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罪花狂咲 第十七話

 数日後。非業の死を遂げた七草海鈴の通夜がしめやかに執り行われた。事件性は無しと判断されたが、胸が大きく裂けて亡くなっていたという異常な事実を公表するわけにはいかず、表向きは不慮の事故ということにされている。

 学友や親戚を中心に多くの関係者が参列し、あまりにも早すぎるその死を悼んだ。心優しい性格で誰からも愛されていた海鈴が死んだ。現実を受け止めきれず多くの関係者が涙を流している。七草海鈴の喪失が周囲に与えた影響は計り知れない。

 参列者の中には鈴木の姿もあった。しっかりと本名で記帳も済ませている。身内として参列していた永士はその名前を見ていっそう確信を強めた。

 通夜を終えた後。永士は人気の無い場所を選んで鈴木へ一人で接触した。

「顔は知っていますが、こうして直接顔を合わせるのは初めてですね」

 永士は度会の家で見た集合写真で、鈴木は越無村の社に設置していたカメラ越しに、それぞれお互いの人相を把握している。初対面ながらもお互いに初めて会った気はしなかった。それは顔を知っていたからというだけではなく、同種の人間だと感覚的に理解しているからでもある。

「君は確か海鈴さんの従兄弟の永士くんだったね。この度はご愁傷さまです」

 平然とした様子で鈴木はお悔やみを申し上げた。
 喪服姿の鈴木は度会の写真とほとんど変わらないが、小麦色だった肌は、社会人となった今となっては写真の頃よりも落ち着いている。

「一連の騒動についてあなたには色々と聞きたいことがある。お付き合い頂けますか?」
「構わないよ。カメラ越しに名前を呼ばれた時から、君とはゆっくり話をしてみたいと思っていたんだ」

 鈴木は、社にカメラを設置したのが自分であることを隠そうともしなかった。永士の抱く疑念を否定するつもりなど最初からない。言葉通り、鈴木は永士との会話をそのものを楽しみたいのだ。

「先ずは前提からはっきりさせておきましょう。鈴木さん、あなたは三年前と今回の二度、知人が越無村へと向かい、『罪花』の呪いに罹患りかんするように仕向けましたね?」

「そうだよ。三年前は後輩の奏子ちゃんに、今回は泉太と倉田くんにキャンプ場の情報と、それとなく廃墟となった越無村の情報を吹き込んだ。冒険心溢れる奏子ちゃんは目論見通りに越無村へ向かったし、行動的な倉田くんも話を聞いた時点で興味津々だった。生真面目な泉太に関しては越無村へ行かない可能性の方が高そうだからあまり期待していなかったけど、まさか倉田くんとタイミングが被って、泉太のグループまで成り行きで関わる形になるなんて。まったく運命とは面白いものだよ」

 カメラの件と同様、鈴木はあっさりと自分の関与を認めた。その言葉に後悔の念はまったく感じられず、言葉の節々で思い出し笑いさえも浮かべていた。

「俺からも聞いていいかな。君はいつから俺の関与を疑い始めたんだい?」

「きっかけは度会さんの家で鈴木という名の教え子の存在を知ったことです。直近で鈴木という名には聞き覚えがあった。気になって調査記録を確認したら、佐竹奏子に穴場のキャンプ場を教えた先輩の名前が鈴木でしたよ。とはいえ、鈴木という名前は珍しくはないし、両者が同一人物だという確証はない。加えて、泉太兄さんや倉田さんにキャンプ場の場所を教えた人物は、堅城けんじょうという名で鈴木ではなかった。二つの出来事に同一人物が絡んでいるなんてこの時点ではまったく考えていませんでした。

 転機となったのは倉田さんの行動です。彼は行方不明になる直前、渡会さんの家を訪れ集合写真を目撃した。顔色を変えた倉田さんは『鈴木さんに会いに行ってくる』と言い残し、急遽、渡会さんの家を後にしたそうです。倉田さんもあなたの関与に気付いたいのでしょうね。それを知った時、僕は初めて鈴木と堅城が同一人物である可能性に思い至りました。今日、あなたの記帳を確認したら案の定でしたよ、鈴木堅城すずきけんじょうさん」

 泉太の会社の同僚で、倉田のフットサル仲間である堅城という人物。その名を聞いた時、深く考えずに苗字だと認識していたがそれは違った。彼のフルネームは鈴木堅城。泉太と倉田は、親しい彼のことを苗字ではなく名前で呼んでいたのだ。

「俺自身は別に存在を隠すつもりはなかったのだけど、思わぬ形で混乱が生じていたんだね。昔から同級生には何人か同じ苗字がいたからね、親しい人間には名前で呼んでもらうことにしているんだ。奏子ちゃんは名前呼びに遠慮して俺のことを鈴木先輩と呼んでいたけどね」

 自分のいない場所で知人が自分を何と呼ぶのかは、流石の鈴木でも把握しきれない。彼の言う通り捜査をかく乱する意図など皆無。異なる二人の人物が騒動に関与しているような誤解が生まれたことは、彼にとっても予期せぬ出来事だったのだろう。

「あなたに会いに行った倉田さんはどうなりましたか?」

「死んだよ。断っておくが直接手を下すような野蛮な真似はしていない。呪いの顛末を見届けるまで邪魔されるのは不本意だったから、所有する別荘に監禁しただけだ。呪いが進行していてその日の内に死んでしまったけどね。軽薄なのは見た目だけで彼は真面目だからね。最期の瞬間まで死んだ仲間に謝り続けていたよ。呪いの発生源に友人たちを連れて行ってしまったことに対し、強い罪悪感を抱ていたみたいだね」

「そうですか」

 倉田の顛末を知っても永士は無感動に頷くだけだった。
 従兄弟の海鈴の死を知っても平然として永士が、出会って日が浅い倉田の死に感慨を持つはずもない。事実を事実として受け止めただけだ。

「僕が辿り着けたのは、鈴木さんが意図して呪いを拡散させるような真似をしたという事実のみです。もしよろしければ動機についてお聞かせ頂けませんか? こればかりは本人から証言を得る他ありませんから」
「構わないが、俺の行動原理は到底理解してもらえないと思うよ?」
「構いません。はなから理解は放棄していますから。僕はただ、あなたの発した言葉を淡々と飲み込むのみです」
「開き直ったその態度、嫌いじゃないよ。まったく、君と話している退屈しない。それでは少しばかり俺の自分語りにお付き合い頂こうか」

 長話を見越して鈴木は近くのベンチに着席。永士にも隣に座るよう、手招きして促した。

「俺が越無村や『罪花』について知るきっかけとったのは、言うまでもなく度会先生の下で学んでいた頃の話だよ。越無村で起きた凄惨な大量死や、村の再興後に起きた数々の怪奇現象に興味が湧いてね。個人的に実地調査を行うことにしたんだよ。あわよくば呪いというものを体験してみたいとさえ考えていた」

 身の危険もいとわず単身で呪いの調査へと向かう好奇心。この時点で鈴木の行動は常軌を逸している。

「君にも覚えがあるだろう、辺り一面に死体が転がる地獄絵図を。あれを見た瞬間、俺は超無村は本物だと確信したよ。意気揚々とそのまま村の探索を始めた。そこで俺は美志緒に出会い、彼女の過去へと触れたんだ。それによって『罪花』の呪いの何たるかを深く理解したよ」

 越無村を探索し、美志緒の過去に触れながらも、呪いを発症せずに三年間生存し続けている。間違いなく鈴木も永士と同様に呪いに耐性を持っていた人間だ。彼もまた、呪いの起因となる罪悪感を始めから持ち合わせていなかったのだろう。だからこそ、カメラを設置するなど越無村で自由奔放に行動することが出来た。

「残念ながら俺自身が呪いを発症することはなかった。だけど本物の呪いがあると知ったら、是非とも実証実験をしてみたい。そこで目をつけたのが大学の後輩だった奏子ちゃんだよ。アウトドア趣味の彼女に穴場のキャンプ場を教え、それとなく彼女の冒険心をくすぐる廃村の情報を吹き込むことはそう難しくはなかった。

 目論見は見事に成功し、彼女達四人は越無村で『罪花』の呪いに罹患した。経過を見守るのは実に楽しい時間だったよ。己の罪悪感で人間が自壊していく様は何度見ても愉快なものだ。俺には理解出来ない感情だからなおさら興味深かった。

 死んだ女子高生の身内に警察官がいたことには驚いたけど、それほど大きな問題ではない。俺は後輩に穴場のキャンプ場を教えただけで、何もやましいことはなかったからね。あの刑事のおかげで興味深いデータも取れた。呪いが解かれたらそれはそれで仕方がないと思っていたけど、あの刑事も結局死んでしまった。美志緒の呪いを解くことは、普通の人間ではまず不可能だと確信出来たよ」

 四人の女性が呪いに罹患したと知り、鈴木は呪いによって追い詰められていく彼女達の姿を嬉々として観察し続けた。これは言わば呪いの効果を確かめるための人体実験。良心を傷めることなく、鈴木は探求心だけで四人の女性や、呪いを追っていた一之瀬を死へと追いやったのだ。

「今回、三年振りに行動を起こしたのは何故です? それとも、僕が把握していないだけで、その間にも呪いを広めるような真似をしていたんですか?」

「俺が行動を起こしたのは正真正銘三年振りのことだよ。他にはやっていない。五人の人間で呪いの実証データが取れたことで、俺はある程度満足してしまってね。就職活動も本格化して来た頃だったし、実生活優先で呪いの探求は一旦お預けにしたんだ。社会人になってからも何かと多忙でね。なかなか呪いの研究に割く時間を持てないでいた。定点カメラで美志緒の観察だけは続けていたけどね。

 三年ぶりに行動を起こしたことに、君が期待しているような大きな理由はないんだ。ただ生活に少し余裕が出来て、再び呪いと向き合う時間が持てるようになったというだけのことだよ」

「理由は分かりましたが、どうして泉太兄さんや倉田さんを標的に?」

 一瞬、永士の意識が鈴木の後方へ向いたが、直ぐに鈴木の方へ視線を戻した。

「それこそ大きな意味はないよ。強いて言うなら、二人とも真面目な善人だったらからかな。どんな罪悪感で死んでいくのか興味があった。当初の目論見とはだいぶ違った形になってしまったけど、永士くんのような興味深い人材と巡り合えただけで今回の実験は大成功だったと言えるよ。俺だけが特別なんだと思っていたけど、永士くんという二例目が現れたことで面白いデータが取れた」

「大成功ですか。僕は肝心の越無村の呪いを消滅させてしまいましたが良かったんですか?」

「勿体ないと思う気持ちも多少はあるが、呪いが消滅したのはそれはそれで貴重なデータだ。気に病むことはないよ。それに俺は確信している。呪いと呼ばれる現象はきっと越無村に限った話ではないだろう。いずれまた、新たな研究対象と巡り合える日はやってくる」

「新たな研究対象ですか。流石に気が早いな。越無村の呪いはまだ終わっていないというのに」

「奇妙なことを言う。確かに俺や君の中にはまだ『罪花』の種が残っているが、俺たちのような人間はそれを発症することはない。美志緒が消滅し、他の罹患者も死んだ時点で越無村の呪いは終わったんだよ」

「そうですね。出すぎたことを言いました」

 言葉の意味を理解出来ていない様子の鈴木に、永士はそれ以上は何も言わなかった。態々指摘してやる義理もない。

「お時間を取らせてしまい申し訳ありませんでした。僕からは以上です」

 当事者である鈴木の証言で一連の騒動の事実関係はある把握出来た。それだけで永士は満足だ。元々鈴木を断罪してやろうという気持ちなどない。

「こちらこそ君と話せて楽しかったよ」

 上機嫌のまま鈴木はベンチから立ち上がった。永士という同類との出会いを心から満喫したようだ。

「また会える日を楽しみにしているよ」

 手を振ってその場を後にした鈴木の背中を、永士は遠い目で見送った。

 忠告はした。永士が言った越無村の呪いはまだ終わっていないとというのは「罪花」のことではない。もっと現実的な、日常的に起こりうる呪いのことだ。「罪花」の呪いに狂わされたのは、呪いで死んだ当事者だけとは限らない。呪いとは何時だって人の感情が生み出すものだ。

 ※※※

 その日の夜。蜻蛉橋かげろうばし市在中の会社員、鈴木堅城が自宅マンションで刺殺される事件が発生。

 現場に急行した警察は、自ら一一〇番通報をした鈴木の同僚、七草泉太を殺人容疑で緊急逮捕した。

 取り調べの中で泉太は、鈴木が妹や恋人の仇であったという旨の供述を繰り返している。事実、泉太の周辺では恋人の片桐小夜子や妹の七草海鈴が立て続けに亡くなっており、警察が事実関係の確認に当たっている。

 関係先として捜索された被害者、鈴木堅城の別荘からは、知人だった倉田隼人の遺体が新たに発見され、その遺体は胸部が大きく裂けた異様な状態で亡くなっていた。事件との関連性について、慎重に捜査が進められている。

 直近では蜻蛉橋署所属の小暮至巡査部長が同様の遺体となって発見されており、捜査関係者は大いに混乱を強いられていた。呪いという常識や法律で測り切れない現象を前に、一連の事件の捜査は難航を極めている。

 泉太からしてみれば、大勢が呪いに罹患するきっかけを作った鈴木堅城は大量殺人鬼と変わらない。当時は疑う余地などなかったとはいえ、鈴木の勧めた梨鷹キャンプ場へ海鈴たちを連れて行き、呪いに罹患するきっかけを作ってしまったという強い負い目もあった。全てを知ってしまった泉太が鈴木に殺意を抱くのは必然だった。

 直接呪いには罹患しなかったものの、呪いで運命を狂わされ、最後は殺人犯として逮捕されるに至った。泉太はある意味で、越無村にまつわる呪いの最後の犠牲者だったのかもしれない。

最終話

第一話


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