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A MESSAGE SONG in WINTER

Y.K.氏

僕が尊敬してやまないエッセイスト。実は彼の本職は別にあって、その仕事は文章を綴るという行為よりも遥かに華やかなものだけど、彼自身には浮ついた感じは全くなくて、その佇まいに僕は勝手に全幅の信頼を寄せている。

そんな彼は前妻が亡くなったという一報を、彼女と別れて以来、ほとんど連絡を取っていなかった自分の娘から受けた際に、その事実を全く取り乱すことなく滔々と報告する彼女の様子にただただ関心している素振りを見せた後、かつて家族3人が住んでいたマンションの近くにあった喫茶店を探してその地をふらりと訪れる。

しかし、彼の予想通り、その喫茶店はすでに閉店していてなくなっていた。

しかし、すっかり面影がなくなったかの地に来た途端、彼の脳内に当時、喫茶店で過ごしたときの記憶がどんどん流れ込んできた。

あの頃の彼は毎朝、妻と幼い娘を置いて、というか、彼女たちから逃げるようにして、その喫茶店を訪れて、スポーツ新聞に目を通すことを日課にしていた。

といって根っからの文系男子である彼の関心を引く記事なんてあるわけもなく、いつしか小さい占い欄に、自分のある決断の背中を押すメッセージが現れないか必死に探している自分に気づく。

そして、数十日後、ついにそれを見つけた彼は、妻と離婚して、家を出た。

1996年の冬のある日のことだった。

前妻の訃報を聞いて何日かが過ぎたある日、仕事仲間のある女性に、彼がふと気まぐれに自分の大切なレコードを前妻に粉々に壊されたエピソードを話したところ、

「その方はきっとYさんのことがよっぽど大好きだったんですね」

と言われてハッと驚く彼。

そして、彼女たちと別れた年に、愛する娘に向かって、感極まって思わずこんなメッセージソングを作ってしまう彼。

「忘れないで、僕は君を本当に愛している。そして、いつか君と僕はきっと必ず会える。」

そんな風に、一見、クールに見えて、実はいくつになってもいろんな出来事に大人気なくきちんと動揺してしまう彼の姿を見ていると、

「ああ、僕だけじゃなく、きっとみんなそうなのかもしれない・・。」

と思って、僕はほんの少しだけ救われたような気分になるのだった。


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