残り香、
君のことなんか忘れたはずだった
Paul Smithのカタログの風船
「またね。じゃないか、ばいばい。」
君がそう言ってから四ヶ月が経つ。
四ヶ月も経った。君のことなんか、忘れたはずだった。そんな頃になって、君の記憶は突然日常の中に割り込んできたのだ。
前髪を切ろうと思って、古紙の山から一枚取ろうとした時、下にあった冊子状のものが一緒に落ちてきた。
フルカラーの表紙。リボンで括られたスニーカーが、風船に繋がれて空を飛んでいる。何だろうと思って顔を近づける。
そう、見つけてしまったのだ。ポールスミスのカタログを。
大学終わりに、渋谷PARCOへ向かう。半年記念日に何を渡そうか迷っていたけれど、結局迷ったまま二日前まで来てしまった。
とりあえずアクセサリーを見てみようと思って、三階のポールスミスを覗いた。
「いらっしゃいませ。今日は何かお探しですか?」
ぎくっとした。店員さんに話しかけられるのは苦手だった。こういう場面での適当な返答が分からず、ぎこちなくなってしまうのだ。
「彼氏に記念日のプレゼントをと思って。」
私の予想とは裏腹に、店員さんは砕けた感じで話しやすく、気づけば自分の首にネックレスをつけてもらっていた。
二つのリングが絡まった形のシルバーのものだ。
「どうです、彼氏さんのこと想像してみて、似合いそうですか?お姉さんにもとっても似合ってるので、貸してもらうこともできそうですね。」
私は君の、少し肩幅が広くてすらりとした体に、小さな顔が乗っているのを想像し、そしてよく着ているニットとジャケットも思い浮かべた。
「はい、いい感じです。これにします。」
「分かりました、ありがとうございます。では在庫確認してきますね。これ、この時期のカタログなんですけど、可愛いので見てみてください。差し上げます。」
そうしてもらったのがこのカタログだった。
会計を終えてお店を出る時、店員さんがかけてくれた言葉を思い出す。
「彼氏さんのことを想像して選んでくれたネックレス、絶対に喜んでもらえると思います。」
そう、君はとても喜んで、しばらくの間はいつでもどんな服にでも、このネックレスをつけてくれていたんだ。
あーあ。君のことなんか、忘れたはずだったのに。