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もう二度と、会社なんかに依存してなるものか。と思った日

仕事というものは恐ろしいもので、
考え方によっては"自分の価値の全て"のように思えてしまう。

特に、とにかく数字で評価されるような営業職の人はその傾向が強いだろう。

だけど「会社での評価は、あくまで狭い世界の中での評価であり、人間そのものの価値ではない」ということを、忘れないでいただきたい所存だ。

会社での失敗にひどく落ち込んでしまうような人は、真面目で誠実で、本来能力が高いであろうはずの人が多いだろうから。

能力はさておき、私もそんな"クソど真面目人間"の1人だ。
そんな私がどんな風に考え方を変えて
"会社という組織に依存しないマインド"を
作り上げたのか、お話ししたいと思う。

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"できない"のではなく、もしかしたら向いていないだけかもしれない。


「国語は勉強しなくてもテストで良い点数が取れるのに、数学はいくら頑張っても駄目」

「ゲームは疲れていてもできるのに、運動はすぐヘトヘトになって続かない」

「楽器は得意だけど、歌うのは苦手」

…このように一人ひとり、個人差はあれど、秀でている部分と劣っている部分があるはずです。

「いくら頑張っても仕事が覚えられない…」
「そもそも何のためにこの仕事を頑張っているのかわからない」

と、出口のない迷路の中で迷っているような感覚に陥っている人は、もしかしたら今の自分の仕事が"劣っている部分"に該当しているのかもしれない。

もちろん、努力でカバーできる部分はあるかもしれないし、最初はできなかったけれど継続することで"天職"になった人もいるだろう。

けれど、成果が出ないことに関して見方を変えて切り捨てることは、決して全てのことに嫌々と駄々を捏ねることと同じではなく、必要な取捨選択だと思う。

何が"方向性のない努力"なのかは、自分にしかわからないことだし、自分にしか選べないことだ。

私の場合、20代の数年間を
"かなり頑張ってなんとかやる気を出さないと、とてもじゃないけど続けられない仕事"に費やしてしまった。

そうして、少しの間就いた営業職で、大いに
売上=自分の価値に直結させてしまった。

同期に負けると、自分を酷く劣った人間だと思い込み、社内の輪に上手く溶け込めなかった時には「営業なのにコミュニケーション能力がない自分」だとまた落ち込んだ。

つまり、ある種"会社に依存していた"のだ。

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会社に対しての考え方なんて、自分の都合の良いようにしてしまえば良い。

会社で身につくスキルや評価される能力は、残念ながらあくまでも"その会社の中だけで必要なこと"であるケースも、少なくないと思う。

それに、昇給・昇格だって、年功序列だったり、基準が曖昧だったりする企業も多いだろう。

つまり"会社という組織は、自分の価値を決められるほど偉いものではない"ということだ。

だから「ただお金を稼ぐためだけ」であっても良いし「やりたいことをやるための手段」であっても「ほかの社員と楽しく働くため」であってもいい。

もちろん、露骨に遅刻したり、無断欠勤をしたり、誰かの迷惑になるような行為をするのはアウトだと思うが「家にいても暇だからとりあえず行く」くらいの感覚でも、全然良いとすら思っている。

仕事が苦手で向き合うのが辛くなったら、業務の範囲内で伸ばせそうなことがないか考えたり、部署移動も検討してみる。
転職だって大いにアリだ。

人間関係で辛い思いをしていたら、前述したとおり「ただ、お金を稼ぐための場」だと考えてしまえばいい。

もちろん、仕事の辛さというのはそんな簡単なものではなくて複雑なことだと思うが、私はこの考え方で少なくとも、向いていない仕事から離れられたうえに、人間関係の悩みもほぼなくなった。

向いている仕事が何かを模索する方が大切だし、同じ職場だからといって、必ずしも全員と仲良くする必要はないと思うのだ。

私はこれまで仕事によって2回適応障害になったが、20代という貴重な時間を浪費したことが、馬鹿馬鹿しく思えてきた。

仕事とは、自分の人生を楽しく生きるための手段でしかない。
"もう二度と、会社なんかに依存してなるものか。"

そう固く決心したら、かなり心が楽になった。

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