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『ベイビー・ブローカー』が微妙だった件

粗筋

 クリーニング店を営むサンヒョンと、釜山の教会職員ドンス。彼らは赤ちゃんポストを隠れ蓑に、非合法な養子縁組を取り持つ”ベイビーブローカー”だった。
 ある夜、ポストの前に赤ん坊が捨てられる。普通ならそれ切りだが、母親ソヨンは後日我が子ウソンを引き取りに来る。成り行きから、3人は赤子の引き取り手を探す旅に出る。


『万引き家族』でパルムドールを獲得し、2作続けて外国語映画に挑戦するなど、世界的な巨匠となった是枝監督。今作もソン・ガンホ、ペ・ドゥナなど韓国映画の名優を揃え、いかにもな名作社会派の空気を帯びているのだが…。
 個人的にはワースト是枝作品でした。ヌルい。ヌル過ぎる。社会も人間も情緒的過ぎて、現実の酷薄さが微塵もない。以下、ネタバレ全開で酷評していきます。

正常からの逸脱(及び犯罪)

 是枝作品の魅力をザックリ言えば、「真っ当な人生からズレてしまった人の、痛みと再生」です。離婚で離ればなれの兄弟、ズルズルと身を持ち崩した中年男、疑似家族を営む他人所帯…。家庭も仕事も円満な”平凡な人生”を送れなくなった、でもそんな生き方にも喜びや発見がある。不可逆的な変化に傷つきながらも、現実を受け入れて明日に向かう…。そうしたヒューマニズムに溢れる傑作を、是枝監督は撮ってきました。

『万引き家族』は、その意味でギリギリのラインに立った作品でした。高須とか百田とか右向いた人が「万引きがカンヌとか国辱だ!」とブチ切れれば、町山とか左向いた人は「万引きぐらいでガタガタ言うな!」と電波飛んだ擁護をする始末。ただ僕個人の意見としては、ラストの落ち着け方によって「犯罪」をフェアに捉えているように思えました。

 一方の今作…人身売買に人殺しと、ガチ犯罪なんすよ。ガチ犯罪なのに、ラストの着地が肯定的過ぎる。頭お花畑な犯罪映画でした。

お気楽人身売買業

 サンヒョン・ドンスの営む”ベイビーブローカー”業が、いくら何でもリアリティなさ過ぎです。
 先ず、ディティールが圧倒的に足りていない。人身売買は組織的な犯罪にならざるを得ないのに、段取り部分が一切描かれない。闇ルートで良いから子供を欲しがる夫婦の名簿を、どうやって入手/作成するのか?座敷牢で飼い殺しにするなら兎も角、正式な養子/実子に偽装するなら病院と役所を抱き込んだ書類作成が必要な筈。そうした手続きはどうしているのか?粗筋からして”韓国ノワールもの”を連想させるのに、本場の映画に比べて圧倒的にヌルたい。
 おまけに、二人に危機意識が全く足りていない。キリスト教会を隠れ蓑に薄氷を踏むが如き仕事をしているのに、リスク管理の観念がない。旅をするバンのハッチバックは壊れてガバガバ、トバシ携帯ではなく普段持ちの携帯で裏稼業も日々の通話も行う。挙句は、途中立ち寄った孤児院のガキも連れて旅を続行するのだ。
「こっそり乗るなんて、ヘジンは悪い子だ。しょうがないから一緒に行くか?」
行くか?じゃねえよ!!言いくるめて追い払えや!!

ディティールがしっかりしたインディーズノワール

追手(無能)

 では何故、オトボケ人身売買の旅が続けられるのか?追手の警察もヤクザも、輪をかけた無能だからだ。あのさあ…。

 女性青少年課のコンビ、スジンとイ刑事は一行を追う。…のだが、なかなか捕まえられない。クライム追走劇というのは、逃げる側がキレ者だと盛り上がるものだが追う側が単にバカなのだから始末に負えない。サクラで仕込んだ偽夫婦は、大根役者でウソがバレる。オンボロバンに発信機を仕込むが、筆箱大のGPS装置なのでバレる。挙句は、ブローカー側にドンドン感情移入をしていく…。是枝監督は反権力的な発言が目立つ人だが、いくら何でも警察をバカに描きすぎでは?

無能追手ぶりがコント

 もう一方の追手、ヤクザのヌルさはこの比ではない。ウソンの父親は暴力団員で、ソヨンと口論になった挙句殺されていた。その正妻である極妻(ごくつま)が旦那の実子を取り返すべく追手を差し向ける…。のだが、いつの間にかフェードアウトしている。
 ポン引きが情婦兼金ヅルの売春婦に殺されるって、裏稼業からすれば最大級の恥辱ですよ?その割に追手は二人だけだし、ヘッドロックで一発ノサれてからは大人しくなるし…。 

 ヌルさ尽くしの犯罪風景は、どこに向かうのか?ブローカー達の「モラル」を祝福する方向に収斂するのだ。これがもう乗れねー!

「良きこと」を祝福する世界

 子供が「家族」に愛される。勿論すばらしいことです。でもこの映画は、それ「だけ」が素晴らしいこととして描かれている。この視点がね、ぶっちゃけ気持ち悪いなって思いました。

「良きこと」と重犯罪

 上述した通り、ソヨンはポン引きを殺して逃亡している。…のだが、それはどうでも良いこととして流されていく。ブローカー連中は彼女の善意を疑わないし、警察側のイ刑事ですら「今なら過失致死扱いにして、3年で仮釈放に…」と司法アドバイスをする始末。
「何があっても殺人は許されない!」とは言いません。でも、情状酌量の余地が描かれないんすよ!ポン引きが赤ん坊を浴槽に漬けて殺そうとしたとか、DVが酷くなったとか、「緊急避難で止む無く」殺したといった事情がない。
「こんなガキ生まれなければよかった」
勿論、そんなこと言う父親は最低のクズですよ?でも、口喧嘩は殺されるほどの罪ですかね…。

死んで当然のポン引きが出る映画『イコライザー』

犯罪に至る必然性

『万引き家族』に比べ、犯罪=ブローカー業が「良きこと」として描かれる割に、その根拠が薄弱です。
 前述した通り、『万引き家族』のラストはフラットな描き方でした。万引きも誘拐も、最終的には裁かれる。疑似家族はバラバラになり、子供らは施設や実父母の許に返され、大人は刑を受ける。しかし各人の生活環境は、「真っ当なあり方」の下で確実に悪くなっている。犯罪は悪いが、同時に「そこでしか救われない人はどうでも良いのか?」という疑問提起にもなっている。
 先ず以て、サンヒョン・ドンスは「犯罪以外の形で捨て子に関われなかったのか?」と疑問が湧く。『万引き家族』では、「父」「母」「祖母」らは、これまでの生計手段を奪われ「万引きくらいでしか生きられない様」が序盤で語られていた。一方の今作、サンヒョンには正業があるし、ドンスは教会の非正規の仕事をしている。それこそ教会の正規ルートで係わることも出来た筈だ。「良いこと言ってる風だけど、結局は楽して大金稼げる人身売買やってるだけじゃん?」と見えてしまう。

 もう一点としては、「家族」に育てられるのが子供の幸せだという価値観の押し付けが見えてしまっているところ。ラストで、一味はいちおう逮捕されます。しかし量刑は軽く、ウソンは刑事に引き取られ「やがてはソヨン/ドンス/闇取引相手の夫婦みんなで育てていきましょう」と緩い連帯家族が提示されて終わる。でも、「これが最善だったのか?」の問い直しがないんです。
 この映画、「施設で育てられた子は幸せになれない」という作り手の前提が透けて見えます。確かに一理あるでしょう。”ノーマルな家庭”に比べ教育機会が狭まり、学歴社会の韓国でのし上がれない。施設から養子に取られる子は出来の良い順だから、能力の低い子供は将来性が益々狭まってしまう。幼児期の精神発達に、両親や祖父母は好影響を与える…。でも、それらを映画内で提示していない。教会内の施設・孤児院ともに子供らは屈託なく成長していたし、施設育ちのドンスも「普通の家庭のままだったら、俺はこんな風にならなかった」と現状に対し忸怩たる思いを抱いても居ない。
「血の繋がらない家族があっても良い」というのは『万引き家族』と同じテーマです。しかしその先、「家族はなければいけない」まで本作は踏み込めていない。その癖、「闇ブローカーの形でも子供に家族を与えるべきだ」と提示するのは、大人のエゴじゃねえですか

『万引き家族』はまさに、「あれが最善だったのに」と示すラスト

是枝ディティールの欠如

 最後に、演出面について。是枝作品って「生活感と郷愁を漂わすディティール」に溢れていたんですよ。出前の親子丼の、蓋を開けたときの湯気。子供のリアクションを誘う、風呂場での水遊び。カレーつゆがしみしみ浸みた、コロッケうどん…。そうした問答無用で感情移入させるディティールが、今作にはなかった。

 食事シーンがこんだけ魅力がないってのは、是枝作品で始めてじゃないですかね?主人公チームはアイス(ポイ捨て)と綿あめぐらいで、後は刑事バディがクソマズそうに麺類をすすり込むだけ。刑事=体制側の飯をマズく見せるのは是枝監督らしいですが、ブローカー側の飯は魅力的に描いてよ…。
 宿泊シーンも噴飯ものでしたね。金欠設定の割に、豪勢なホテルに宿泊するんですよ。そこ違うだろー!ソヨン/ウソン母子だけホテル泊にして、男3人は車中泊で安上がりに済ませる、とかさ!貧乏所帯だけど、修学旅行の男部屋みたいなノリで騒いで、却って絆が深まる…ってこれまでの是枝監督ならやってくれた筈じゃん?

『海よりもまだ深く』での、停電の一夜

 よりにもよって、その宿泊シーンで「〇〇、生まれてきてありがとう」とお互いに慰め合うんですよ!??オレ、是枝作品でこんなクサくてダサい説明台詞なんて、観たくなかったよ…。


 フツーに観れば、良い映画かもしれません。『万引き家族』で是枝監督を知った人なら、素直に感動出来るでしょう。でも、それなりに過去作を観てきた映画オタクとしては、心底ガッカリした1作でした。


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