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『アライブフーン』

粗筋 リサイクル工場勤務の大羽紘一は、内向的な青年。だがレースゲームでは、日本一になるほどの腕前だった。
 そんな彼に、スカウトの話が舞い込む。武藤商店の跡取り、夏実に案内され着いたのは海浜コース場。そう、e-sportsではなく、実車のドリフト選手として彼は雇われたのだった…。


 映像「は」、大変素晴らしいです。…この留保、ここ一月の邦画で3回使ってるな…。

 ドリフトの魅力を伝えられているだけで、先ずは成功と言えるでしょう。4輪全てが宙に浮く冒頭カットに始まり、崖スレスレで火花を散らしながらの激走、車体間隔僅か数十センチの並走ドリフトなど、荒々しい画がひっきりなしに飛び込んで来る。と同時に、ペットボトル倒しのような驚くほど精密な動きも見せる。
 ノーCGを売り文句にしているものの、野暮ったい雰囲気はなし。走って来る車がスレスレを横切る、走る車を上から追い越しクルっと1回転するなど、「どうやって撮るんだ!?」と思える画が連続する。カメラを10台以上壊したというのも納得の撮影。ラストバトルのナイトレースでは、艶っぽい照明やスモークも相まって幻想的ですらある。
 画だけで幸せな気持ちになれる。

 なれるんですが話が詰まんねえ…。プロットは悪くないだけに、演出・脚本の細部が詰められてないのが残念な1作です。


異業種ギャップもの

 犯罪者が神父に、警察官がコンシェルジュに…こうしたお仕事映画がある。始めはギャップに戸惑い騒動を起こすも、やがては前職の経験を活かして本職すら感心するような業績を成し遂げる…。「e-sportsレーサーがリアルレーサーに!?」という今作のプロットも、まさにこれに当たる。のだが、勘所を外してしまっている。

それってただの才能論だよね

運転は、ゲームもリアルも変わりありませんから。

この台詞が象徴するように、大羽は初っ端から実車でドリフトを成功させる。もーこの時点で面白くない。
 振動・横G・握力減・発汗で後半になるとヘバるだとか、路面状況・臭い・太陽光などゲームでは再現し切れない変数に戸惑うといったことがないのだ。物語の開始時点でゲーム日本一でも構わない。だが「運転技術は誰よりもあるのに、リアルでは通用しない」ギャップに苦悩しないのだ。

実車初日:夏実の運転でドリフト初体験し、即真似できる。
実車翌日:トップレーサー小林の隣で世界レベルのドリフト体験。即真似。

2回走らせただけで、ドリフト王者のお墨付きである。しかも、リアルで運転するのは初めてだったという。…お前ただの才能ゴリ押し野郎じゃねえか!!

「ゲーム野郎」という侮り

 武藤社長、真ライバルの小林、噛ませライバルの柴崎…。彼らは当初、大羽を小馬鹿にします。
「ゲーム野郎なんかに、本物のドリフトが出来るわけねえだろ!」と。

 これ、見返せたら最高に気持ちいい前フリじゃないですか?確かに、大羽は実力で彼らを黙らせます。ただ、それは「実車レーサー」としてであって、「前職=ゲーマーならではの発想・技量」ではないのです。ここも勿体ない。

 ゲーマーならでは、とは何か。コースをカスタマイズして、来たるレースのバーチャル特訓をするとかはどうでしょう。ゲームを離れても、e-sports界隈のイベントや伝手を辿って武藤商会のお仕事を受注するなんてことも可能。そうした展開が一切ない。
 武藤らは「大羽」への評価は改めます。しかし「ゲーム」への観方は改めない。冒頭で、武藤社長は体力の衰えから現役レーサーを引退してるじゃないすか?なら彼はe-sportsで第二のレーサー人生を始める展開だって出来たじゃないですか!大羽は実車で特訓し、武藤社長はシミュレーターで研究してフィードバックする、とか。「まんざらバカにしたもんでもねえな」って照れくさそうに言えば、オジン萌えで好感度も上がる。

 なーんか、作り手にe-sportsへの侮りがチラ見えするんだよなー。

中盤の挫折

 レーサーRTAをこなす大羽にも、挫折の時が訪れます。噛ませライバルの柴崎と予選会でかち合い、彼のダーティープレイによってスピンしてしまう。タイヤバリヤには寸前で衝突しなかったものの、大羽は死の恐怖に怖気づく。また同時期にe-sports世界チームからスカウトが来て、チーム内に不信が漂い始める…。
 挫折展開そのものは、あるべきです。しかしながら「死の恐怖」「団結心の崩壊」は…繋がらない。ストーリー展開は後者にシフトしていってしまい、「恐怖の克服」はなあなあで済まされてしまう。ラストの選択は、「あ、危険なリアルレースから逃げたんだ」と取られかねない。
 両者を繋げた展開は何か。マシンの性能を信じきれなくなるというのはどうでしょう。前を行く柴崎にブレーキを踏まれ、横をすり抜けるよりもスピンを選んでしまう。それを問い詰められ

「曲がり切れなかったら大ケガだ…」
「私が整備したマシンを信じられないの?」
「走っても居ない奴がレースを語るなよ!」

と心無いことを大羽に言わせる。そういう形で結束がバラければこそ、小林の掛ける
「俺は一人で走ってない。チーム皆で、走ってるんだ
の言葉に重みが出るじゃないですか。チューナー、スポッター、メカニック…彼らが居てこそ、レーサーは万全の状態で試合に臨めるんだ、と。

 言葉による説得で、試合前にケロッと立ち直るのも上手くないですね。レースで、アクションで成長を描いて下さいよ。
 ドリフェス本番、またも柴崎のダーティープレイで同様の展開になる。思わずブレーキペダルに足を伸ばす大羽。しかしチームの顔がふっと浮かび、迷いを捨て去る。マシンを(それを整備するチームを)信じ、あのとき曲がれなかったカーブを制し切る…そういうアツい成長が、今作にはない。

ラストが不快過ぎる

 真ライバル小林との激戦を制し、見事ドリフト1位になった大羽。次にやることは…e-sports世界チームのスカウトに乗り移籍。武藤商会はポイ捨てである。ゲームの世界に戻った彼は、見事ゲーム世界王者となるのだった!
…。
………これマジ?

「詐欺したりキスの強要をしても、興行が成功すればOK!」映画

『シング:ネクストステージ』にも言えるんですけど、人を利用するだけ利用しても成功した者勝ち!ってラストは醜悪じゃないですか?信義則の欠片もねえじゃん。
「世話になったチームを抜け、メジャーに移籍する」…。この展開だって、描きようはいくらでもあるだろ!大羽が内心イースポ界隈に戻りたがっているのを社長が察し、武藤商会の側から黙って門出を祝ってやるとか!

 今作では、ドリフェス惨敗で行き場のなくなった柴崎を勧誘し、武藤商会所属レーサーとして後釜に据える展開がくっついています。それでも、ポジティブな理由付けをしましょうよ!武藤商会は(大羽含め)職人気質ぞろい。そこに押し出しの強さと交渉力のある柴崎が入れば、破れ鍋に綴じ蓋で化学反応が起きる。結果、大羽が居た頃よりも本業は繁盛するようになる、とか!
 これだと、「俺が抜けると倒産する武藤商会」に「レーサー廃業必至の柴崎」をあてがってる形になりません?上から目線のお情けじゃねえか!

 或いは、武藤商会で学んだことを新環境でも実践する姿を見せて下さいよ!かつては、暗い物置で独りゲームに向き合っていた大羽。しかし世界チームに属してからは、エージェントに相談したりリモートでチームとプレイするなどを見せる。そうすれば小林の名言
チーム皆で、走ってるんだ」
がしっかり効いてくるじゃないですか!そうしてラスト、世界大会に挑むことになる。冒頭と同じく、レーシンググローブを嵌める大羽。しかしロゴはメジャースポンサーではなく「武藤商会」のものだったら…号泣必至でしょ!

 やーっぱアクションシーン以外の演出、ドラマの気が抜けてるんだよなー。


 僕が観たのは公開初週、しかも舞台挨拶付きの回でしたが、客の入りは4割ほどと寂しい感じ。この手の尖った映画は大好きだし、成功もして欲しい。でも攻めた映画ほど、脚本はしっかりしてもらえませんか。


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