アナログ派の愉しみ/ドラマ◎『太陽にほえろ!』

年金の心配なんか蹴飛ばしてしまえ!
そんなジーパン刑事の声が聞こえてくる


日本が生んだ刑事ドラマの最高峰として『太陽にほえろ!』を挙げることに反対する者はほとんどいないだろう。石原裕次郎が主役のボスをつとめ、露口茂、竜雷太、小野寺昭、下川辰平らの部下たちが取り巻き、日本テレビ系列で1972年~86年の14年半にわたり毎週放映された長大なシリーズだから、それぞれに親しんだ時期は異なろう。ただし、そうであっても、すべてのファンにとって、あの雷鳴のような導入部からはじまるテーマ音楽がすぐさま思い起こされるのは共通のはずだ。

その演奏を担当したバンド・リーダーの井上堯之が2018年に77歳で他界した少しあとのことだ。あたかもはなむけの催しのごとく、国立国会図書館(東京・千代田区永田町)の特別展示に『太陽にほえろ!』の脚本が出品されると新聞記事で知り、いそいそと足を運んだところ、図書館所蔵の貴重な文献や稀覯本と肩を並べて、湯川秀樹博士の論文「中間子の本性について」(1949年)と同じガラスケースに陳列されているのを目にして感涙にむせんだのを覚えている。

1974年8月30日放送の第111話「ジーパン・シンコ、その愛と死」―-。わたしが最も熱中したころの第2代目新人刑事、松田優作演じるジーパン刑事のシリーズで、かれがついに殉職を遂げる最終話の脚本(小川英著)だ。そこには、ジーパン刑事が容疑者の会田をみすみす取り逃がしたあと、婚約中の同僚の関根(現・高橋)恵子扮するシンコ刑事に向かって告げる、こんなセリフが記されていたろう。

「これでいいのかもしんないよな。俺さ、会田のことが気になったり、イザというときに撃てなかったりしたのは、たぶんシンコと結婚する気になったせいかもしんないな。結婚してさ、子どもができて、ホシの気持ちばっかし考えてさ、だんだんだんだんと臆病になってよ、そんで年取って、年金もらって満足してよ、俺もそういうふうになってくんだろうな。そんでも、それでいいのかもしんないよな、シンコ」

相手のシンコ刑事は、「口ではすねたこと言ったって、ただ年金のためだけに働くなんてこと、あなたにできっこないわ。私が保証する」と応じるけれど、シンコ刑事の弁を待つまでもなく、息をつめて画面を眺めていた中学生のわたしにしても、年金に汲々とする将来なんて想像だにできなかった。このあと、ジーパン刑事は会田を拉致した暴力団のもとに単身で乗り込み、壮絶な銃撃戦の果てに敵を殲滅するものの、救い出した会田が放った弾丸を腹部に受ける。眼前のガラスケース越しに眺める脚本は、その場面のページが開かれ、「バカだなァ、お前は……」というジーパン刑事のもとのセリフが鉛筆書きで修正されていた。

「ナンジャーこれは」

そう、これこそがあの夏の夜、日本じゅうが耳にした青春の雄叫びだった!

すでにドラマのなかでジーパン刑事が斃れて半世紀近く経ち、それを演じた松田優作が世を去ってからも30年あまりが過ぎて、わたしも青春は遠い昔となり、ふた月に一度の年金の支給額に心配する年齢になった。いや、年齢ではあるまい。およそ年金の心配なんか思い切り蹴飛ばしてしまえば、いつだって、どんな年齢だって青春の日々なのだろう。ジャケットの印刷の褪せたサントラのCDを取りだして、少々大きめのヴォリュームで井上堯之バンドが演奏する灼熱のメインテーマをかけると、そんな気概がふつふつと湧いてくるのである。


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