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独立して食べていける人の共通点〜①クリエイターは喋らない

僕は食べれないクリエイターだ。

自分を卑下してる訳でも、絶望している訳でもない。

僕は食べれないクリエイターだ。

サラリーマンしながら休日にコピーライターや、動画やWEBサイトのディレクター、事業プランナーなどやらせてもらったことがあるがいずれ単発の仕事。
副業ってほども稼げてない。
次の仕事をもらえるまで途方もない時間を待つことになる。もしかしたらもう仕事の依頼は来ないかもしれない。

本物のクリエイター一本で生活している人に出会うと、ちょっとした羨ましさを感じる。
皆さん、大変とはいえやっぱり好きなことをしててキラキラしてるし、その道を進まないとわからない専門的な話しだって面白い。

僕はほどほどを楽しんでいる。
これはこれでいいと思っている。

けれど、クリエイターのなり損ないだからこそ一歩引いた見方で「クリエイターなど独立して食べていける人」の共通点が何となくわかるようになった。
最初はすごいなぁって思って、仮説を立てて「どうしてこの人は独立して食べていけるのか?」と分析してみる、そして実際話を聞いてみると自分が思っていた仮説が当たってたりすると嬉しい。

そんな仮説を参考になるかならないかわからないけど今回は「クリエイターで食べていける人」の共通点を書き綴りたい

もしかすると、見方を変えると偏見かも知れない。

楽しいおしゃべりはクリエイティブの敵

友人、家族、恋人、職場での楽しいおしゃべり。
おしゃべりはストレス解消にもなるし、気心知れた仲間だとある程度の説明を省いて意思疎通もできるから話すのも楽だ。

だがどうだろう?

クリエイターの「ク」の字を名乗るのではあれば、どんなに楽しくても、馴れ合いとも言えるおしゃべりでストレス解消はいかがなものだろうか?

クリエイターには感情はつきものだ。そして、日常の喜びも不満も芸術にぶつけるのがクリエイターの最たるものである。

話したいことをおしゃべりでアウトプットするのではなく、話したいことを物語仕立てで書いたり、描いたり、作ったり、彫ったり、音楽にしたりしてきた人種。それがクリエイターなのだ。

クリエイターはおしゃべりが生業だったり、そもぞお喋りな人もいるけど、全部自分が表現したい=やりたい事に繋がった話をする人が多いと思う。

すごく、最悪な表現をする。
これはオナ禁、禁欲に近いと思う。

貯めれば貯めるほど、その貪欲な欲望を放出した瞬間に最高に良いものがアウトプットされる。

【とあるYouTuberのケース】

お盆の事だ。
とある教養系YouTuberに取材をさせて頂く機会があった。

「○○○は実存するのか?」
「なぜYouTuberをやろうとしたのか?」
「どうやって登録者を増やしているのか?」
「食っていけると言ってもどの程度なのか?」

するであろう質問に夢が膨らんだ。
が、僕のできた質問はたった一つだった。

「細部にわたる動画解説のネタをどうやって仕入れているのか?それは自分で調べたりしているのか?誰かから仕入れているのか?」

答えは「誰かから仕入れている」だった。

そこからだ。

小1時間ばかり質問攻めにあった。
戦争の話やら、オカルトの話など、僕が知ってるそう多くない知識の全てを「取材側の僕」が話した。

動画では丁寧な語り口調で語る事が好きな様子だったが、実際はそうではなくこの人は動画作成以外の時間は全てインプットなのだ。

「何かを世の中に排出したい!」

と、思うなら当たり前のことかも知れないが、表現するのはあくまでも表現の場でする事だ。

日常で夢を語って話して満足してはならない。

僕も頑張って、誰にも話さず今回の内容をここに書いてみた。

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