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バーデハウスで開眼

2023年4月、ドバイで単身赴任中の夫が5ヶ月ぶりに帰国することになった。2週間の休暇。私たちは、急遽、滞在中の予定を立てることになった。
昨年11月に転職したばかりの夫は、熱海にある、会社の保養所を利用したいという。彼の要望を受け、私はさっそく一泊二日の熱海旅行の計画を練り始めた。

熱海は通過するだけで降りたことがない。初めて訪れる場所なので、観光旅行にしてもよかった。しかし、ありきたりな観光旅行では特別感がない。そこで、今回はこれまでとは「真逆の発想」で旅を計画することにした。

私のこれまでの旅は、観光ポイントを、できるだけ多く、かつ効率的に周る欲張りなスタイルだった。しかし今回は、詰込み型の観光旅行ではなく、宿での滞在にフォーカスしたゆったり旅行を目指した。

あらためて宿の特徴を確認したところ、バーデハウスと呼ばれる温浴施設が目玉だった。プールと温泉の両方の要素を併せ持つ施設には、露天風呂、打たせ湯、寝湯、ドライサウナ、ミストサウナ、水風呂、ジャグジーに加え、温水プールが揃っていて、水着を着ているので、男女一緒に入れる。初めてのバーデハウス体験はチャレンジになる。こうして旅のメインイベントが決定した。

まず水着。若い頃に買った水着は数回着ただけで断捨離していた。施設は、コロナで水着のレンタルを中止しているというから、自前で用意する必要があった。運動音痴で泳げない私にとっては、水着の購入さえハードルに感じられたが、バーデハウス体験用なので、無難なスクール水着で手を打った。

つぎに行程。前述の通り、これまでは、ぎりぎりまで観光する詰め込み派だったので、チェックインの時間を気にしたことはなかった。だが、今回は宿での滞在時間を最大にするため、チェックインの時間にあわせて予定を組んだ。

そして当日、昼過ぎに宿に入ったので、バーデハウスは貸し切り状態だった。いろいろなお風呂をひとしきり体験した後、意を決してプールに向かったのだが、思いがけず、そこで水泳の楽しさを知ることになった。

泳げない私は、当初、水中ウォーキングを楽しめれば十分だと考えていた。しかし、ビート板を見ると使ってみたくなった。まずは顔をあげたまま、バタ足だけで泳いでみた。ゆっくりだが、プールの端から端まで17メートルを泳ぎ切った。はじめは、いくら水を蹴っても前に進んでいる実感がなく疲れるだけだったが、何回か往復するうちに、水に慣れ、推進力も出てきた。
いつしか夫がにわかコーチとなり、息継ぎの仕方や、足の動かし方の指導が始まった。恐る恐る顔を水に浸けてみたが、水中で息を吐けない。練習は夕食後も続いた。豪華な食事にはアルコールはつけず、代わりにごはんを三杯食べた。そして、食べた分、動いた。

あいかわらず、ビート板につかまり、顔をあげて泳いでいたのだが、気が付けば無心で水を蹴っていた。下手でも泳ぐことに没頭していて、これは瞑想と同じ効果がある、ということに気づいた。この気づきを夫に話すと、「水泳は余計なことを考えずに集中できるから気持ちよい」と言っていた。そして、こんな気持ちよさが味わえるのなら、ふつうに泳げるようになりたい、と本気で思ったのだ。

「真逆の発想」により、宿でのバーデハウス体験が旅の目的になり、まさか水泳に開眼することになるとは、まったく想定外の展開だった。次に夫が帰国し、この施設を訪れるのは9月の予定だ。ゴーグルとキャップを買い足して、水泳教室にも通ってみることにしよう。

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