見出し画像

罪花狂咲 第十八話(完)

 綴は車を走らせ、永士と共に越無村を目指していた。

 泉太の起こした事件の混乱は未だ冷めやらない。一連の不審死の関係者であることや小暮の遺体の第一発見者であることから、二人も連日警察から事情を聞かれていた。二人に嫌疑がかかることはなかったが、呪いという常識外れの現象が関係しているために真実を伝えることが出来ない。泉太が鈴木を殺害してしまったことは事実だし、もうこれ以上二人に出来ること何もなかった。

「鈴木堅城の件、永士くんが泉太さんに吹き込んだの?」

 ずっと抱いていた一つの疑念を、綴は車中で永士へとぶつけた。

「流石の僕だって殺人をきつけるような真似はしませんよ。鈴木さんとのやり取りを泉太兄さんに聞かれてしまったのは本当に偶然です。今になって思えば僕が面識のない鈴木さんに接触するのは不自然です。それが泉太兄さんの関心を引いてしまったのでしょう」

 この言葉に嘘偽りはない。永士は本当に泉太に聞かせるつもりなんてなかった。だが、途中で泉太の気配に気づいてしまったこともまた事実だ。その時点で会話はかなり進んでおり、鈴木の関与はすでに確定的。もはや避けられない運命だった。

 泉太の実力行使は、言うなれば「罪花」の呪いを悪用した鈴木に起こった意趣いしゅ返しだ。人を呪わば穴二つ。呪いにかからぬ己を過信した男は、最愛の人達を奪われた男の感情によって命を奪われたのだ。鈴木が他人に共感できる人間だったなら、あるいはもっと危機感を持って行動していたかもしれない。

「ごめんなさい。とても失礼なことを聞いてしまった」
「僕は気にしていませんよ。こうしてまた真中さんが会ってくれるだけで嬉しいですから」

 満面の笑みで永士は缶コーヒーを啜った。一連の事件の疲労や落ち込みなどまるで感じさせない。従兄弟家族が大きな悲劇に見舞われたというのに、どこまで永士は他人事だ。今もなお永士の中には「罪花」の種が眠っているが、いつかそれが芽吹いたら、等という懸念は彼の中には一切存在してないのだろう。

「残されたのは私達二人だけ。あまりにも虚しい事件だったわ」
「そうですね。これは悲劇です。僕みたいな人間でもそれぐらいは分かる」

 無感情であっても、永士がそのように思っていることが綴は少し意外だった。呪いは消滅し、協力関係を続ける義理もないのに永士は綴の誘いに応じてくれた。傷心の綴に合わせてくれたとも考えられる。

「……友達みんな失っちゃった。今からボッチは辛いな」

 今回の一件を経て、図らずも仲間たちの抱えていた複雑な秘密を知るに至ってしまったが、だからといって嫌いになんかなれない。趣味も性格もバラバラな四人だったが、不思議と気が合う最高の四人組だったと思う。もう彼らはいない。たった一夏の経験で、大切な友達を一度に四人も亡くした。綴の心にはぽっかりと穴が空いてしまっている。

「まあまあ、そう落ち込まずに。真中さんには僕がいるじゃないですか」
「灰谷くんと私は友達とは少し違うような気がするけど」
「それじゃあ、それ以上の関係ですか?」
「それは流石に話が飛躍し過ぎ。君のことは憎からず思っているけどね」

 気を利かせたつもりなどないだろうが、今は永士の軽口がとても心地よく感じた。永士を恐れる気持ちがある一方で、一緒に呪いの驚異に立ち向かったこの数週間を通じて、確かな絆も感じている。永士は他人に共感することは出来ないかもしれないが、綴の中の灰谷永士の存在は大きい。

「永士くんがいなければ呪いは消滅しなかった。辛い経験ばかりだったけど、永士くんと一緒に駆け回った時間は大切な思い出よ。戦友とでも言えばいいのかな。私はあなたに絆のようなものを感じている」

「戦友ですか、僕たちにピッタリの表現かもしれませんね。僕にとっても真中さんの存在は大きかったです。我ながら能動的とは言えないタイプですし、真中さんにリードされていなければ、僕一人では真相究明にもっと手こずっていたはずです。真中さんも立派な功労者ですよ」

「君に褒められるのは悪い気はしないな。上から目線は気になるけど」

 信号待ちで停車し、綴はペットボトルの紅茶に口をつけた。

「芽生えた絆がこれっきりというのは少し寂しいわ。またこうして時々会ってくれる?」
「真中さんのような美人からのお誘いなら、いつでもお引き受けしますよ」
「相変わらずよく回る口ね。それと私の呼び方、苗字じゃなくて名前でもいいわよ」
「真中さんのお名前って何でしたっけ?」

 思わぬ反応に綴は苦笑いを浮かべる。思えばまともに自己紹介したのは最初の一回だけで、以降はお互いに苗字で余所余所しく呼び合ってきた。

「綴よ、真中綴」
「そういえばそんなお名前でしたね。美しい響きです」
「忘れていた人に美しい響きとか言われても説得力がないんだけど」
「冗談ですよ。これまでは礼儀と思って苗字で読んでいただけです。僕のことも永士でいいですよ」
「分かった。改めてよろしくね、永士くん」
「こちらこそ、綴さん」

 信号が青に代わり、綴は左折し梨恋方面へ車を走らせた。

 ※※※

「ここが越無村か」

 この日初めて、綴は廃村となった越無村へと足を踏み入れた。
 永士の手により「罪花」の呪いは消滅。廃村となった越無村へ足を踏み入れても、もうあの凄惨な光景が再現されることはない。

 一之瀬の遺体発見現場ということもあり、当時は多くの捜査関係者も出入りしていたが、怪奇現象に見舞われた者や呪いを発症した者はいない。解放された越無村は、今はただの廃村となっている。

 大勢の運命を狂わせた始まりの場所。関係者の一人として綴はずっと、越無村を一度訪れておきたいと考えていた。

「美志緒が眠っていた拝殿というのは?」
「村の奥です。ご案内しますよ」

 永士に手を引かれ、綴は村の奥の社へと向かった。

「美志緒はここで眠っていました」

 永士に案内された拝殿の前で、綴は手を合わせて目を閉じた。
 美志緒こそが呪いの根源であり、綴にとっては鈴木堅城と並んで仲間の仇とでも呼ぶべき存在だ。

 だが、永士から美志緒の過去を聞かされた綴は美志緒を心の底から恨むことは出来なかった。彼女とて望んで呪いをばら撒いていたわけではない。彼女はただ救いを求めていただけの、か弱い少女に過ぎないのだ。

 許せるかは分からないが、せめて彼女の魂が安らかであることを祈ろうと綴は決めていた。美志緒という少女のことを知る者はほとんどいない。永士は美志緒に絶対に感情移入しない。だからせめて自分だけでも、彼女のことを覚えていてあげようと綴は思った。

「永士くん。私を助けてくれてありがとう」

 祈りを終えた綴が永士に言った。

「どうしたんですか、急に?」
「あなたに力づくで止められていなかったら、私はきっと死んでいた。そのことにまだお礼を言っていなかったから」

 あの日、永士は一緒に村へ行こうとする綴を気絶させることで止めた。当時は怒りを覚えもしたが、呪いの発生源が消滅しても、人に根付いた呪いは変わらず発症すると判明したことで、綴は自身が命拾いをしたことを知った。荒っぽい方法ではあったが、綴にとって永士は間違いなく命の恩人だ。

「礼には及びませんよ。綴さんがいなくなるのは寂しかったので」

 永士は正義感で動く人間ではない。だからこそその言葉は、紛れもない本心だった。

「帰りましょうか」
「そうですね」

 目的は果たした。二人を肩を並べて社を後にした。

「見て、花が咲いている」
「彼岸花に似ている。これが罪花かもしれませんね」

 境内の敷地内に一輪の赤い花が咲いていた。
 呪いの影響で時の流れさえも曖昧だった越無村は、時のくびきへ戻ったことで、本来の自然環境を取り戻したのかもしれない。それが罪花なのかどうかは二人には判断がつかなかったのが、その花はとにかく美しかった。

 廃村となった越無村は今後、徐々に自然へ返っていくことだろう。その時、この場所には鮮やかな赤い花畑が広がっているかもしれない。


 罪花狂咲 了

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?