腐りかけのBanana
はやりヤマイにかかって3日後、熱も下がって、ようやく食欲も出てきたので、「赤いき○ね」にお湯を注いで、ずるずる麺をすすったところ、明らかな異変に気がついた。
「あ、味がせん!」
そうなのだ。
インスタントうどん特有の麺の風味もだしの香りも本当にまったくしなかった。唯一、たっぷり汁を吸い込んだお揚げさんにだけ、かつおだしの旨味がわずかにしたような気がしたが、それだって砂漠に突如、現れたオアシスの幻みたいに、すぐに消えてしまった。
そ、そうかこれが噂の…と落胆した僕の両肩はゴロゴロと転がって第7レーンに吸い込まれていった。
ストライクは
取れなかった…。
その翌日も翌々日も状況は変わらず、すっかり食欲を喪失した僕だったが、僕が罹った翌日に発症し、僕より早く回復した妻と息子が「今日の晩ごはんは宅配ピザがいい!」とにわかに騒ぎ始めた。
確かにこっちだって味がすれば食べたいのはヤマヤマだけど、味がしないピザなんて、それこそ
超カロリーとマブダチなカロリーメイト
でしかないではないか。
まあ、結局、愛する妻と子供のためだから←
渋々オーダーしたけどさ。
で、届いたピザに恐る恐る手を付けてみたけど、やっぱり
味はせんかった…。
しかし、意気消沈している僕の姿を知ってか知らずか、妻と息子が、言うに事欠いて、口々に
「なんかこのピザ、しょっぱ〜!」とピーチクパーチク言い始めた。
いやいやいやいや、今までずっとおかゆとかで過ごしてきたわけだから、そりゃいきなりピザなんか口に放り込んだらそうなるでしょーがよっ!
というか、みんなお父ちゃんにも少しは気を遣ってよ〜と僕はあからさまに不貞腐れた。
妻は、一応、謝ってきたけど、その舌の根も乾かないくらいのタイミングで、
「ねぇ、今日、テレビで孤独のグルメが全話まとめてやるらしいよ。」
と話しかけてきた。
別に今まで「孤独のグルメ全話まとめて見たいわ〜」アピールなんか一度もしたこともないのに、なぜに味覚がしないこのタイミングで、さも気が利いたような顔をしながらそれを僕に伝える?
まあ、そんなことにいちいち鼻イルカ、いや目クジラ立てる僕も大人げないけどさ、さりとて食い物の恨みは恐ろしいのだ。
そして、その翌日、というか今日だって、味がしない事実を認識するのが嫌で朝起きてから何も食べずに我慢していたら、僕のお腹がたまらず、グッ〜と大きく鳴り始めた。
その腹の虫を収めるために、僕は眼の前の丸テーブルに無造作に転がっていたバナナを捕まえて、皮を向いてムシャムシャと食べ始めた。
どうせ味なんか…
味なんか…
するも、いや
する!
するやん!
ほのかにだけど、フィリピン(たぶん)の照りつける太陽の光を存分に浴びて育まれた、あのバナナ特有の甘みと酸味が確かにするYanka…。
しかし、そんな感激なモーレツに酔いしれていた僕に、妻から衝撃の事実が告げられる。
「お父ちゃん、そのバナナ賞味期限とっくに過ぎてるから、たぶん腐ってるで〜。」
そう、もしかすると僕は味覚が回復したのではなくて、あくまで腐ったものなら味がする特異体質に生まれ変わっただけなのかもしれないのだった。
そして、それってめちゃくちゃ茨の道やん!と僕は思わず天を仰いだ。そして、気づいたら徳永英明の「壊れかけのRadio」をこんなリリックで口ずさんでいたんだ。
遠ざかるバナナの味 戻らない味覚に〜
本当の味を教えてよ〜
腐りかけのBanana
〈おしまいける〉
10/12 9時現在
嗅覚はまだですが、味覚は少し回復しました。