前置詞のcome【カズオ・イシグロ『Never Let Me Go』の英文法】

Though I'll miss being a carer, it feels just about right to be finishing at last come the end of the year.
(引用: カズオ・イシグロ, 『Never Let Me Go』)

前置詞comeの正体

上で引用した文は、この小説の冒頭2ページ目(ぼくが持っている本の場合)に出てくるものです。太字にしたcomeを普通の動詞だと思ってしまうと、途端に文の意味が取れなくなってしまいます。実はこのcomeの用法は、辞書によっては前置詞として扱われているものなんです。たとえば、『Oxford Advanced Learner's Dictionary』でcomeを調べてみると、"preposition(前置詞)"という項目に、このcomeの用法が記載されています。

どういう意味なのかというと、「come + A(未来の時点を表す名詞)」で、「Aが訪れた時」という意味になります。つまり、この前置詞comeの意味は、普通の動詞としてのcomeの意味を割とそのままに保持しています。

先ほど、このcomeの用法が前置詞として記載されている辞書もある、という風に書きましたが、ということは前置詞として扱っていない辞書もあるということです。たとえば、『ウィズダム英和』第4版でcomeを調べてみると、自動詞と名詞の意味しか載っておらず、前置詞の項目がありません。そこで自動詞の項目を読んでいくと、18項目目にこの用法が記載されています。そこには、comeは常に原型で使用され仮定法の節を作る、と書かれています。

そうなんです。実はこの前置詞comeは、もともと仮定法出身だったのです。だから、辞書によっては前置詞として扱わないものもある上に、前置詞的用法のcomeはもともとの動詞的な意味を保持しているということなんです。

ところで、"If I were a parent, I would feel differently."という文を、"Were I a parent, I would feel differently."と書き換えられますが、同じことがこのcomeについても言えます。"come the end of the year"は歴史的には、"if the end of the year come"が倒置してifが消えた結果できた用法なんです。なので、辞書によっては、前置詞として扱わずあくまで動詞comeの特殊な用法として記載されています。ただ、用法がかなり前置詞と似ているため、辞書利用者の利便性を考えて前置詞として扱っているものもあるという状況なんだと思います。

利用した図書リスト

・カズオ・イシグロ/作『Never Let Me Go』
・『ウィズダム英和辞典』第4版
・綿貫陽, マーク・ピーターセン/著『表現のための実践ロイヤル英文法』
・小野隆啓/著『英語の素朴な疑問から本質へ』

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