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わたしの好きなものもの・12

エピソード12
映画『天才マックスの世界』

大学に入るまで、わたしはほとんど映画を観ていなかった。日本映画はシュールな展開についていけないし、ハリウッド映画は突然やってくるラブシーンが気まずい。それ以外の国の映画は未知すぎて恐怖ですらあった。映画館で鑑賞したことも2回くらいしかなかった。トム・クルーズもブラッド・ピットも名前は聞いたことがあるが顔はわからないといったレベルで、だから大学に入って知り合った映画好きの友人の話は、初めはさっぱりだった。せめて有名俳優の顔と名前くらいは知っておいたほうがいいよなーくらいの気持ちでTSUTAYAに通うようになり、それをきっかけにしてわたしの人生に映画鑑賞という楽しみが加わった。

映画を観るようになってすぐに、いわゆるハリウッド超大作みたいなものはあまり好みではないことに気づいた。気になるのはTSUTAYAの棚に何十本と並んでいながら軒並みレンタル中になっているものではなくて、一本しかないのにいつも誰も借りていないもの。『コヨーテ・アグリー』『200本のたばこ』『バグダッド・カフェ』『ラットレース』、前回書いた『ゴーストワールド』もそうして出合った作品のひとつだ。『アメリ』でフランス映画にドはまりし、『シェルブールの雨傘』だとか『ロシュフォールの恋人たち』『地下鉄のザジ』といったフランスの古い映画にはまり、その流れで出合った『スイミング・プール』からフランソワ・オゾン監督作品にはまり、トム・クルーズおよびブラピ路線からはどんどん遠ざかっていくことになるのだが、わたしの世界は毛細血管のようにみちみちと広がっていった。そのなかで出合ったのがウェス・アンダーソン監督作品『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』だった。

そう、ウェス・アンダーソンとのファーストコンタクトはジャケ借りした『ザ・ロイヤル~』だった。これは崩壊してしまったテネンバウム家が死期の近い父親のもと再び集結する物語なのだけれど、別にしんみりとしたストーリーではない。どちらかといえばあっさり、さっぱりしていて、好き勝手に生きるって大事だよね、みたいな物語だ。テネンバウム家の3きょうだいはみなそれぞれが子どものころはいわゆる神童で、一目も二目も置かれる存在だったが、20年のあいだにその魔法もとけ、行き詰まった日々を過ごしている。父親ロイヤルは永遠のスランプに陥った子どもたちを案じ、なんとか再び絆を取り戻したいと考える。はじめは迷惑そうにしていた子どもたちだが、次第に自信を取り戻し、止まっていた歩みを進めはじめる。しかし父親と過ごす時間はもうあまり残されていない。

あらすじを説明しようとしても難しい。なんとなく全体におしゃれな雰囲気が漂っていて、よくわからないけれど目が離せなかった。養女のマーゴ(グウィネス・パルトロー)はゴリゴリの囲みアイメイクにパツンとしたおかっぱ頭で、誰にも知られずに煙草をスパスパ吸っている。うっかり事故で指を失うけれど、動じない。かっこいい。音楽も効いている。かっこいい。もっとこういう映画が観たい。

そこで次に手を出したのが同監督の『天才マックスの世界』であり、これがすべてのアンダーソン作品のなかで最も好きな作品となる。

『天才マックスの世界』は簡単に言うと「クラブ活動に注力するあまり落第ばかりしている天才マックスが、先生に恋をして、会社社長のおじさんと張り合い、我が道を突っ走る」話。それ以上でもそれ以外でもない(と思う)。マックスを演じるのはジェイソン・シュワルツマン、社長のおじさんはビル・マーレイ。この二人が恋敵になるわけだ。おそらく初めて抱いたのであろう恋心に心身を支配されたマックスの行動は、だんだんとエスカレートしていく。私がこの先生の立場だったら、困惑を通り越して恐怖だ。実際、塾講時代に私も生徒が家までついてきたことがあったらしいが(塾長から「あの子は前に先生の家までついて行ったことがあるんだよ」と聞かされるまでまったく気づいていなかった)、恐かった、いや、はっきり言って気持ちが悪かった。そんなことをしそうな生徒ではなかっただけに余計に。この生徒のことはさておいても、マックスの行動のすべては、彼が純粋すぎるほどに純粋であるからこそのものだった。純粋であるがゆえに、マックスは壊れていった。それが、見ていて苦しくもあり、おかしくもあった。そしてそのうちに、マックスが羨ましくなってくる。好きなこと、好きな人に、脊髄反射レベルで「好き」と言ってしまえるのは、ある種の才能だ。やりたいことを、やりたいだけ、やりたいようにやってしまえるのも、才能だ。マックスはその意味で間違いなく「天才」だった。

新年度、新生活が始まった人も、特にそうでもない人も、マックスみたいに欲しいものはとりあえず全部掴みに行こう。行ってみなくちゃ、掴めるかどうかはわからないんだもの。もし失敗したら……そのときはマックスみたいに、また次の「好き」を見つけて猛進すればいい。

ところで、映画に登場するステレオタイプゴリゴリのアジア系女子、マーガレット・ヤンことサラ・タナカさんは現在どうされているのだろうと調べてみたら、お医者さんになっているようだ。役柄同様に優秀な女性だったんだなあ。


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