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わたしの好きなものもの・18

エピソード18
「相撲」

祖父母と暮らしていたわたしにとって、相撲は子どものころから生活の一部だった。夕方、学校から帰ると祖父母が何かに白熱している。そうか始まったんだな、と思ってなんとなくつまらない気持ちになる。特に観たいテレビ番組があったわけではないけれど、テレビを2~3時間占領されてしまうのは子どものわたしにとってはおもしろくないことだった。それがいつのまにか、そこにわたしの熱も加わるようになった。細かいことはわからないし、技の名前すらもわからない。それでもわたしはどういうわけかつまらないと思っていた相撲を好んで観るようになり、いまでは観戦に行くまでになっている。

先日、久しぶりに国技館に行った。コロナの前からすでにチケットが取りにくくなっていたので、観戦したのは4年ぶり、いや、5年ぶりだったかもしれない。久しぶりの相撲観戦は変わっていたところもあったし、変わっていないところもあって、総じて楽しかった。

国技館の興奮が冷めないうちに、NETFLIXで『サンクチュアリー聖域ー』を観た。


相撲の世界を舞台にした映画やドラマは、色々な意味で観るのに勇気がいる。だいだいは力士にリアリティがなくて萎えるし、ましてや本作は相撲協会非公認らしい。一体どんなに暴力的な世界に描かれているのだろうと思うと少し怖かった。とにかく一切の情報を入れずに観た。

結論からいえば、ものすごく面白かった。
(この先はネタバレを含みますのでご注意ください)

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相撲版スラムダンクだとか相撲版梨泰院クラスだとかなんだとか聞いたけれど、サンクチュアリはサンクチュアリだ。元力士たちが大勢出ていることもあって、体つきや所作にリアリティがあった。主人公には同情こそしたけれど感情移入はできなくて、ずっと苛々していた。相撲教習所行ってないのかとか、舐めすぎてるとか、きっと最終的には本腰入れて相撲に取り組んでいくのだろうけれど、そうなる気配が一瞬漂ったかと思えばすぐに霧消してしまって一向に本気になりそうにないとか、全8話のうちの7話の途中くらいまでは、登場人物のほとんどが嫌いだった。しかも意外とグロテスク。耳が取れるなんて聞いてない。映画『レザボア・ドッグス』で耳を削ぐシーンになると毎度目を逸らしてしまうわたしには、あのシーンはふいの暴力だった。

登場するなかで一番好きだったのは巨漢のモンスター力士静内だ。主人公のライバルとなる無敵の静内は、その名の通り静かで内にこもっている。ライバルではあるが物語におけるヒールの役割は担っていない。壮絶な幼少期を過ごしたことが少しずつ明かされ、しかし顔の半分を覆っている火傷の痕のようなものについては最後まで触れられない。部屋の看板力士に怪我をさせたらいけないからと、利き手を封じて稽古させられるなど、静内はとにかく強い。その強さ(と風貌)ゆえにまわりから孤立し、しかしそんな彼に主人公だけは唯一ひるむことなく接する。友情らしきものが芽生える気配すらも漂い始める。が、主人公の耳を強烈な突きでもって取ってしまうのもまた静内なのだ。取り組み前、彼の穏やかな表情は一変し、不気味に笑う。恐ろしい。あのころんとかわいくておとなしい静内にこんな狂気が潜んでいたとは。しかしのちに、彼が母親から「辛いときこそ笑え」と教えられていたことが明らかになると、わたしたち視聴者はあのときの彼の笑みを思い出して戸惑ってしまう。静内は何を思って笑ったのか。なにゆえに相手の耳が取れてしまうまで乱暴な相撲を取ったのか。主人公には申し訳ないが、気づけば静内にばかり思いを馳せてしまう。作中では一切言葉を発しない彼だが、当然実生活ではしゃべりもするわけで、インタビュー動画なども存在する。見てみたい気持ちもあるのだけれど、静内には静内でいてほしくて、躊躇っている。静内、静内、静内。思わず静内に対する思いばかりを書き連ねてしまったけれど、結局のところ『サンクチュアリー聖域ー』は最高だった。主人公・小瀬清の父親に対する不器用な思いやりは見ていて胸が詰まるし、怪我からの再起をかけて日々鍛錬しながらもどこかで相撲人生の終わりを悟っているような猿谷の悲哀と師匠との絆には泣けたし、猿桜(=小瀬清)がようやく覚醒して、猿将部屋の力士たちと稽古に励む姿には思い切り青春を感じた。そこに至るまでに腹に一物ある人間がわんさか出てきたので、余計にすっきりした。やっと物語が始まったと思える終わりかたもかっこよかった。

ここに描かれていることがはたして現実の相撲界でも起きていることなのかなんて探るのは野暮というもの。エンタメ作品として純粋に楽しめばいい。だってそこはわたしたちが立ち入ることのできない聖域なのだから。


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