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無知の知で破れるか ~はじめての電気風呂~

「きょう、プールの帰りにお風呂屋さんに寄ってこない?」。
風呂好きの夫が一時帰国した。前から決まっていたプール行きに加え、銭湯という+αを提案してきた。銭湯なんて久しぶり。断る理由がなく、プールに近い「八幡湯」へ行ってみた。

薬湯、水風呂、ジャグジー、サウナ。古い銭湯の割には種類が豊富だ。一人が腰かけられるほどの電気風呂もあった。何やら壁に効能書きのようなものが貼られてあるが、文字がかすれていて読めない。なんだか感電しそうで怖い。それに誰も浸かってない。興味がわかずスルーした。

「電気風呂入った?ビリビリしておもしろかったよ」「なんだ、入ればよかったのに」。悔しい。同じ料金を払ったのに、電気風呂をパスして損した気分になった。そもそも、なぜスルーしたのだろう。殻だ。「無意識の殻」のせいだ。破らなければ。まるで敵を見つけたかのような気分になった。

電気風呂でなぜ感電死しないのか。まずその仕組みについて学習した。浴槽には電極が埋め込まれていて、そこから低周波の電流が流されている。スマホの充電器に流れる電流の1/100~1/1000程度。このくらいなら人体に問題がないらしい。

電流が体内のイオンを調整するとか、筋肉を収縮させるとか書いてあるが、専門知識がないのでピンとこない。効能としては血行促進があげられている。電流と温熱の相乗効果によるもの、さらに水圧によるマッサージ効果も加わり、一時的ではあるが慢性痛が緩和するらしい。

ここまでは理解が追いついたが、つづく刺激についての説明は意味不明だった。ビリビリという連続的な刺激以外に「揉み」や「叩き」があるらしい。だが「揉み」や「叩き」は物理的な刺激に用いる表現ではないか。なぜ風呂の説明で使われているのか理解できなかった。

翌日は、出先から家の近所の「駒の湯」へ直行。8時過ぎは込み合っていたが、常連客にとっては憩いの場となっているようだ。脱衣所では、シワシワのお婆さんがピチピチのお嬢さんにスキンケア用品を紹介していた。不思議な組み合わせに見えたが「これいいですね!」「いいでしょう~」と楽しそう。

いざ電気風呂へ。恐る恐る左腕を入れてみた。肘に痛みがあるほうの腕だ。ビリビリビリッー。きたぁー。髪の毛が逆立つかのようなシビレ。さらに三頭筋が引き千切られるかと思った。○!※□#~!うめき声を必死に抑える。次の瞬間、バイブレーションがピタリと止んだ。我に返ったのも束の間、次の刺激がやってきた。○!※□#~!どうやらここの電気風呂は一定のリズムで刺激がくるらしい。それが分かったところで我慢の限界に。熱さに耐えかね一旦撤収する。

洗髪を済ませ、ふたたび電気風呂へ。こんどは全身を入れてみた。ギュゥー、ギュゥー、ギュゥー。トントントン、トントントン。ギュウッ、ギュウッ、ギュウッ。ジュワワワワ~。なんと湯の中で体験したのは、マッサージチェアの施術と同じものだった。なるほど。「電流が筋肉に刺激を与える」とはこういうことだったのか。痛いけれど気持ちいい。クセになりそうだったが、ふたたびギブアップ。一服しようと20℃の水風呂に入った。しかし、冷たすぎてこちらもすぐに音を上げた。

マッサージ効果が期待できるのであれば、筋トレで鍛えている部位に当てるとどうなるか。たとえばお尻。筋肉痛にはなっていないが、凝っているに違いない。試してみよう。

お尻を電極に近づけ、後悔した。強い力で揉まれ、顔をしかめながら身体をのけ反らせる。だが電極から離れると刺激が弱まった。よせば良いのに、もう一度トライ。「刺激が強い=効果大」と思い込み、はまっていった。もう一度、もう一度。

気づいたときには遅かった。湯あたり、のぼせとはこういう症状をいうのか。空腹だったのも災いしたかも。動悸がおさまらず、顔面蒼白。脱衣所で水分を補給するが、吹き出す滝汗が止まらない。フラフラしながら着かえを済ませ、無言で家路についた。

久しぶりの銭湯、はじめての電気風呂は面白かった。しかし最大の収穫は殻の真相に迫れたことだ。

ひとは得てして未知のものに対して警戒する。危険を回避するため、無意識のうちに防衛本能を働かせ、都合の良い先入観を作りあげる。今回、電気風呂という未知の存在に対し、怖い、危険という思い込みが行動を抑制した。夫に言われなければ、無知に気づかず、電気風呂の痛気持ちよさを知ることは一生なかっただろう。

殻の正体は無知である。それに気づかず本能任せにしていれば、殻はその厚みを増していく。先入観や無知に気づくことが殻を破るはじめの一歩になるのでは。あるいは殻の形成を未然に防ぐには「無知の知」が一つの答えになるかもしれない。

わたしの殻は、無知に気づかず生きてきた年数分の層を成している。果たして生きている間に殻を破り尽くすことはできるのか。新たな殻の形成を抑えられるのか。不可能に思えるが、挑戦し甲斐がありそうだ。


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