暑い秋
1週間で退院の予定だった父の容体が急に悪くなった。
一旦は食欲も戻り週明けには母の待つ施設に戻れると思っていた。医師からもそう聞いていた。
退院前にどんな様子か見て来ようと思い、ちょうど仕事が休みで家にいた息子を連れて面会に行くことにした。
父は個室に移され対面の面会を許された。嫌な予感がした。
頬がすっかりこけてしまい、目も濁っている。ああ、見覚えがある。亡くなるまえの祖父の顔。死に行く人の顔だ。動揺した。
「Mだよー。お見舞いに来たよ。Fも来たよー」
と声をかけると懸命に目を見開いて私の顔を見る。
「大変なことになっちゃったね。色々繋がれて嫌だね」というとミトンを被せられた手を持ち上げて何やら話すが声もあまり出ないので何を言っているのか分からない。拘束されているのが嫌だと言っているような気がする。父は物理的にも精神的にも縛られるのが嫌いな自由人だ。
何か、ポジティブな話題はないか。
「Fね、もうすぐ彼女と一緒に住み始めるんだよ」と報告すると父の眼にパッと光が戻り、傍らに困った顔で立っている息子を見てにっこり笑った「F、よかったなあ」Fは私の息子。父の2人目の孫だ。
良かった。この言葉だけ、はっきり聞き取れた。父が笑顔になった。
担当の医師の説明を息子と2人で聞いた。週末から食事を取らなくなり、尿毒症が出てしまっているそうだ。他にも色々、丁寧に説明してくれたが頭に入って来ない。
「当初は退院できると思っていましたが、このまま看取りになりそうです」
今後の緩和ケアについての話を聞き、常時、連絡が取れるようにと言われた。
覚悟はしていた。でも、まだ先だと思っていた。
息子がいなかったら、その場で泣き崩れただろう。息子の前では大丈夫な母親でいたい。