”ハイキングアーキテクチャー” ロレックスラーニングセンター(建築物語22)
前回の記事から大きく更新が遅れてしまいました。ここ3週間ほど、プライベートな仕事に集中していました。ひとつのことに集中すると、他が見えなくなってしまいます。
今回は、スイス南部のローザンヌにある、ローザンヌ工科大学の施設「ロレックス・ラーニングセンター」を見ていきましょう。
設計は妹島和世と西澤立衛によるユニット「SANAA」です。
彼女らは、建築界のノーベル賞といわれるプリツカー賞を受賞している世界的な建築家です。日本だと、金沢の21世紀美術館や、近作では山形県の鶴岡市文化会館が有名ですね。
消え入りそうなはかない線によるドローイング、大胆な構成とシンプルをつきつめた建築の第一人者ではないでしょうか。
そんなSANAAがてがけたロレックス・ラーニングセンターは、スイス連邦南部に位置し、美しいレマン湖沿いのまちにあります。
ローザンヌは、スイスの文化の拠点となっているまちでして、IOCの本部があり、ローザンヌ国際バレエコンクールが有名です。NHKで放送されているので、コンテンポラリーバレエは見ごたえありますよ。
ローザンヌから電車で30分ほどです。
広大な広場のまんなかに、うねりのある平べったい建築が見えてきます。うねりによってできたトンネルや、スロープはすべて動線となっています。
空間のつくりかたとしては、平屋の長方形を垂直方向にうねりを起こし、円形の中庭をちりばめることにより、内部空間に光を取り入れている構成となっています。
中庭のガラスは、円形ガラス(とっても高価です!)となるわけですが、うねりによってサッシの割り付けが変わるわけですから、ガラスもひとつひとつ違うモデュールになっています(卒倒)。
中庭はトンネルで繋がっており、回遊できます。また学生たちの憩いの場となっています。
この施設は、ローザンヌ工科大学の図書館となっており、レストラン、カフェ、休憩スペース、自習コーナーがあり、一般の人も利用できるコミュニティ施設となっています。
建築と建築の間に道があり、くつろげる場所がある。そんなこの建築は、ヨーロッパの街路空間と同じです。
長方形のキューブに円形の穴を空け、うねらせた操作をしただけのシンプルな建築ですが、内部空間もとても豊かです。
金沢の21世紀美術館も長方形に、円形の中庭をちりばめた構成ですが、この建築はさらにうねりが加わっています。このうねりのなかはどうなっているのでしょう?
アップダウンを繰り返し、ハイキングに来たかのようです。うねりは、空間に様々な表情の陰影を映しています。うねる角度、中庭の大きさによって光の入り方は異なるので、決して同じ空間に見えません。
構造は、シェルとアーチの中間構造だそうで、軸力を接地面に流します。シェル構造は文字通り貝のかたちのような、なだらかな曲面によりもちこたえる構造です。以前書いた伊東豊雄さんの「ぐりんぐりん」も同じですが、それよりもなだらかな形態です。構造的にはもっと勾配をきつくしたほうが有利なのですが、人が登れるスロープを維持するために低くしたそうです。
10+1のサイトで、西澤さんと構造デザイナーの佐々木睦郎さんが対談しており、とても刺激的な内容となっています。
うねりとうねりの間にレストランや図書館などの施設としての機能があり、動線もあります。仕切りはほとんどなく、全体がひとつの部屋として感じられます。
そんなシンプルなワンルームの空間では、人や手すり、サッシや細い柱の、小さな要素たちが奥行き感を出しています。
建築自体にスケール感を感じさせる要素が圧倒的に少ない。人がいないと身体感覚が麻痺してくるような、不思議な空間です。
なんだかぼやっとして、森を彷徨っているような。これは、21世紀美術館でも感じました。
ハイキング途中のそこかしこに、クッションが置かれており、ちらほら寝そべりながらくつろいでいる様子が伺えます。うねる床を利用して、ソファやベッドとして使っています。この建築自体が家具のようなものになっています。
サッシや方立は、とても細く作られています。サッシのもつ「垂直」の印象をできるだけ消すためです。この施設は窓ガラスだらけなので、サッシが太いと縦線が目立ちます。一体としたうねりの連続性がサッシでぶつ切りになってしまうためでしょう。
照明も柱に取り付けることで、何もない天井になっています。天井のうねりが強く表現されています。
この建築のコンセプトは、うねりによる形態と空間です。うねりのもつ動的な連続性を表現するために、不要なディテールは消され、隠されています。
コンセプトを明確にするためのシンプルの追求は、ディテールの追求でもあります。
まとめになりますが、ロレックス・ラーニングセンターを訪れて感じたことを。
ひとつはヨーロッパらしい建築だなーということでした。よくある街並みのように、建築のあいだにできた余剰の空間に道やカフェがあり、この建築はヨーロッパ都市構造と似ています。
ふたつめは、うねりはなだらかなものの、その効果はすごかったこと。
トンネルは全部歩いたし、内部では多彩な光が照らしてどれひとつとして同じものがない豊かな空間になっていました。もちろん、ハイキングした丘はすべて踏破しました。
うねりは道であり、ひとの使い方によって家具になっていました。建築の一部を家具のようにすることはありますが、うねりによって全体が、家具的になっている建築は見たことがない。心理学でいえば、建築の形態が家具にアフォードしている、ということですね。
3つ目は、そんなうねりのエクセレントさを表現するために、徹底してディテールが検討されていることです。
構造の力学的な流れが、空間に完全に一体となっていました。通常の柱梁構造ではけっして得られない美しさ、光の繊細さがありました。デザイナーとエンジニアの、絶え間ない努力がうんだ結晶です。
スイスに旅行した際は、ぜひこの丘にハイキングにいってみてください。
となりまち、モントレーで見たアートです。以前に背景画像にしていましたが、レマン湖は本当美しいです。
ぱなおとぱなこ
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