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怖い話で飲む話 ①話は短い方がいい?編【対話劇怪談】

 とある商店街の北端。老舗のたこ焼き屋と、この町唯一の花屋の間にぽっかりと口を開いた下り階段。降りた先のこぢんまりとしたバーには、いつもの5人。酒の肴はこわい話。各々持ち寄り、今日もグラスを傾ける。


【本編】

「でね、そのイケメンの先輩とサチコが一緒に帰った次の日、他の6人とおんなじように眼帯をしててね、やっぱり1週間もしないうちに何も言わないで辞めちゃったのよ!」

 ルカがカウンターをバンと叩いて言った。ハイボールのグラスを空にし、勢いそのままに話を続ける。

「7人も続いたらさすがにおかしいってことになって、店長に頼まれてユキコがその先輩の家に付いて行ったの。そしたらね、その先輩が甘い笑顔で頼むんですって。この子に目玉を舐めさせてあげてくれない?って。何とその先輩、連れ子がいて、その子が泣き止むからって女の人の目玉を舐めさせてたの! 怖くない!?」

 ルカは自分の体を抱きしめながら、テーブル席に座った4人の男へ向かって身を乗り出した。

「コワイって言うか、キショい。キショ話やん」
 テーブルに肘をいたコナモンが答えた。
「ルカの話はエグみばっかでロマンがないねん」

「僕は生々しくて怖かったですけどね」
 コナモンの奥からイガグリ頭をひょこりと覗かせてボーズが言った。
「気持ち悪いのがヒトコワの魅力じゃないですか?」

「そう! ボーズの言うとおり!」
 ルカが腕を組み、うんうんと頷く。

「俺はどこがキショいのかよくわかんなかったけど。目くらい普通に舐めない?」
 コナモンの向かいでニマイメがきょとんとした顔で尋ねた。

「お願いだからこの指定有害誰得美男子を私に近付けないでね」
 ルカがじとっとニマイメを睨む。

「いやまぁキショいのはええねんけど。ていうかその話の店長、気付くの遅過ぎん? 7人て。ヨシコ辺りで気付いとけや。話、無駄に長なってるやん」
 コナモンがカシスオレンジを啜りながら言った。

「知らないわよ! 私は聞いたとおーりに話してるの。素材をそのままお出ししたいの。リアリティ重視なの」

「素材の良さを活かすために要らんとこ省くなり何なりした方がええやろ。長くてダレたら怖ないもん」

「長い方が緊張感高まるじゃん! 情報盛ればリアリティも出るし。ほら、神は細部に宿る的な? なんかあるよね」

「長いのと細かいのは別やろ」

「あー言えばこー言う天パね」

「天然ちゃう、人工や」

「ロクさんも、怖い話はある程度ボリュームあった方がいいと思いますよね?」
 ルカがカオアリの奥にいる、ぽっちゃりと丸い中年男に話しかけた。

ロクさんはグラスビールを片手に、ニコニコしながら店内BGMに合わせてゆっくりと体を横揺れさせている。

「ほらぁ! ロクさんもそう言ってるじゃん!」
 ルカがロクさんを指差しながらドヤ顔をした。

「言うてへん」
 コナモンが無表情に返す。その奥でボーズが、まぁまぁ、と言ってコナモンにカシオレを手渡す。

「そんなに言うんだったら、短い話で怖がらせてみなさいよ!」

「ええで。ちゃんと怖かったら、チョコ奢りな」
 望むところよ、と息巻くルカと席を替わり、コナモンがカウンター席に座った。

「ほんなら、いくで」

怪談「天袋」

 これは、友人からのまた聞きの話やねんけどな。
 主婦のAさんが買い物から帰って来て荷解きしてたら、氷を買い忘れたことに気付いてんて。しゃあないから家の前のコンビニに買い足しに行こうと決めた。
 それで、和室におった息子のハヤト君に、お母さんと一緒にもっかい買い物行く? てリビングから声かけたら、行かんて言う。何や知らんけど、ハヤト君は和室に立って夢中で天井を見つめてたんやって。
 来年にはもう小学生やし、コンビニもすぐそこやから留守番させてもいけるかと思って、Aさんはハヤト君を家に残して急いでコンビニに行った。それで10分もせんうちに氷買って戻って来たんやけど、そしたら家ん中にハヤト君の姿が見当たらへん。
 焦ったAさんが家ん中探し回ってると、ふと和室の方からハヤト君の啜り泣く声が聞こえた。和室に行くけどハヤト君の姿はない。声は押入れの上の方から聞こえる。押入れを開けてみるけどそこにもおらへん。でも泣き声はやっぱりその辺から聞こえる。
 Aさんは、まさかなと思いつつ、椅子を持ってきて押入れの上、天井近くにあるちっさい押入れ、天袋言うんかな。それを開けた。すると、体育座りで横向きになったハヤト君が、天袋にビチっと入っとった。
 Aさんはびっくりして腰抜かしそうになったけど、何とか泣いてるハヤト君を抱きかかえて下に降ろした。どうやってそんなとこ入ったん! て聞いたらハヤト君、泣きながら、天井のおばちゃんに入れられた、て言うたんやって。

「え、こっわ。マスター、チョコ盛り1つ」
 ルカがカウンターの中の、ロマンスグレーの男性に注文をした。

「潔いなぁ」
 コナモンがマスターからチョコが盛られた皿を受け取る。

「え、なんか曰く付きの家だったって話? 事故物件的な?」
 ルカが立ち上がってコナモンの持つ皿からチョコをつまみながら聞いた。

「そうかもしれんなぁ。首吊りの霊が天井からぶら下がってたとか?」

「妖怪系って線もありますよね。子どもはそういうの見えるって言うし」
 ボーズがルカからチョコを受け取りながら言った。

「真相がわかんない系の話嫌い。謎が残ってモヤモヤしない?」
 ルカがチョコを頬張りながら文句を言う。

「謎あるんがええんやん。それがロマンなんやん。なぁ、ニマイメ?」

「俺は、天袋に入ったらどんな感じなのかが気になるなあ」

「さすがのあんたもその経験はないんだ」
 ルカが横目でニマイメを見て言った。

「元カノの実家の押入れなら入ったことあるけど」

「なんでそんなとこ入ってんのよ」

「いや、うちには押入れ、ないしさ」

 ルカがニマイメとの意思疎通を諦め、ため息を吐いた。机に頬杖をつきながら、ルカはコナモンの方を見る。
「いやー、まあでも、短い話もなんか余韻? みたいなのがあってアリね」

「話の内容によるけどな。何でもかんでも詰め込んで話すもんじゃないってだけ」

「好みで言うと、僕は長い話好きですよ」
 ボーズがジントニックを飲みながら話す。
「話を聞きながら色々考えたり、予想したりするの好きなんで。結末よりも、話の道中を楽しみたい派です」

「楽しませてくれる話の構成やったらええけど。なんちゃって女子大生には荷が重いやろなあ」

「なんちゃってって何よ! しっかりはっきり女子大生なんだけど! 来週はちゃんと出席する予定だもん」

「ボーズに卒業先越されるっていうんが現実味を帯びてきてるで」

「頑張ります!」
 ボーズがグラスを掲げて叫んだ。

「頑張んなくていいのよ!」

「モラトリアムも人それぞれ、長短あっていいと思いますよ」
 ロクさんが8杯目のビールを空にして、ニコニコしながら言った。

「いや、無理に上手いことまとめようとしてくれんでええですよ」

こうして今日も、5人の夜は更けていく。


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