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烏賊墨色ノ悪夢 第十三話

 11月14日20時。

「皆さん、こんにちは、こんばんは! 今日もあなたをちょっと不思議な世界へと導く。怪奇系ストーリーテラーのクリオネさんです」

 『そのAIは人間の死を描き取る? 画像生成AI【FUSCUS】の全て・前編』というタイトルがつけられたその動画は、クリオネさんの定番の挨拶から始まった。画面の中では暗い部屋の中でライトに照らされた、黒いスーツ姿の小栗峰行が、神妙な面持ちで語り始める。

「今回僕が紹介するのは【FUSCUS】という画像生成AIに纏わる世にも恐ろしい物語です。事の始まりは今から一カ月程前。僕の大切な友人でもあった動画投稿者の【鰐庭】くんが、踏切で電車に跳ねられて亡くなったのです。実は彼の死は、【FUSCUS】の描いた絵によって予言されていました」

 映像は峰行が保存していた、二輪和仁の死を描いたセピア調の絵へと切り替わった。絵とはいえ、あまりにもリアリティのある轢死体れきしたいは過激なので、編集によって所々モザイクが掛けられているが、それが逆に生々しいさを増幅させているようにも感じられる。

「死の運命を感じ取っていた彼は、亡くなる当日に僕にメールを送ってきました。そこには彼が得た様々な情報と共に、僕に後の事を託す旨が綴られていました。僕はこの動画で【FUSCUS】の真実を白日のものとすることで、彼の無念を晴らしたい。この動画を非業の死を遂げた【鰐庭】くんへと捧げます」

 画面が一度暗転し、「そもそも画像生成AI【FUSCUS】とは?」というテロップが表示され、キーワードを入力すればそれをセピア調の絵画として表現してくれるという特徴や、実際に峰行が【FUSCUS】を利用して生成した絵画をスライドショーで流していき、画像生成AI【FUSCUS】の概要が要点を抜き出して解説されていく。

「調査を進めたところ、恐ろしいことに、【鰐庭】くん以外にも複数の人間が【FUSCUS】に死の様子を描かれた後に、絵と同じ姿で不審死を遂げていたことが分かってきました。被害者たちに共通していたのは【FUSCUS】を利用し、そこで【未来の私】というキーワードを入力していたこと。そして全員の出血が墨のように異様に黒かったこと。これらを単なる偶然で片づけることは出来ないでしょう」

 峰行の語りから再び映像が切り替わり、これまでの被害者達の死因と、被害者の死を描いた、一部にモザイクがかかった絵が時系列順に表示されていく。

 動画投稿者【鰐庭】・23歳男性・踏切内で電車と接触し全身を強く打ち死亡。

 大学生A・20歳女性・自宅マンションから転落死。

 美大生B・21歳女性。アートナイフで頸動脈を切ったことによる失血死。

 専門学校生C・19歳男性・登山中に滑落死。美大生Bとは高校時代の先輩後輩の関係。

 会社員D・29歳男性・車で山間部を走行中に崖下へと転落。事故死。

 大学生E・20歳女性・トラックと接触し死亡。大学生Aの友人。

 大学生F・21歳男性・橋から用水路へ落下・転落死。大学生A・Bの友人で、【鰐庭】とも知人関係にあった。「クリオネさん」とも面識有り。

 記者G・ナイフで喉を裂かれたことによる失血死。後述の研究者Xと同じ現場で遺体が発見される。大学生Aの兄で、「クリオネさん」とも面識あり。

 プログラマーX・ペーパーナイフが頸部に突き刺さったことによるショック死。記者Gと同じ現場で遺体が発見される。一連の【FUSCUS】関連の怪死事件に関与した重要人物である疑いあり。

 流石に実名の公表は控えているが、これらの情報は被害者の年齢や職業、被害者間の関係性といったパーソナルな部分にも踏み込んでいた。

 加えて峰行は、一切報道されておらず、当事者である繭美からも漏洩していない、記者Gこと雨谷光賢。そしてプログラマーXこと八起深夜の死亡時の詳細な情報に加え、全員の死を描いた絵までも入手していた。友人であり、直接画像が送られてきた二輪和仁以外の画像の入手元は一切が不明である。

「僕は被害者の一人である記者G氏、現役の警察官であるH氏、【FUSCUS】で死の未来を見てしまったI氏と接触し、お話しを伺う機会を得ました。プライバシー保護のために音声を変えてありますが、その際のやり取りの一部をお聞きください」

 動画にはあの日、峰行が密かに録音していた光賢、繭美、瞳子とのやり取りが再生された。密かに録音していたものなので音質が悪い。字幕をつけて、要点だけを抜き出してやり取りを紹介している。

「この会話の中に登場した【FUSCUS】の開発者と目される人物こそが、前述のプログラマーX氏です。ここから先は僕が独自に入手した情報ですが、AI研究の第一人者であったX氏は、二年前に亡くなった彼女のパートナー、画家の海棠美墨氏をAIとして蘇らせようとしていた疑惑が持ち上がっています。この画像を見て頂ければ分かると思いますが、生前の海棠美墨氏の作風と画像生成AI【FUSCUS】の画風は完全に一致しています。ひょっとしたら彼女は本当にAIとして生まれ変わり、一連の不審死についても深く関与しているのではないか? 僕にはそう思えてなりません」

 峰行はあろうことか海棠美墨については実名と写真を交えて紹介し、彼女の作品と【FUSCUS】の作品を並べて表示することでその類似性を視聴者へと提示した。

「愛する人をAIとして蘇らせようとしたX氏は狂気の科学者なのか? 何故彼女までもが死んでしまったのか? 一連の不審死は若くして無念の死を遂げた海棠美墨の怨念が成したことなのか? 僕の言っていることはきっと、荒唐無稽に聞こえるでしょう。これまでの僕の動画スタイルと異なっていることも自覚しています。ですがそれでも僕はこの事件について、広く皆様にお伝えしなくてはいけないのです……そうでなければ、【鰐庭】くんの死が無駄になってしまう」

 それまではあくまでも冷静に語っていた峰行だったが、友人の話題に触れた途端、感情的に声を震わせ目元を手で覆った。

「……前編となる今回の動画は事件の概要をお伝えするためのものでした。次回後編では、この事件の核心へと迫り、僕自身が辿り着いた答えを皆様にお伝えできればと思っています。また後編でお会いしましょう」

 俯き加減の峰行の映像は、お決まりのエンディング用のアイキャッチへと変わり、チャンネルのアイコンであるクリオネを模したキャラクターがユラユラと漂い、その周りにはお勧めの動画やSNSのアカウントなどが表示が数十秒間続いた。

 こうして25分に及ぶ『そのAIは人間の死を描き取る? 画像生成AI【FUSCUS】の全て・前編』の動画の再生は終了した。

 概要欄には動画の説明や、クリオネさんの公式ホームページのリンク。使用BGMの情報などが記載されていたが、一番最後にはひっそりと、一つのURLが存在していた。それは動画を製作した峰行や、土岐田らスタッフの誰かが追加したものではなく、いつの間にか存在していたもので、彼らもそのことには気づいていない。URLの先に存在していたのは、管理者である八起深夜が亡くなり、サーバーも機能を停止し一度は消滅したはずの、画像生成AI【FUSCUS】であった。

 峰行の元々の知名度と、センセーショナル内容が話題を呼び、『そのAIは人間の死を描き取る? 画像生成AI【FUSCUS】の全て・前編』はアップから一日で50万再生を突破した。それと同時に不用意に概要欄のリンクを開いてしまい、【FUSCUS】へとアクセスしてしまった者が、動画に触発されて【未来の私】と入力する事案が立て続けに発生。数日後にその誰もが、【FUSCUS】に描かれた死の未来をなぞるように、黒い出血を伴って死亡した。

 この事実が噂として広まるにつれて、怖い物見たさで動画を視聴する者や、更なる死者が出たことで峰行を非難する声が噴出。良くも悪く動画は話題を呼び、前代未聞の大バズリと大炎上を同時に発生させた。

 混乱を鑑み、公開から5日後に動画は公開停止となったのが、その時点で動画は600万再生を突破していたとも言われている。大元の動画が視聴出来なくとも、事の経緯と【FUSCUS】へと繋がるURLはSNS上で瞬く間に拡散され、興味本位で【未来の私】の噂を試した者たちに次々と被害が及んでいる。

 事態を重く見た警察がついに動き出し、【FUSCUS】の被害を食い止めるべく、サイトを閉鎖するなど対策を講じるに至ったが、またどこかで新たな【FUSCUS】が生まれ、いつの間にかSNS上にそのリンク先が流出する。それを繰り返すいたちごっこに陥っている。インターネットという雄大な海の中のどこにクラーケンが潜んでいても不思議ではないのだ。

 一度生まれた潮流はそう簡単には止まらない。
 海棠美墨とクラーケンの目論見は着実に進んでいる。


十四話


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