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えんがわ日和〜家の片付け〜

祖父母が住んでいた家は、
祖父が亡くなり祖母が施設に入ったことで住む人がいなくなった。
まだ建て直して10〜15年くらいでとても綺麗。
個人宅用のエレベーターもあって、末期がんの祖父を看取れた場所なのでバリアフリーなのは間違いない。

エレベーターは「使うかなぁ、どうだろう」と半信半疑で付けたものだったが、
これが無ければ祖父はこんなに穏やかに最期まで住めなかっただろうと思うくらい大活躍した。

相続対応が終わって一息つきかけた時、叔母夫婦が声を上げた。
「価値を下げないうちにサクッと家を売ろう!荷物は全部処分しよう。」
確かにもうすぐ祖父が亡くなってから1年だ。
中古物件として確かに売れる余地はある。
だけど、心が全く同意していない。
「ただいまー」と言えば、「おかえりー、よく来たね」と迎えてくれる声がなくなっただけでも辛いのに
どうして帰る場所まで手放さなければいけないのか。

それでも、時の流れは待ってはくれない。
人が住まなくなった家の風化はものすごい速さで進み、
空気が澱む。庭は雑草で荒れ果てる。
叔母夫婦に引っ張られる形で、しぶしぶ荷物の整理を始めた。

祖父母との会話を思い出しながら一つずつ荷物を捨てていく。
懐かしい字を見つけたり、意外なものを見つけたりしながら思い出も整理していく。

祖父が使っていたベッドに寝てみた。
起き上がったら、目線の先に家族旅行の写真が貼ってあった。
よく座っていたソファに座ってみた。
足を伸ばしてテレビが見れる特等席。いつもケーブルテレビで世界の旅番組を見ていた。
祖父が大好きな窓からの景色を眺めてみた。私たちが住んでいたマンションが見えた。あの歩道橋を小学生の私が歩いているのが見えると言っていたっけな。

祖母の椅子に座ってみた。
話をするのが大好きで食事の時はいつも真ん中だったな。ここはみんなの顔がよく見える。
階段を上がってすぐのリビングの入り口。
やっとこさ上がってきた祖母に「お疲れ様!おやつ食べよう〜」と声をかけるといつもぱっと表情が明るくなった。
この階段祖母にとっては長い道のりだったんだなぁ。

少しでもこの家で過ごした時間が祖父母にとって
幸せだったと思ってくれていることを願う。
私は、大好きなこの家で大好きな家族と過ごした時間はとても幸せだったと胸を張れる。

私たち家族はこれ以上この家には住めない。
それならば、この家には次の家族と幸せな時間を紡いでもらおう。
幸いなことにすぐに買い手が見つかった。
空き家問題が深刻化している今の日本で、次に住んでくれる人が見つかったのは本当にありがたい。

片付けが終わってわかったことがある。
荷物が全てなくなったこの家に戻ってきても、戻りたいあの頃には戻れないのだと。
なんなら荷物がまだあるこの家に戻ってきても「おかえり」と言ってくれる人はいないのだと。
そんなこと、客観的に見れば片付ける前からわかっていたことだけど、自分は片付けたからわかったのだ。

まだ心は本当の意味で納得していないし、きっと何十年経っても理解しないと思う。
だから、こうやって呟いてたまに振り返ったりしながら前に向かって行くのが人生なのかなと、今の私は思うことにする。

今日、祖父母の家に会いに行く。「ただいま」と言える本当の本当の最後の日。
「おかえり」の言葉はないけど、「ありがとう。大好きだよ。」と言って鍵を閉める。

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