アナログ派の愉しみ/本◎土屋 健 著『リアルサイズ古生物図鑑』

人類の慢心を打ち砕く
モンスターたち


思うに、人類が地球上であたかも特権的な支配者のように振る舞っているのは、われわれを取り巻く動物たちとみずからのあいだにひとつながりの類縁性を認めているからではないだろうか。つまり、アリやミミズからゾウやクジラに至るまで、サイズこそ違え、どこかしら自分と似通った造型を見出すことによって擬人化し、そのうえで相手を自分より劣る存在と位置づけ、人類がこの世界の主人公として君臨することを正当化している。しかし、そうした慢心は、われわれと似ても似つかない動物がもし目の前に現れたら、たちどころに打ち砕かれてしまうのではないか?

 
そんな疑いをわたしに抱かせたのが、土屋健著/群馬県立自然史博物館監修による『リアルサイズ古生物図鑑・古生代編』(2018年)だ。

 
この本には、地球が誕生したのち数十億年にわたってちまちまと顕微鏡サイズで進化してきた生命が、約6億3500万年前に突如大型化して人間の肉眼で見えるサイズとなって以降、約2億5200万年前までの地質年代、エディアカラ紀からペルム紀にかけて出現した動植物をピックアップして紹介している。その際、大変ユニークな手法を取っているのは、かれら古生代の生物の各々のサイズに合わせた縮尺で、われわれの日常風景に合成して見せていることだ。こうして眺めてみると、地球が決して現存する生物だけのものではなく、もっと多種多様な生命にとって可能性の舞台だったことがはっきりと伝わってくる。

 
とりわけ異彩を放っているのは、やはりカンブリア紀(約5億4100万年前~約4億8500万年前)の生命爆発によって出現した「カンブリアンモンスター」の面々だ。生命がまだ海洋のみを棲み処としていた時代、かれらの姿かたちときたら、まるで幼い子どもが勝手気ままな想像力で画用紙に描きつけたかのように突拍子もない、およそ規格外の形状を呈している。

 
たとえば、「カンブロパキューペ」。合成写真では、机の上のボールペンのペン先にちょこんと可愛らしくのっているのだが、それを拡大した画像に息を呑んだ。からだの先端を頭部と呼ぶなら、頭部をまるまるひとつの目玉(複眼)が占め、あとに続く胴体からはいくつもの触覚が生えて、太陽電池パネルとアンテナを備えた人工衛星そっくりのたたずまいだ。

 
また、まな板にナスと並べられた「オパビニア」。ナスのヘタに似た細長い突起物の根元に、こちらは五つの目玉が並び、粒よりの宝石をちりばめたブローチを思わせる姿に見惚れてしまうけれど、解説文によれば、体長10センチ前後のこれは海を泳ぎまわって獲物を捕まえる肉食性のハンターだったらしい。

 
だが、カンブリアンモンスターと言えば、代表格は「アノマロカリス」だろう。20世紀初頭にカナダのバージェス頁岩で化石が発見されたときに、この「奇妙なエビ」を意味する名称がつけられた生物は、体長が数十センチから最大1メートルという当時としては破格のサイズを誇り、まさに「カンブリア紀の覇者」と讃えるにふさわしい。その生態はいまだ謎に包まれているものの、先端からのびる2本の逞しい触手、あたりを睥睨する二つの飛びだした目玉、胴体の左右から尾部にかけての扇のようにつらなる鰭――が織りなす外見は、凶暴さと優雅さをあわせ持ち、あまりにもユニークだ。

 
合成写真では、鮮魚店の店頭でタイやブリといっしょに箱詰めして売られている演出となっているが、そこにはさらに仕掛けがある。右側の箱に並んだアノマロカリス・カナデンシス、ペイトイア・ナトルスティ、フルディア・ビクトリアの3種はアメリカ大陸産、左側の箱のアムプレクトベルア・シムブラキアタ、アノマノカリス・サロン、パラペイトイア・ユンナネンシスの3種は中国大陸産という。厳密には後者のほうが1000万年以上も早く出現したそうで、そのせいだろうか、中国大陸産のほうが小ぶりではしっこそうなのに対して、アメリカ大陸産のほうは大ぶりで押しつけがましい印象があり、どうやら人類の登場以前から両大陸のあいだには対立・競争の関係が横たわっていたと思われておかしい。

 
もし運命のいたずらで、かれら異形のモンスターたちが絶滅せずに今日まで進化を重ねながら存続してきたとしたら、この地球上の生命の様相はまったく異なるものになっていたはずだ。われわれ人類が世界の主人公の面持ちしていられるのは、実のところ、ちょっとした偶然に過ぎないのではないか? つぎからつぎへと工夫を凝らしたページに驚嘆しているうち、そんな反省へと導かれてしまう図鑑なのである。


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