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烏賊墨色ノ悪夢 第十四話

 12月12日午後。

 房総のアトリエでの事件から一ヵ月後。
 虎落繭美は世間を騒がせた『そのAIは人間の死を描き取る? 画像生成AI【FUSCUS】の全て・前編』内に仮名で登場した警察官であることが発覚。一部の情報を民間人に漏らしていた疑惑も持ち上がり、正式な処分が決定するまでの間、自宅謹慎を命じられていた。

「はい。虎落です」

 繭美のスマホに着信が届いた。相手は先輩刑事の曲木房一郎だ。曲木は繭美に対して協力的で、謹慎中の彼女のことを何かと気にかけてくれている。

『新たな情報が入ったから、お前にも伝えておくよ』
「謹慎中の刑事に情報を流したって知れたら、曲木先輩にまで飛び火しますよ?」
『お前の蚊帳の外に置く上層部の判断には俺も納得いってない。それに、お前には大きな借りもあるからな』
「借りですか?」

 繭美には思い当たる節がなかった。むしろ先輩の曲木に借りを作ってばかりだ。

『事件が表沙汰になる前に、娘に絶対【FUSCUS】は使わせるなって忠告してくれただろう。連日、娘と同じ年頃の子供が被害に遭ったという情報が飛び込んでくる。一歩間違えればそれは俺の娘だったかもしれない。今になって事の重大さを実感したよ。だから、忠告してくれたお前には感謝してるんだ』

「曲木先輩……」

 胸に熱いものが込み上げて来る。救えた命があったのなら、光賢たちと調査した日々も少しは報われるような気がした。

「新たな情報というのは?」

『烏丸瞳子の父親、烏丸からすま典司てんじが滞在中のインドネシアで二週間前に亡くなっていたことが分かった。乗っていた車が事故を起こしたらしい。事件性は無いようだが、遺体の出血は異様に黒かったとの現地警察の証言がある』

「【FUSCUS】による死と見て間違いないですね。娘の瞳子の行方は?」
『相変わらず行方不明のままだ。唯一の肉親である父親も亡くなったとなれば、行く宛もまるで想像がつかない』

 一カ月前、房総のアトリエで光賢と深夜が死んだ日から、烏丸瞳子も行方不明となっている。【FUSCUS】ですでに死の未来を見ていた瞳子の身を案じた繭美の要請で、制服警官二名が烏丸家を訪問。玄関には鍵がかかっておらず、警察官が家の中を捜索すると、瞳子の友人だった佐藤根雪菜が胸を複数個所刺された上に、黒い出血を伴う形で亡くなっているのが発見されている。家中をくまなく捜索するもすでに烏丸瞳子の姿は無かった。

 現場の状況から雪菜は瞳子に殺害された可能性が高く、警察は殺人容疑で瞳子を追っているが、その行方は一カ月が経った今でも明らかになっていない。

 ――今の瞳子さんは本当に瞳子さんなのか。あるいは。

 光賢の残したボイスレコーダーを回収し、八起深夜やAIとして蘇った海棠美墨とのやり取りを知った。その中に度々登場する「器」と呼ばれる存在のことがずっと気にかかっていた。【FUSCUS】の死の未来を回避した者には、海棠美墨の器となる資格がある。

 烏丸家に残されていた瞳子のパソコンやタブレット端末には、瞳子の死の未来ではなく、それが雪菜に差し替わった画像が残されていた。もしも瞳子が絵を描き変えることで、死の運命を自分から親友の雪菜に転嫁し、死の未来を回避したなら、彼女は器としての条件を満たしたことになる。だとすれば今、烏丸瞳子の肉体の中に存在するのは海棠美墨の可能性が高い。

 瞳子の父、典司の死も美墨の差し金だと考えれば色々と辻褄が合う。瞳子自身、典司との関係は冷え切っていたようだが、海棠美墨にとってみれば瞳子の親子の繋がりはしがらみでしかなく、早々に断ち切ろうと考えたのかもしれない。

『今のところ真新しい情報はこんなものだな。ところで虎落は今何を? 大人しく謹慎処分に従っていられるような性質たちじゃないよな』
「先輩には隠し事は出来ませんね。今は名古屋に来ています。このことは内緒ですよ」
『秘密は守るが、名古屋ってお前もしかして』
「小栗峰行には色々と思う所がありますので」

 ※※※

 投稿した動画によって【FUSCUS】による被害が拡大し大炎上した小栗峰行は、自宅を特定されてしまい、連日取材や嫌がらせ、果てには殺害予告までも届くようになってしまい、世間から身を隠すようにして、ホテルを転々とする日々を送っていた。現在滞在している名古屋市内のホテルも、信頼している極一部の人間にしか場所を教えていない。繭美もアトリエでの事件以来、峰行とは完全に音信不通だったのだが、昨日になって突然、峰行の方から繭美に電話があり、直接会って話したい旨と現在の滞在場所を伝えてきた。

「お久しぶりですね。虎落さん」

 繭美は峰行の滞在するスイートルームを訪れた。世間からの激しいバッシングに晒され続けている峰行だが、特段やつれた様子はなく、スイート暮らしを満喫しているようにさえ見えた。手は出さないが、怒りを抑えきれずに繭美は拳を強く握りしめた。

「スイートで隠居生活なんて良いご身分ね」
「お昼は食べましたか? よろしければルームサービスを頼みますよ。もちろん僕の奢りです」
「遠慮しておくわ。うっかりあなたの顔に熱いお茶をぶちまけてしまいそうだから」
「これは手厳しい。いや、むしろ面と向かって非難してくれるだけ優しいのかな」
「御託は結構。本題に入りましょう。どうして私を呼びつけたりしたの?」
「あの事件に関わった者同士、虎落さんとは一度じっくりとお話しをしておかなければと思いまして。お互いを取り巻く環境は随分と変わりましたからね。今を逃せば次はないかもしれない」
「あなたのは因果応報でしょう」
「違いない。こちらへどうぞ」

 峰行は苦笑交じりに応接用のソファーに繭美を促した。不愉快そうな表情ながらも、繭美も素直に応じて着席した。峰行に対する非難の言葉はいくらでも湧き上がってくるが、それでは一向に話しが進まない。罵詈雑言ばりぞうごんをぶつけるのは、全てが終わってからでも遅くはない。

「あの動画を見た時は失望したわ。動画投稿者であるあなたに対して、まったくその懸念が無かったかといえば嘘になるけど、それでもあなたは親友の二輪の無念を晴らすために、正義感で事件を追っているのだと信じたかった。それなのにあなたは事件を動画化し、二輪の存在さえも演出に使った。結局は全ての自分のためだったのね」

「ははっ……本当僕って自分勝手ですよね」

 峰行が発したのは、自嘲するような乾いた笑いだった。

「今更信じてもらえないかもしれないけど、動画とかそんなこと関係なく、最初は本当に和仁のために事件を調べ始めたんですよ。彼と再会して昔のように意気投合して、コラボ動画を撮る約束も本当に楽しみにしていた……けど、その前に彼は亡くなってしまった。本当に悲しかったし、彼の無念を思うといたたまれなかった。彼から未来を奪った理不尽な運命を、僕は憎悪していたはずだったのにな」

 動画の再生数や反響を注視する峰行にとっては、知名度で劣る二輪和仁とのコラボに大した利は存在しなかったが、友人だったからこそビジネスを抜きにそれを快諾したし、彼の知名度が上がる起爆剤になってくれればという思いもあったし、今後もそれを続けていくつもりだった。二輪和仁のことを友人として大切に思っていたはずなのに。

「一連の事件について知れば知る程、僕は自分の中の好奇心と自己顕示欲を抑えきれなくなっていった。和仁の無念を晴らすために始めたはずの調査が、いつの間にか大きなスクープを掴んだ高揚感にすり替わってしまっていたんです。このネタをものにして絶対に動画化しないと。そんな使命感すら覚えていた」

「その結果これまでに築き上げてきた物を失うなんて、哀れなものね」

「まったくです。だけど僕の今後の投稿者人生で、これ程の大きな話題を投げかける機会なんてきっと訪れることはないでしょう。そういう意味では完全燃焼していますよ」

「大きな仕事をやりきって満足? 笑わせないでよ」

 友人への思いを裏切り、大勢の命を危険に晒した上に自身は満足気に完全燃焼などと言ってのける峰行の態度は、あまりにも身勝手だった。

「動画の中であなたは、雨谷くんと八起深夜が亡くなった状況についても詳細に解説した。あの件は表沙汰になっていないし、私が何も伝えていない以上、あなたが知る由は無かったはずよ。あの情報をどこで手に入れたの?」

「事件の前に、【MEDIA NOX】を名乗る相手からメールで接触があったんです。その時はてっきり、【FUSCUS】の開発者である八起深夜だと思っていたけど、今になって思えばあれはAIとなった海棠美墨だったんですね。彼女は全ての情報を開示するから是非とも一連の出来事を動画という形で世間に発表してくれと、僕に依頼してきました」

「それを受け入れることに葛藤はなかったの? 道徳的な意味だけじゃない。もっと単純に、あなた自身の命が危険に晒される可能性だってあったでしょう」

「……深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いている」
「ニーチェの言葉?」

「どれほど愚かな行為であろうとも、僕は探求心を抑え込むことが出来なかった。僕にとっては【FUSCUS】の謎こそがその深淵だったのかもしれない。知ろうとするうちに、僕自身が運命の歯車として組み込まれてしまったのだから」

「その口振りだと、今の事態は決してあなたの本意ではなかったようね」

 峰行が自己顕示欲の果てに一連の事件を動画として公開したことは決して許せないが、彼の行動原理を考えればそうしたこと自体はあり得ない話しではない。だが、【FUSCUS】へと視聴者を誘うURLを動画に添えて、大勢の命を奪う片棒を担ぐような人格破綻者とも思っていない。話題を集めるだけなら動画単体で十分に効果はあったし、彼にとってもメリットなんて存在しないはずだ。

「あんなURLを設定した覚えなんてないんです。もちろんスタッフの誰にも心当たりなんて無かったし、僕は全ての動画を投稿前に必ずチェックしますが、投稿時点でも間違いなくあの動画に【FUSCUS】のURLなんて存在していなかった。僕らがそれを把握したのはコメント欄で怪しいURLについての指摘が相次いでから。直ぐにURLは削除しましたが、その時点ではあの動画は大バズリして、動画外でもすでにURLが拡散し、取り返しのつかない状況に陥っていた」

「海棠美墨の仕業ね」

「はい。今の彼女にとって、インターネット上の情報を書き換えることな造作ないようだ。僕は見事にこの発信力を利用されたようです。さながら爆弾の運び屋だ。中身を知らないまま遠隔でスイッチを入られて大爆発。爆心地の僕も大炎上です」

 繭美は哀れな道化にかける言葉を見つけられないでいた。思えば海棠美墨の狙いは最初からこれだったのかもしれない。器を手に入れた今になって、どうしてさらに【FUSCUS】のもたらす死を拡散させる必要があるのかは分からないが、そうする上でオカルト系の動画を投稿する著名な峰行は適任だったのだろう。

 奇しくも峰行自身が顔合わせの時に触れた可能性だが、【FUSCUS】側が直接峰行とコンタクトを取ろうとしても、日々舞い込む多くの情報の中に埋もれてしまい、繋がりを持つことは出来なかっただろう。そこで峰行の友人であり、彼よりも直接やり取りがしやすい二輪和仁に最初に接触、その不審死をもって峰行の関心を引こうとしたのかもしれない。

 実際、峰行は前のめりで事件の調査に乗り出し、最終的にはより大勢に【FUSCUS】の存在を拡散させるに至った。もしも全てが【FUSCUS】、海棠美墨の計画通りだとすれば、緻密かつ残念な行為だ。

「……雨谷くんにアトリエの所在を教えたのもあなたなのね?」

 亡くなった光賢がアトリエに到着する前、最後に通話した相手は峰行だった。スケジュールによると本来この日は海棠美墨の母校の恩師を尋ねる予定だった。それを突如変更して房総に向かったのなら、そのきっかけは峰行以外には考えられない。

「雨谷光賢にアトリエの住所を伝えろ。それが海棠美墨が提示した情報提供の条件の一つ――」

 言い終えるのを待たずして、繭美は平手で峰行の頬を張った。これまでは辛うじて己を律してきたが、光賢の名前が出た瞬間、抑えが利かなくなった。

「やっぱりあなたの仕業だったのね。あなたのせいで雨谷くんは!」
「……そうですね。光賢さんの死の責任は僕にある。だけどあれは不可避の未来でもあった」
「よくそんな口が利けたわね!」

 繭美は堪らずソファーから立ち上がり、身を乗り出して峰行の胸ぐらを掴み上げた。

「……自分を正当化しようとは思いません。ですがあの時点で光賢さんはすでに【FUSCUS】に死の未来を描かれていた。仮に僕が関与しなかったとしても、経緯が異なるだけで光賢さんはあの日、あの時間、あのアトリエに居合わせていたに違いない。そもそも僕は光賢さんにアトリエの場所を教えはしましたが、何も他の人には内緒だと口留めしたわけではない。誰にも何も言わずに単身でアトリエに向かったのは光賢さん自身の意志です。それも含めて運命だったんですよ」

 繭美は鬼の形相で峰行を睨み付けながらも、口は真一文字に結んだままだった。峰行の言う通り、確かに彼は情報を与えたが、そこから先の判断は全て光賢の自己責任だ。それで何かが変わったかは別として、彼は繭美や他の誰かと協力する選択肢もあったのに、復讐心が彼を単独行動へと導いた。それも繭美が行動を起こすほんの数時間前に全てが動き出した。峰行に同意するのは不本意だが、確かに全ては非常な運命のレールの上だったとしか思えない。

「光賢さんとは友人同士とのことでしたが、虎落さんにはそれ以上の感情がおありのようだ」
「……それ以上は何も言わないで。本当にあなたを殺してしまうかもしれない」
「あなたに僕は殺せませんよ」

 不敵な笑みを浮かべた峰行は繭美の手を振り解くと、乱れた襟も直さずに部屋の隅へと向かった。壁には大きな板状の物体が立て掛けてあり、埃除けの布が被せられている。

「僕の死の運命はもう決まっているが、それは少なくともあなたの手によるものじゃない」

 峰行が布を勢いよく剥がすと、キャンバスに描かれた一枚のセピア調の絵が姿を現し、それを見た繭美は絶句した。その絵は凄惨な死に様を描いているが、それが誰なのかは絵を見ただけでは判別がつかない。何故ならその絵は炎の中で息絶えた、焼け焦げた焼死体を描いていたからだ。これまでの画像データとしての【FUSCUS】とは毛色が異なるが、実物のこの絵もまた、明確な死の臭いを纏っている。

「まさかこれは、あなたの未来なの?」

「どうやらそのようです。大炎上した動画投稿者の最期が焼死なんて、皮肉なものですよね。これが僕の未来なら、虎落さんがこの場で僕を殺さないと確信するのも納得でしょう?」

「どうしてこんな絵をあなたが持っているの?」

「先日、僕の滞在するこのホテルに、烏丸瞳子から届いたプレゼントです。いや、それはがわだけで今の彼女は海棠美墨か。ご丁寧にこの絵は僕の死相を描いた絵だという旨を伝える手紙まで同封してくれましたよ。お疲れ様と書いてあったし、こうして実物の絵を仕上げてくれたのは彼女なりの感謝の表れなのか。それとも生身の器を得たことが嬉しくて描かずにはいられなかっただけなのか」

「今や彼女は、未来の私というキーワードを必要とせずとも、意志一つで現実世界で同等の絵が描けてしまうのね……」

 まだ詳細は把握しきれていないが、瞳子の父、典司が亡くなったのも同じ手口によるものだったのだろう。彼自身が【FUSCUS】を利用したとは考えづらかったが、娘名義でこうして実物の絵が届いたと考えれば、色々と辻褄が合う。

 器を得た海棠美墨というのは当初の予想以上に危険な存在のようだ。これまでは【FUSCUS】や、そこで【未来】というワードを使わなければ巻き込まれることは無かったが、これからは烏丸典司や峰行のように、自らの意志に関わらず、美墨から一方的に死の未来が送り付けられることも起こり得るわけだ。実際に絵を描く時間が必要になる代わりに、今の彼女は人相だけで人を殺すことが出来る。

「彼女にとって、あなたはもう用済みということ?」

「最後の有効活用のつもりなのかもしれませんね。今の僕は影響力を失っているが、あんな前代未聞の大炎上を起こした人間がセンセーショナル死に方をすれば、再び話題は再燃する。僕は燃料として投下された末に燃え尽きるというわけだ」

 苦笑顔を浮かべながら、峰行は肩を竦めておどけてみせた。

「強がりとはいえ、よく笑顔なんて作れるわね」

「強がりというよりは諦観ていかんですかね。死の運命を描かれた人間の末路は誰よりもよく知っている。烏丸瞳子のようなケースもあるが、あれだって死とほぼ同義だ。もうどうしようもないじゃないですか」

「だから私に連絡をしてきたのね」
「はい。限りなく近い将来、僕は確実に死にますので、虎落さんに会うのなら今の内にと思いまして。渡したい物もありましたし」
「渡したいもの?」

 立ち上がった峰行が、デスクの引き出しからUSBメモリと一通の手紙を持って戻って来た。

「USBの方は、海棠美墨が僕に提供した【FUSCUS】に関するデータです。炎上で結局投稿出来ませんでしたが、動画の後編で触れる予定だった、より詳細な情報も保存されています。今の僕よりは虎落さんの元にあった方が有意義でしょう」

「この手紙は?」

「絵画には二通の手紙が同封されていました。一通は僕宛て。そちらは虎落さん宛てです。しゃくですが、僕が虎落さんにその手紙を渡すことも、海棠美墨の描いた筋書き通りなのでしょうね」

 繭美は峰行から受け取った手紙とUSBを着ていたジャケットの内ポケットにしまった。

「データと手紙の提供には感謝する。他に何か話しはある?」
「僕の方からは以上です。少々名残惜しいですがね」
「私は別に」

 突き放すようにすぐさま踵を返すと、繭美は足早に扉の方へと向かっていく。本音では心細さを感じていた峰行だが、過ちを犯した自分には繭美を呼び止める権利はないと、寂しそうにその背中を見送る。

「小栗峰行。最後に一つだけ言っておくわ」

 ドアノブに手をかけた繭美がその場で立ち止まった。

「あなたを殺してしまうかもしれないと言った人間が言えた義理ではないけど、私も最後まで事件を追い続けるから、あなたも諦めずに最後まで死の運命に抗い続けなさい。全てが海棠美墨の掌の上だなんて癪だもの」

「虎落さん……」
「さようなら。機会があったらまた会いましょう」

 最後にそう言い残し、繭美は峰行が滞在するホテルのスイートルームを後にした。

 ※※※

 三日後。人気動画投稿者「クリオネさん」こと本名、小栗峰行の焼死体が発見された。

 遺体が発見される前日。峰行は滞在先を変えるためにホテルをチェックアウトし、地下駐車場へと下りたところを突然三人組の男に襲撃され、そのまま男達が乗って来たバンに拉致される事件が発生していた。警察は峰行の行方を追っていたが、翌日には峰行を拉致した三人組が近隣の警察署へと出頭し、峰行の殺害を自供。供述に従い、犯人の一人が所有する山奥の別荘の敷地内を捜索すると、深い穴が掘られていて、その中で倒れる峰行の遺体を発見した次第だ。峰行は犯人たちから激しい暴行を受けた末に穴へと突き落とされ、穴の中に投下された火に、生きたまま焼かれていったという。

 峰行を殺害した三人組は、全員が家族や恋人を【FUSCUS】に死の未来を描かれたことで亡くした者たちだった。彼ら彼女らは「クリオネさん」の大ファンであり、彼が投稿した動画を経由して【FUSCUS】と接触し、命を落としている。

 あの動画が無ければ大切な人を喪うことは無かった。復讐心を募らせた三人は小栗峰行の殺害を計画し、この三週間の間ずっと動向を探っていたようだが、峰行は徹底的に足取りを消していたため、素人の集まりである三人組は消息を掴むのに苦戦していたようだ。そんな彼らが今回襲撃を成功させた経緯について、犯人の一人はこう供述している。

 早朝になって急に見知らぬアドレスからメールが届き、『この時間、この場所で、確実に小栗峰行と接触できる』という触れ込みの元、詳細な時刻と場所が記載されていたであろう。すでに腹を括っていた三人は藁をも掴む思いでメールの指示に従うと、本当に峰行と遭遇し、温めて来た復讐計画を実行に移したそうだ。

 全ては海棠美墨の掌の上である。


第十五話


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