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道立小黒内高校 3年イ組「格闘数学界の人類最強女子高校生」

「格闘数学界の人類最強女子高校生」

山口梨乃著「華麗なる武闘数学の世界」は、格闘数学のバイブルともいうべき傑作である。彼女の優雅にして剛胆、華麗にして獰猛なその格闘数学スタイルを、初級者から有段者に至るまでが学ぶ事のできる良著である。その彼女がチャバネ町で彗星の如く格闘数学界にデビューしたチャバネ商店街ストリートマスファイト事件を語ろう。

さなだユメミル(夢視)学園格闘数学科の五大将とよばれる男たちがいる。
チャバネ駅翔担街ヨーチュー通りを根城に、西はセーチュー通りから東のランショー通りまでをその縄張りとしている。彼らの格闘方式は、舗装道路の表面に蝋石で問題を書き、通るもの全てに解を求める所謂「一撃解答スタイル:Single-Strike Answering Style」とよばれるものである。

「おい!貴様!この3×3行列Aについて、逆行列A^-1を求めてみろや!」

五大将の一人が指差道路には以下のような文字が書かれている。

A = [ 2 3 5 1 2 3 3 4 7 ]

商店街の入り口に陣取る五大将、その日誰も商店街に入る事ができずにいた。

そこへ、山口梨乃が母に頼まれた「一番人気!超特選本格丸大豆醤油濃口」を買いにやってきた。
商店街のアーケードの入り口に困り顔の人々がざわざわとたむろっている。
「なんだろう?」と梨乃は、雑踏をかき分け人だかりの先頭に出た。
そこで見たのが先の五大将達の狼藉である。
急ぎ醤油を買って帰らなければ、晩御飯の「肉じゃが」がいつまでたってもできあがらない。父と母、そしてひもじい思いの妹が私の帰りを待っている。

梨乃は、つかつかと五大将の前に歩み出て、その一人に手のひらを差し出し、「蝋石を貸しなさい」と言った。


「やれんのか!ごるぁ!」

梨乃は説明を加えながら、問題文の下に、なんらのためらいもなく、蝋石で何かを書き始めた。

「まず、この行列の行列式(determinant)を求めます。3 x 3 行列の行列式は以下の公式を用いて計算します」

|A| = a(ei−fh) − b(di−fg) + c(dh−eg)

「ここで、 a = 2, b = 3, c = 5, d = 1, e = 2, f = 3, g = 3, h = 4, i = 7 を代入して計算すると、」

|A| = 2 * (27 - 34) - 3 * (17 - 33) + 5 * (14 - 32) = 2 - 6 + 0 = -4

「逆行列 A^-1 は以下の公式に従います」

A^-1 = 1/|A| * adj(A)

「ここで、adj(A)は余因子行列(cofactor matrix)の転置行列(transpose)です。よって、まず余因子行列を計算します。」

余因子行列 C = [ 27 - 34, -(17 - 33), 14 - 32 -(27 - 33), 25 - 35, -(15 - 35) 24 - 32, -(14 - 32), 12 - 31 ] = [ -2, 2, -2 -2, 0, 0 2, -2, -1 ]

「この余因子行列の転置行列(行と列を交換する操作)を計算します」

adj(A) = [ -7, -8, 2 16, -10, -2 -18, 20, -2 ]

「最後に、このadj(A)に 1/|A| = -1/4 をかけて逆行列 A^-1 を求めます」

A^-1 = [ 7/4, 2, -1/2 -4, 5/2, 1/2 9/2, -5, 1/2 ]

「以上よ。」

当たりは静寂につつまれた。梨乃の解答がいったい正答なのかどうか、いや、もはや人の言葉であるのかさえ、あたりの人々には理解できなかった。

「せ、正解だ」

五大将の一人が言った。梨乃が「それで?」というと、五大将は彼女の道を開け、

「通ってもいいぜ。」

と言った。梨乃は、しばらく五大将を一人一人品定めし、醤油を買いに行かず、改めて蝋石で何かを書き始めた。

「以下の 3 x 3 行列 B と前問題の解答である行列 A^-1 を使って、行列の積 AB を求めなさい。」

B = [ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 ]

梨乃は、言う。「あなた達のスタイルに従って、私も闘うわ。さぁ、答えなさい。できないのならこの商店街は私に譲りなさい。」

「この女、数学死闘:Math Deathmatchを仕掛けてきたぞ。やべぇ」
「オレたいに数学死闘がやれんのか?」
「無理だろ。」

五大将達は、「反撃」を全く想定していなかった。解かれる事までは想定はしていたものの、まさか・・・

「お、覚えてろよ!」

彼らは、そう言って、走り去っていった。

商店街のアーケードの入り口は、梨乃への拍手喝采で、その夜、まるでディ○ニー○ンドのパレードさながらの盛り上がりを見せた。

あの日依頼、五大将は町に現れても問題を出すことは無く鳴った。チャバネ商店街は全て山口梨乃姉御の縄張りだからである。

「姉御!」

梨乃は、「一級特選、主婦に人気の本みりん」を買いに商店街に立ち寄っただけだったが、五大将がいるのならばと、新たな問題を彼らに出すのであった。

五大将はその問題を出される度に恍惚の表情を浮かべ梨乃の膝下に屈するのである。

「姉御の問題は美しすぎて、俺達は分不相応だ。もったいなくて解く気がしねーよ。」

「勉強さぼってるだけでしょ?」

「姉御の詩的は、相変わらずきっついなぁ」

そんな笑いに包まれるチャバネ商店街は平和で安心なストリートだった。

「スーパー吉田屋の数学問題解けたら50%オフちらし」

森田桜子先生は、吉田屋の惣菜コーナーにある肉まんが大好きだ。
「このちらしの問題が溶ければ、半額なのよ。」
井上大輔先生はハナから諦めている。佐々木竜二先生は「まがりなりにも理系ですからね。」といって、チラシを受け取ってはみたものの、問題の硬度さに膝から落ちた。
「でもね、最近のチャバネーゼさんたちは、これをあっさり解いちゃうのよ。山口梨乃さんの主婦向けサークル『マテマティーク・ド・コンバ』に私も入ろうかしら。素敵な名前のサークルだし、半額セールにもありつけるし。」
佐々木先生はそれを聞いて笑い出す。
「それって、フランス語で「格闘数学」って言ってるだけですよ」
そんな今日、高山先生は、肉まんを2つ食べて帰った。

*チャバネーゼ:チャバネ商店街に通い主婦層の事。

問題や解答の間違いを指摘してください。自信とか全然ないんで。