対されたが、子供ができるとそのよい父親ぶりに一転して全肯定称賛の嵐なので、選択は正解だったと今でも思っている。

母は中々の美人で求婚者はたくさんいたらしいが、男に一切の興味がなかったゆえ、求婚者の中でもっとも学歴が高くて、「この人の子どもなら賢い子が生まれるだろう」と思った相手を選んだのだという。そして見事に母の美貌と父の頭脳を持つ姉が誕生したのだが、続く二人目が、父の外見と母の頭脳の私で心底申し訳ない。
ちなみに父はひたすら面食いで求婚したらしい。

さて、問題は祖母である。
祖父母はともに私が成人前に亡くなっているが、写真に映る姿を見るに若い頃はそれは美形だったであろうと分かる姿だった。実際、祖母は若い頃は小町娘と名高く、成人前から求婚者が絶えなかったという。
その祖母がなぜ祖父と結婚したのか。
以下、娘である母が祖父よりきいた話である。

祖母は当時としてはそこそこ裕福な、いわゆる豪農系の家の子で、女学生のころは祖母の父親に駅まで送ってもらい街の学校に通っていたらしい。
その祖母を街中でたまたま見かけたのが、イケメン、太い実家、実業学校出身者(当時の田舎ではわりとよい学歴)の祖父。バイクが趣味で当時は高価で珍しいそれに乗って街中を走っていたらしい。
美しい祖母に一目惚れした祖父は、そのまま彼女を尾行して家を突き止めたのだという。

アウトである。
しかも当時の祖母は15-16歳。祖父は成人済。もう、ただの事案である。
世が世なら、通報一択。
もしも息子が同じことをしたら、助走をつけて殴るしかない。
しかし幸か不幸か、世は世でなく、祖母は尾行にまったく気づいていなかったため、事件が事件になることはなかった。

さて、一目惚れした祖母の家をつきとめた祖父は次に家人を尾行して、祖母の両親の仕事(農家でなにを作っていてどこに畑があるかなど)や、よく行く場所などを調べ上げたのだという。
普通にこわい。
そして、まずは農作業中の両親に通りすがりのふりをして話しかけ、世間話に持ち込んだのち、「学校でこの畑の作物の勉強をしたことがある」など言葉巧みに取り入って、農作業の手伝いをして好印象を叩き込んだらしい。実際役に立ったところをみると、綿密な調査とシミュレーションがその前にあったことは想像にかたくない。
努力の方向性を間違ってる。
そして翌日、今度は祖母の父親が出入りしている将棋会に新入りとしてまんまと入り込んだところで、「あ、これは先日の!」と祖母の父親と仕組まれた偶然の再会を果たし、猛勉強した将棋の試合を申し込む。
祖父の思惑通り、はじめは数回負けたのち、たまに勝ってはやや負けるを繰り返して、見事に歳の離れた将棋敵の座を手に入れることに成功した。
そのまま自然な流れで、祖母の父の家、つまりは祖母の家でも将棋を打つようになり、そのうち毎日のように上がり込んでは夕食まで食べていく中になったという。
外堀の埋め方がえげつなくて、身内ながら怖すぎる。
なお、祖母はなにも気が付かす、随分若い将棋敵ができてお父さん楽しそうね、と思っていたらしい。
知らぬが仏である。
世の中には『ただしイケメンに限る』という言葉があるが、最終的にちゃんと結婚に行き着いていなかったら、イケメンでも許されてなかったであろう。

さて、毎日来ても大丈夫な仲になったところで、祖父はやっと祖母の父に見合いを打診したのだという。
しかし、まだ学生だから嫁にはやらんと流石の祖母の父もすぐには首を縦に振らない。
当たり前である。
祖父はその場はすぐに退き、必死に見えないように、しかししつこく結婚の打診を続けた。あまりにもしつこいのと、へんな男ではない(と、祖母の一家は騙されていた)ということで、何度目かの打診ではじめて祖母へ求婚の話が伝えられた。
父の将棋敵からの求婚。
祖母からすると青天の霹靂である。
現代風に考えると、父が連れてきた若手の部下が突然口説いてきた状態だろうか。家から蹴り出されて二度と敷居をまたがせてもらえなくても文句の言えない、完璧な事案である。
なお、この時点で出会いから一年ほど立っており、祖父は語らなかったが、この小町娘の祖母にこの間他の虫がいなかったわけはなく、祖父はストーカーをしつつ、外堀を埋めて、他の虫も叩き潰していたと思われる。
こわい。
なお、初回の求婚を祖母は未成年を理由に断っている。当たり前である。
しかし、そこであきらめる祖父ではない。
物理的な意味での百夜通いを敢行し、雨の日も風の日も手土産とともにバイクで現れ、しつこく求婚を繰り返した話はもはや地元の民話のようになっている。
その熱い心に祖母も気持ちが傾いた――ということもなく、ひたすら呆れ返ってきたらしいが、百夜通いに先に両家の両親が折れた。
「本人の了解が取れて、学校を卒業したあとなら結婚してもいい」
せっせと埋めた外堀の効果である。
そして、祖父がいるのが祖母宅の日常になったころ、とうとう祖母も折れた。
『なんか可哀想になった』というのが、祖母の言である。
なお、ここにきても祖母一家は尾行のことなどつゆ知らず、終生、『将棋敵が家の娘に惚れた案件』と認識していた。

こうして祖父はまんまと祖母と結婚し、まあ、夫婦らしく紆余曲折ありつつも、最後まで添い遂げた。

私の記憶にある祖父は、手先が起用で頭もよく、中々のイケおじいちゃんである。
しかし、農林水産省のなんかの賞をもらったのに賞に興味なさすぎて副賞の置物をその辺に放置して盗まれたり、祖母を喜ばせようと庭に池をほって祖父の祖母に怒られたり、孫を喜ばせようとアメリカ産の巨大なかぼちゃをどこからか仕入れてきて、職人顔負けのジャック・オー・ランタンを作ってすごすぎて孫含めた近所の子供を号泣させたり、有能なのに何事も極端から極端へと走るうえに興味のあることにしか興味のない割とやばめの人だったので、この話はほぼ実話であると確信している。

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