「人にやさしいままでいたい」第4話
丸山ゼミ 日帰り旅行のしおり(改訂版)
開催日:2023年12月16日(土)
目標:童心に帰り、感情を共有!絆を深める!
目的地:国立科学博物館・国立西洋美術館
スケジュール
6時:大学集合
移動中はバスでカラオケ大会!
6時半:目的地到着
7時〜9時20分:ドッジボール
※グラウンドを借りてあります!
9時30分〜12時30分:博物館見学
12時45分〜14時:昼食・昼休憩
14時〜14時30分:美術館見学
14時45分〜18時:ドロケイ
18時30分〜:飲み会(店予約してあります!)
新しいしおりをグシャリと握りつぶす関根桃花。
「何よこれ…何!?このとち狂ってるとしか思えないスケジュールは!?」
上野に向かうバスの中で、桃花は怒りと混乱が半々の心情を吐露する。
そんな桃花を、まぁまぁとなだめる真理。
「落ち着きなさい、ゼルダ」
「桃花です!これ見ても落ち着いてられるの!?マリー!?おかしいよ、絶対おかしい!博物館に変わったってのは百歩譲って吞むとしても、この信じられない尺の食い方してる学童遊戯はなんなの!?」
怒りの納まらない桃花。
「お前だな…?お前が犯人なんだな…?」
桃花の視線の先には、早朝なのに「エンダぁあああああ」とホイットニー・ヒューストンを歌う、ゼミ長・灰崎晋太郎が捉えられている。
桃花の圧力に素質を感じている真理は置いておいて、事のあらましを説明しよう。
まず、以前告知されていた日帰りゼミ旅行の行き先は、栃木県にある「大谷石地下採掘場跡」であった。強大なスケールを感じられ、旅行気分も味わうことのできる渋いチョイスである。
それが、おとといの夜、突然、上野の国立博物館と美術館に変更になったことを知らされた。
第一の問題 突然の行き先変更である。
だが、この問題に驚く者はいても、異を唱える者は特段いなかった。今回の企画をゼミ長に丸投げしてしまっているという罪悪感をそれぞれが抱えていたし、真理たち史学科の学生にとって博物館は歴史を直に感じられるロマンの地であったからだ。
本題は、今朝配られたこの新しいしおりに記されている内容である。
第二の問題 とち狂ったスケジュールだ。
大体が都内在住者なのに異様に早い集合時間、大学に集合する必要性、ついてすぐドッジボールをするワケ、美術館を30分しか見学しないのに3時間以上ドロケイをしようとする面の皮の厚さ。
これらの様々な問題にゼミ生たちは頭を抱えていた。
「集合時間の早さで嫌な予感したんだよなぁー」
不満がこだまする車内。感情の共有はできてそうだが、絆を深めることは難しそうだ。
険悪な空気の車内で、慈愛の眼差しを真里はゼミ長に向ける。
ゼミ長は立派な学生だ。噂では、ゼミ長だけでなく、5つの部活の部長、3つの副部長、4つのサークルの会長、文化祭実行委員、バイトリーダー、すくすくスクールの長、ボクシングクラブのチャンピョンを兼任していると聞く。
「キャパオーバーで児童退行してしまったのね…」
彼を助けてやれば良かったなと思う反面、上級悪魔ローズマリーが人間を助けるのも何か違うよなと思う真里。
「とにかく今だけは彼についていってやろう」
そう決心した真里は、ゼミ長の『キセキ』を横耳に、怒れる桃花をなだめ続けるのであった。
「あのそーらへぇえええええー!あっ!みなさん到着しましたよ!!」
カラオケをやめ、目的地に到着したことを報告するゼミ長。バスが止まった衝撃で立って手拍子をとっていた丸山先生が前につんのめる。眠そうなゼミ生たちはそんな先生を尻目にゾロゾロとバスを降りていく。
「ちょっと早いけど…まぁいいか。」
ゼミ長がみんなを集める。
「はい!じゃあ今から博物館の開館10分前の9時20分まで!2時間と35分間の間、このグラウンドでドッジボール大会を行います!」
「ほんとにやんのかよぉ…」
「上野に9時集合でよかったんじゃない?」
ゼミ生たちは口々に不満を漏らす。だが、そんなことをいちいち気にするゼミ長ではない。
「6対6になるようにチーム分けを行いましたので、それぞれ分かれてください!しおりに記載されています!!」
ゼミ生たちがダラダラと分かれ始める。
Aチーム
真里、桃花、イナタク、進一、藍、不潔な根岸くん
Bチーム
ゼミ長、見栄っ張りの藤原さん、愚か者の里中さん、臆病者の田岡さん、オランダ出身のウラジミールくん、ネパール出身のラヤマジくん
ゼミ長が開会の宣言をする。
「みんな!思い出せ!この球技の事だけを必死に考えていた幼き頃の夕暮れを!僕は全力でやる!だから君たちも全力でやってくれ!!」
ゼミ長が先生の方を見て頷く。
審判を務める先生がゲーム開始のゴングを鳴らす。
「レディ…!ファイト!」
カーン!!
第一投をゼミ長が投じる。高めに浮いた球はコートを通り越してゼミ長サイドの外野へと向かっていく。
「挟み撃ちさ…!」
ノリノリのゼミ長にそんなテンションでこられてもなぁとついていけないゼミ生たち。そんな彼らの耳にある音楽がなだれ込んでくる。
「パンパンパカパンパカパンパカカ パンパンパカパンパカパンパカカ」
『ロッキー』のテーマソングだ。
ゴングを鳴らし終えた先生がスピーカーから流し始めたらしい。
「事前に打ち合わせしてたのよ。はじまったらこれを流せって、灰崎君がね」
先生の言葉に、意外と突貫工事の遠足じゃないのかもと思い始めるゼミ生たち。でも、急にこんなの流されてもなぁーと大半が困惑している。
そんな空気の中、不潔な根岸くんが外野からのボールをカットする。
「みんなぁ…おれ眠いよ…でもよぉ…なんだかやる気が湧いてきたよ!!」
不潔な根岸くんがトルネード投法で愚か者の里中さんにボールを投げつける。
「きゃあああ!」
愚か者の里中さんを襲うボールが彼女に直撃することはなかった。ウラジミール君がもぎ取ったからだ。
「ボクRockyスキデース…!ドッジボールハモットダイスキデース!!」
太陽のような笑顔を見せるゼミ長。
「ナイスボールだ根岸くん!ナイスカットだウラジミールくん!燃えあがれ!ここで燃えあがるんだ!!」
「そうよね…」
見栄っ張りの藤原さんが決心したようにコートの中央に立つ。
「みんな!もう変な見栄はってたって仕方ないわ!楽しみましょう!ゼミ長が企画してくれたこのくそったれドッジを楽しみましょう!!」
「うぉおおおおおおおおお!」
早朝からゼミ生たちの精神ボルテージがハイになる。
怒りのドッジボール大会が今、真の意味で開幕したのだった!
「マリー!危ないよ!捕球体制を整えなよ!」
腕を組んで佇んでいる真理の心配をする桃花。彼女の言葉を素直に聞く真理ではない。
「甘いわねゼルダ。あたしに捕球なんて概念はないの」
コートの隅の方で固まっている2人のことをゼミ長が見つける。
「この人数で固まるなんてマヌケだよ!おふたりさん!!」
弾丸のような直球が2人に襲い掛かる。
おびえる桃花を守るように立つローズマリー。
力を溜めるよう目をつむる。ボールが目前に迫ったとき「くわっ!」と開眼し直球を睨みつける。
「クラリチン!」
すると、ボールが空中で失速し、マリーの手前にポトリと落ちる。マリーは優雅にボールを拾い、不敵に笑った。
「子どもの遊びかぁ…ふふ。いいわ…!乗ったげる!!」
ゆったりとしていて、王者のような、2013年の田中将大のフォームでボールを投じる真理。だが、ボールはあらぬ方向、はるか上空へと飛んで行ってしまう。
「なによ、投球フォームだけのこけおどし、ノーコントロールね!」
愚か者の里中さんに煽られるも気にも留めないマリー。
「愚かな人ね…上を見なさい」
皆が上を見つめる。
上空には、先ほどのマリーのボールが力をためるように回転しながらとどまっている。
「ま、まさか…黄金の回転なの!?」
愚か者は取り乱す。
「受けなさい…!スプリットフィンガァアアアア!!」
真理のボールは急降下し、Bチームのメンバー全員をなぎ倒す。それでもなお回転が収まることはない。砂埃が舞い始める。しだいにそれは竜巻へと発展し、最終的には台風へと変貌してしまった。
「みんな、台風24号よ。早く博物館に入りましょう?」
ゼミ長の直球を避ける桃花。だが、夢の世界に浸っている真理は逃げ遅れる。
「あぶない!マリー!」
「ぎゃあ!!」
真理は頭を抱え込む。そんな真理を身を挺して守ろうと、向進一が飛び込んでくる。だが、飛びこむ位置が浅かったため彼女には届かない。
「くそう…」
「ぎゃあああ!」
とうとう真理にボールがぶつかる!
なかなかに速い球だったから相応の痛みを覚悟しておく真里。だが、彼女に痛みが訪れることはなかった。
イナタクが直球を鷲掴みにしたからだ。そのまま彼はゴールキーパの投げ方でボールを投じ、ネパール出身のラヤマジ君を撃墜する。
イナタクにボールと共にハートを鷲掴みにされ、うっとりする真理。
「きゃあああ!」と騒がしく寄ってくる桃花。
悔しがる進一。
最終的には17ゲームを行い、10勝7敗でBチームの優勝という形でドッチボール大会は幕を閉じた。
疲れ切ったゼミ生たちは、それぞれ思い思いのノスタルジーに浸って、水分補給を行っている。
そんな中ゼミ長が、大きな声で皆に次の宣告をする。
「みんな急げ!博物館開館まであと5分だ!」
駆けていったため、なんとか一番乗りで博物館にたどり着いたゼミ生たち。各々、自由に見学を始める。
「れきしーいいソング、れきしーいいソング、よむもーのをよわせてやまない!」
エレファントカシマシを歌う真理。そんな彼女を桃花は注意する。
「だめだよマリー。こんなとこで歌っちゃ。静かにしなきゃ!図書館と一緒だよ!!」
「確かに。申し訳ないわ。展示を見てたら歌わずにはいられなかったの」
「ほんと変わってるなぁマリーは…よかったねイナタクが近くにいなくて。聞かれてたらやばかったよ。ドン引きされてたかも」
「それはまずいわ…」
真理は周囲を警戒し、奇天烈なことをしないよう心掛ける。
「それにしても…やはり博物館ってすごいものね。地球のパワーを感じるわ」
「そうだね…パワーを感じるね…ねぇ…そろそろ上行ってみない?」
二人は一時間以上滞在していた「縄文人の暮らし」の展示エリアから去り、上の階に向かうのだった。
「なんか不気味だなぁ。怖くねーか?そう思わない?藍くん」
進一は大型哺乳類の剥製を眺めながら藍に感想を聞く。
「あぁ、こえーな。っておい!お前それでいいのかよ!」
のんきな進一を問い詰める藍。
「それでって…?」
「作戦だよタコ助!こないだ一週間かけてみっちり練ったろ!!」
ハッとしたように進一は丁寧にファイリングしていたA4サイズの計画書を取り出す。
「でもよぉ藍くん。ゼミ長が急に予定変えちまったせいでこの計画破綻しちまってるよ。洞窟でメントスコーラもできねーしよぉ…」
「詳細なんてどうでもいいんだタコ助!たしかに一週間積み上げた計画は破綻した。でもな、準備したハートは残ってるじゃねーかよ。違うか?」
「あぁそうだな。俺のハートは燃え上がってるぜ…!」
「その意気だ!」
まだやれると盛り上がる二人。冷静に現状を分析しておく。
「いいか進一。すでに俺たちは後れを取ってるんだ。朝のドッジボール大会、稲垣の野郎は立花さんのことを強襲から守っていた。元からほの字のあの子のハートを野郎は決定的に握ったんだよ。厄介だぞ?」
藍の言葉にギョッとする進一。
「でもよぉ藍くん。おれも何度か立花さんのこと助けようとしたぜ。「向くん助けようとしてくれた!」って思ってんじゃねーか?」
藍は「はぁー」とため息をついてから、首を横に振る。
「ぼーっとしがちな立花さんがおめぇに気づいてるわけねーだろうがよ。都合の良い方に考えすぎだ。おめぇの悪いとこだぜ」
「そっかぁ…」
がっかりする進一。
藍はそんな進一の肩をちょいちょいと叩き、向こうを見るよう促す。真理と桃花がこの階に上がってきたのだ。
「チャンス突撃だぜ?フレンドリーにやれよ」
「あぁ。やってやるさ。おれは「闘う男」だ…!!」
進一は真理の元へ突撃していくのだった。
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