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ミシンと金魚 永井みみ

※少しネタバレを含みますので、ネタバレされたくない方はそっと閉じてください。ネタバレ内容は以前帯にも書かれていたようなのですが、念のため。

この本を紹介するにあたって、まず題名を何とつけようかと考えた。読んでもらいたさに『ミシンと金魚を読んでファミレスで泣いた』的なキャッチ―なフレーズを思い浮かべて瞬時にかき消した。
単純にないわと思ったし、シンプルにダサかった。
少し考えて作品が素晴らしいのだからそのままでいい、そのままがいいというところに着地した。

SNS友達のS君が「ミシンと金魚いいよ」そう知らせてきたのは今から一年近く前のことだ。
S君の勧めなら読んでみるかと書店を回るも出会えず、3軒目では店員さんに「すばる文学賞なのにどうしてないのか」とふんわり詰め寄ってしまった。
こうなりゃネットでと思いつつ、何となく一年が過ぎてしまったのだから3軒目の書店員には顔向けが出来ない。街で出会すことでもあったなら、はにかんで後退りしながら詫びたい。

正月休みを過ぎた三連休、書店の前で社長から図書カードを貰っていたことを思い出した。
「よく本を読んでいるから、有意義な冬休みを過ごしてよ」と仕事納めの日に手渡してくれたのだった。
せっかくの粋な計らいを無下にしてはならない、と書店に入るとミシンと金魚が目に飛び込んで来た。
時は来た!と手に取り図書カードで支払って、そのまま近くのファミレスで読むことにした。

ミシンと金魚の表紙に掛かった帯には、ダ・ヴィンチが選ぶプラチナ本だとかすばる文学賞受賞の文字の他、錚々たる作家達からのコメントが書かれていてちょっとたじろぐ。全米が泣こうが私自身が泣かないことって割とよくある。

しかし、ページをめくれば冒頭から物語の世界に連れていかれた。

この作品は認知症を患っているカケイさんというおばあちゃんのひとり語りの形で進んでいく。
よく喋るカケイさんは、デイサービスのみっちゃんに連れられて病院に来ている。
序盤は口が悪く、少し口うるさい印象のカケイさんだが、読み進めるうちにユーモアがあってどんどん可愛く感じてくる。
カケイさんは介護士のことは皆みっちゃんと呼ぶ。
職人気質のみっちゃん、背のちっこいみっちゃん、こんな風に。そして、カケイさんの語りで本当のみっちゃんの正体が判明したあたりからカケイさんの人生が明らかになっていく。

終始話し言葉で綴られる文体は、認知症の方の症状、気持ちをうまく表現していて、うまく表現しているか実際にはわからないのだけど、手に取るように伝わって肌がそばだった。
良い本を読んだ時、決まって腕から背中がぞわぞわとする。

一昨年、介護の末亡くなったのは父なのに、父の介護の状況を思い出しながら重ねていたのは、今はまだ元気な母だった。カケイさんから女性の我慢強さというものを感じて母に重ねたのだろうか。
カケイさんの壮絶な人生を知って、本を持つ手には自然と力が入る。眉間にしわをよせ、泣くのをこらえたまま物語りは終盤へ。

花はきれいで、今日は、死ぬ日だ。

この一文を読んだ時やられた!と思った。
思ったと同時に涙が溢れた。

著者がこの一文にどれだけ想いを込めたことか。
ここでそれを!という文章に対する感動と、カケイさんに対する気持ちが溢れてもう…ここがファミレスだなんてことは知ったことかの号泣。
それから結末までは本で顔を隠しながら、肩を震わせて読んだ。ふと気配を感じて泣きっ面を上げると、頼んだポテトを乗せた猫のロボットがじっと待っていた。
すまん、いつからそこに居たんだい。
泣きながらポテトを摘むも、ポテトは上手に飲み込めなかった。

ああ、見渡せばテーブルには鼻をかみすぎて出来た紙ナプキンの山。
座っているのは、顔を隠すようにチェックのストールを巻いた泣きっ面の女。(ポテト食べてる)
きったない席。笑

最後の頁。
文章と余白の美しいこと。

結末ですから本文は伏せましたし、テーブルのゴミは持ち帰りました。

圧巻のデビュー作。
表紙に掛かった帯の凄みなんか必要ないほど素晴らしい作品でした。
是非、実際に読んでこの余韻を感じてみて下さい。



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