【短編小説】人を刺す仕事の人と人に刺される仕事の人



 人を刺す仕事の人と人に刺される仕事の人は、毎週金曜日の朝九時にお互いのを始めます。

「刺し役さんこんにちは」

 笑顔で挨拶すると、刺し役は「こんにちは、刺され役さん」と刃渡り十五センチの出刃包丁で相手のお腹へ刺突します。

「痛いですよ」

 情けない声を上げて地べたを転がるスーツ姿の男は、新品の白シャツを血でまだらに染めながら目に涙を浮かべます。
 それを見た刺し役の高校生は、学ランを脱いで傷口を押さえます。

「すみません、仕事ですから」
「仕事と言っても、もう少し手加減できないものですかね」
「いやあ。こればっかりは体が勝手に動くもんで。そういうあなたはなぜ逃げようとしないのですか?」
「私もその口なんですよ。なんでかねえ。絶対に痛いのに、刺されるまで体が動かないんですわ」

 二人の仕事は刺して、刺されるところでひと段落つきます。終業の午後六時までは暇を持て余すので、毎週世間話でサボっていました。

「いやー今日も楽しかった」
「私は痛かったですけどね」
「そうですよね。顔色悪いですよ」
「そりゃあ刺されましたからね」

 決まって刺され役の人が「そろそろ定時ですね」と 切り出します。
 週末は刺され役さんの脂汗びっしりの笑顔で締めくくり。来週も頑張って刺すぞと意気込む刺し役の人でした。

  ◇

「もうこの仕事も辛くなってきました」と切り出す刺され役の人。
 かわいそうになったのか、刺し役の人は提案します。

「転職はどうですか?」
「はあ。考えたこともなかったです」

 そんな提案から刺され役の人は役所におもむき、〈転職案内する仕事の人〉に仕事を紹介してもらったようです。
 そうして帰ってくるや否や、

「だめでした」
「どうしてまた」
「なんでも、『私の仕事は仕事を紹介するだけで、実際に転職させてはいけない』とのことでした」
「そんな意味不明な仕事があるんですか」
「笑顔で人を刺してお金もらってるあなたが言いますか」
「笑顔で人に刺されてお金をもらってるあなたに言ってるんです」
「いや意味不明なのは転職案内の人でしょう。まあいいです。それで理由というのが、過ぎた仕事をすると〈役職管理人〉に殺されるかららしいんですよ」
「また物騒なことを」
「物騒な包丁を持ちながら言わないでください」
「だってそろそろ刺さないと定時ですよ」
「本当だ。どうぞ刺してください」
「では遠慮なく」

 そうして今週も路地裏で悲鳴が上がりました。

  ◇

 また週明けになって、ひと刺しキメた刺し役の人は一息つき、いい汗拭うように額を擦ります。

「そういえばそんな痛い思いするくらいなら、いっそ転職しないんですか?」
「それ前も言ってましたよね。〈役職管理人〉に殺されるじゃないですか」
「でも刺しても死にませんよね。体は丈夫なんですから一回聞いてみては?」
「誰に?」
「役職管理人ですよ」
「でも恐ろしい姿をしているって噂ですよ」
「いいじゃないですか。毎週恐ろしい思いをしなくて済むんですし」

 翌週、万全な体調で役職管理人に物申すと、案の定だめだったようです。
 しかも何故か管理人さんまで連れてきたのでした。
 触手がスカートから覗く、鬼の顔をしたその人は噂通りの恐ろしい姿です。刺し役の人も息を呑んでいます。

「私もねえ、できるなら転職させてあげたいんだけどねえ。そうすると殺さないといけない決まりだから、ごめんなさいね」

 凄い高い声でとても柔和なお方でした。さらに目を丸くした刺し役の人は、包丁を強く握ると何故か脅すように刃を向けて問います。

「でも包丁で刺されると、この人もいつか本当に死んじゃいますよ」
「それは大丈夫。〈死んだ人を生き返らせる仕事の人〉がいるから」
「そんな超能力みたいな人がいるんですか」
「私みたいなのがいるからねえ。でも体は生き返るけど、頭の中はそうはいかないようで、思い出は消えちゃうんだって」
「それは死んだのと同じでは?」
「〝仕事の引き継ぎ〟と同じよ。やり方は体が覚えてるの」
「そういうもんなんですねえ」

 管理人さんが帰るのを見届けると、諦めて今回もお腹を刺してばいばいしたのでした。

  ◇

「刺され役さん、いい体してますよね。包丁がなかなか入らないので疲れちゃいました」
「先週『お肉つけてますね』なんて言われたから少し鍛えました」
「そんな失礼なこと言いましたっけ? でも本当にいい体ですね。僕も鍛えようかな」
「刺し役さんはそのままがいいですよ」
「そうですか? 刺され役さんも一週間で元気になっちゃうのだから、鍛え方も違うのでしょうね」
「特別なことはしてないですよ」
「いやあ。毎回刺されるってわかっていてその忍耐は凄いですよ。ご褒美でもないとやってられないですもん」
「ご褒美ならありますよ」
「お金は僕だって貰うじゃないですか」

 刺され役さんは、「いや、お金だけじゃなくて」と人差し指を刺し役の人へ向けます。

「え?」
「え?」
「いや、なんで指向けるんですか?」
「いや、ご褒美ですよ」
「え? 刺されるのがご褒美なんですか?」
「いや、違いますよ」

言ってませんでしたっけ」と言って、刺され役の人は口を大きく開けて笑います。どんどん口が大きくなります。
 更にどんどん口が大きくなると、

「私は〈過剰防衛で加害者を食べる仕事〉の人なんですよ」

 視界が真っ暗になった刺し役の人は、「なるほどな」と刺され役の口の中でつぶやきました。

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