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どこに立っているのか

「ねぇ、何を見ているの?」
誰かが問いかけている。
「見えないものを見たいんだ」
どこかで聞いたかのようなセリフを言ってしまった。
信じてきたものが瓦解して、足元が常に揺れている感覚。
あの頃からずっと、自分にだけ地震がきているかのような、そんな気持ちの悪さがいつまでたっても消えない。
「いつまで信じているの?」
「もうなくなったことはわかっているよ」
「でも、まだ信じてしまっているんでしょう?」
―――――あぁ、うるさいなぁ。
わかっているよそんなこと。
街中の喧騒も、店内放送も、TVもラジオも、自分で選んだはずの動画でさえも。
もう、聞きたい言葉を聞くことはできない。
本当、うるさいなぁ。
まだ、刻まれるこの鼓動の一音でさえも、煩わしい。

あ、また一つ。

進もうとした足元が崩れ落ちる。何もない空間なのに、落ちることがない自分が嫌になる。
落ちることが、できない自分が、嫌になる。
「関係ないのに信じていたの?」
「信じることは自由じゃないか」
「勝手に信じただけなのに、それを人生にしたの?」
「私は自分勝手な人間なんだ」
「わかってるならなんで泣いているの?」
「泣いてはないよ」
「涙だけが泣いてる証明にはならないんだよ?」

ここに来るまでに、涙は枯れ果てた。でも、まだ、泣いている?
だとしたらどうしたらいいんだろう。

すでに無くなった足元を見ながら途方に暮れる。

(本当に何もないの?立てているのに?)
今度の声は、自分の中から、聞こえた。
―――――本当、嫌になるなぁ。
気づいてしまいそうになる自分から、また、目をそらした。

本当は、わかっているんだ。


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