「人にやさしいままでいたい」第2話
マデリンが校内に入ろうとすると、何者かに頭上から声をかけられた。
「ずいぶん朝遅いみたいね、マデリン」
ローズマリーだ。彼女は木の上にクールに座って、ケタケタと笑っている。
「何の用?」
怒気をはらんだ声でマデリンは彼女を睨みつける。
「なにって…昨日の続きに決まってるじゃない?」
ローズマリーの回答に黙りこくるマデリン。
「「悪魔のささやき」を私利私欲のために使わないで。あれはリューク様の思し召しに沿って使用するものよ。くそったれの神になるためのものじゃないわ」
「わかってるわよ!でも私はくそったれなんかにならない!素晴らしい新世界を創造するわ!すばらしい日々を送れる世界にするのよ!!」
「ふーん…」
マデリンの迫力を面白がり、少し黙るローズマリー。手に持ったりんご飴にガリっとかぶりついて、マデリンの顔をじっとのぞき込む。
「やっぱり駄目ね。あなた、人類の心のともしびでありたいだけでしょ」
ローズマリーの言葉にショックを受けるマデリン。
「そ、そんなこと、ない…私は、私はみんなのために…」
ローズマリーはマデリンの言葉を遮り、彼女に銃を向ける。
「あんまり甘いことばっか言ってんなよ。あたしも完璧な身体じゃないからあなたのこと殺しちゃうかもしれないわ」
俯くマデリン。そんな彼女をあざけるようにマリーは笑う。
「警告はしたからね。しっかり頼むわよマデリン」
マデリンは飛び去っていくマリーの姿を見ていることしか出来なかった。
立花真理は大学に向かう電車に揺られている。なにやらご満悦な様子だ。朝から良いことでもあったのだろうか。
大学につく。今日の真理の授業はゼミだけである。
教室に向かう途中で演劇部の団体が歩いているのを見かける。真理は顔を隠す。
どうして顔を隠すのかというと、顔を合わせるのが気まずいからだ。真理は亜希への憧れで、春先までは演劇部に所属し、毎日稽古に励んでいた。だが、その亜希が3月に卒業してしまったため、なんとなく居づらくなって、夏前に退部の意向を固めたのだ。
真理は彼らが歩き去るのを確認した後、再び教室に向かい始める。一歩踏み出したところで、まずいことに気づく。思うように歩けていない。昔から真理は不安なことがあると真っすぐ歩けなくなってしまう。さっきの彼らを見て理想と現実のギャップを思い出してしまったのだ。
焦燥した真理は自分に暗示をかけるように、今朝のことを思い出し始めた。今日のローズマリーはなかなかに鋭かった。マデリンの深層心理を言いあててやったのだ。それに「人類の心のともしび」って表現もなかなかイケてた。こうやって浸っているとだんだんいつもの万能感が戻ってくる。
真理は威風堂々とした姿勢を取り戻し、真っすぐ教室へと向かっていった。
静かにドアを開け、忍者のように顔を覗かせる真理。教室を間違えていないか確認したうえで、自分の席へと蝶のように舞っていく。
「おはようマリー」
席に着くとクラスメイトの関根桃花に声をかけられたので、挨拶を返す。
「おはよう、ゼルダ」
「桃花です!」
言い返す桃花をよそに教室を見渡す真理。口元を隠し、そっと桃花に訊ねる。
「今日イナタクは休み?」
桃花も教室をきょろきょろと見渡す。
「どうだろう、休みかもね。それかまた遅刻じゃない?」
「そう…」
少しシュンとする真理。
先生が来て授業が始まる。だが、どうも話が頭に入ってこない。しょうがないから、窓の外をぼんやりと見つめる。
外を見ていると、遠くの方に何か黒い点が見えてくる。なんだろう。ローズマリーは目を凝らして黒点を観察する。
「なんだ…この黒点…だんだん近づいてきているぞ!?」
ローズマリーは立ち上がる。クラスメイト達は「どうしたの?」と疑問の声を挙げる。
「みんな!伏せて!」
マリーは背中の翼を展開させ、防御態勢に入る。
瞬間、ヘリが教室に突っ込んでくる。大きな衝撃。教室はもちろん崩壊したが、マリーの翼に守られたクラスメイトたちは無事みたいだ。
ヘリの中からは大量のテロリストたちが山のように出てくる。窓の外にも、何台ものヘリが待機している。どうやら完全に包囲されたようだ。スキンヘッドで頬のこけたトカゲのような男がマリーの前に立つ。
「「悪魔のささやき」を…我々に渡してもらおうかローズマリー君」
トカゲ男は世界征服の野望を語り始めた。そのために、マリーたち悪魔だけが持つ特別な力「悪魔のささやき」を自分たちに譲渡しろと要求するのだ。マリーは彼らの野望を鼻で笑う。
「そういった話は嫌いじゃあないわ。でもね、あなたたちあたしの隠れ蓑を襲撃しちゃったのよ。どういうことかわかるわよね?」
マリーの言葉に冷汗を流しながらも、余裕を装うトカゲ男。
「ほぅ…それならこちらも強硬策に出るまでだ」
両者の間に緊張が流れる。
生徒たちのすすり泣く声だけが聞こえる。
「撃てぇ!!」
トカゲ男の一声を皮切りに、戦いの火蓋は切られた。だが、その決着はあまりにも速くついてしまった。
テロリストたちの銃撃が着弾する前にローズマリーはバトルタイプに移行。瞬間移動で全てを避けきる。次に最も精神に恐怖が生じている隊員に狙いを定め、そいつの背後に回る。そして彼に一言だけささやく。
「クラリチン」
ささやかれた隊員は瞬く間に失神。この恐怖は次々にテロリストたちに伝播していき、全員が失神。残すはトカゲ男のみとなった。
「私のささやきを聞いても立っていられるなんて、なかなかの精神力じゃない」
マリーは不敵な笑みを浮かべ、男を讃える。
「うるせぇ…うるせぇぞ!死ねェ!」
男はホルスターから銃を取り出そうとする。それを見たマリーはやれやれと手を構える。するとスリーブガンが機能し、瞬時に銃が呼び出される。
「あたしのが速いよ、バカ」
男を撃ち倒す。教室は歓声に包まれる。
「立花さん!いや!ローズマリーは英雄だぁ!!」
ローズマリーコールが起こり、皆が彼女をもてはやす。
「別に…」
胴上げされながらも、マリーは至って冷静に今晩の夕飯のことを考えているのだった。
キーンコーンカーンコーン
授業終了のチャイムが鳴っているが、真理はまだ遠い目で空を見つめている。
「マリー!どうしたの!!」
桃花に肩を叩かれ、帰ってくる真理。ハッとしたように荷物を片し始める。
「また自分の世界に入ってたんでしょ。にやけてたよ?」
「別に!夕飯のこと考えてただけよ!」
からかってくる桃花に対して、イメージが崩れないよう意地を張る真理なのであった。
二人は学生広場に行き、少し遅めの昼食をとる。真理はコンビニで買ったそばの上に、持参した大根と大根おろし器を使って、その場で盛り付けを行う。それを見て「珍しいね」と桃花は笑う。
二人の話題は再来週ゼミのメンバーで行われる日帰り旅行についてのことになる。
「日帰り旅行?いつの話?」
真理は旅行のことを知らないフリをする。
「再来週の話だよ。しおり貰ったでしょ?楽しみだね」
「あーあれか。ふーん」
真理はそばをズズッとすすった後、遠くを見ながら言う。
「くだらない行事ね。あたし行かないわ」
冷徹ぶる真理を桃花は残念がる。
「え!マリー来ないの?残念だなぁー。せっかくイナタクとも仲良くなれるチャンスなのになぁー」
真理は「イナタク」という言葉にピクリと反応する。
「彼も来るの…?」
桃花は分かっていないフリをし、ニヤニヤと真理を追いつめる。
「彼って?」
真理は「コケにしやがって」と若干イラつきながら桃花に訊ねる。
「だからぁ!イナタクのことよ!稲垣卓丸くんも来るの!?」
わざとらしく合点がいったような表情をする桃花。
「あぁ~イナタクね!そりゃ来るでしょ!絶対来るよ!うん。こないだ楽しみって言ってた気もするよ」
「…ホント?」
「うん、ほんとほんと。今まであんま話してない人と話したいって言ってた気がする!」
桃花が真理のことを盛り上げる。二人の会話には花が咲いた。
この二人の様子を屋上から熱心に観察している男がいる。
男の名は向進一。真理のクラスメイトであり、真理に思いを寄せている、全てが平均を下回るような男だ。
進一は双眼鏡を離し、涙をぬぐう。
「くそぅ…在床大学演劇部の元新星…我が丸山ゼミの不思議ちゃんこと、立花真理が…立花さんがァ…稲垣卓丸の話をしているよぉ!?」
進一は絶望の表情でぽっちゃり体系の幼なじみ、伊藤藍の方を振り返る。藍は藍で鬼の形相で携帯とにらめっこをしている。
「おい!聞いてんのか!?」
藍を問いただすも、適当にあしらわれる進一。何度も何度も、藍にしつこくリアクションを求める。
「あぁーもう!知らねーよタコ助!立花真理だぁ?あいつは見えないものが見えてるタイプだぞ!?俺は絶対近寄りたくないね!!」
堪忍袋の緒が切れた藍。その藍の怒りに、進一は吠え返す。
「てめぇ今立花さんのこと侮辱したなぁ?ふざけんじゃねーぞ。そういうのも含めてかわいいじゃねーかよ!!」
「うるせーな…おめぇはあの子のこと好きなのに全然状況がわかってねーみてぇだな」
「なんだと…?」
困惑の表情の進一に、藍は冷たく言い放つ。
「そうだよ!あの子はかわいい…!美人なんだ…!だから俺たちは近づけない。あーいう子には稲垣みてーな野郎の方が釣り合ってるんだよ。稲垣も変わってるしな」
藍の言葉に絶望を深める進一。藍は進一の背中をぽんぽんと叩く
「やればできるなんて勘違いすんなよ。ほら、あの合コンを思い出せよ。おれたちゃデブと泥人形だ。俺たちの世界で生きようぜ。な?それよりこれ見ろ。来年度はどのエロサイトに登録する?」
うつむいたまま拳を握りしめる進一。
「たしかにそうだ。やればできるなんて嘘っぱちだった」
藍は携帯に向けた視線を再び進一に戻す。
「でもよぉ!それだけじゃねぇだろぉ!?やってみなきゃわかんねーだろうがよぉ!?」
「進一…」
「藍くん…俺な、見たんだよ…」
「なんだ?何を見たんだ?」
「未来だよ!俺は未来で立花さんと結婚してたんだ!ほんとに!ほんとにタイムスリップして、結婚もしてたんだ!!」
頭を抱える藍。
「あのなぁ…悲しくなるからやめてくれよ、その妄言は。今年1年で161回は聞いたぞ。進一、そりゃお前の夢だ」
現実を突きつける藍。それでも納得いかない進一。
「違う…彼女と知り合う前から俺は彼女のことを知ってたんだ。初めてゼミで彼女の顔を見たときドタマぶち抜かれた。おれの嫁だ!未来の女だぁーってね!」
藍はこいつそろそろ何かやらかしそうだなと恐怖におののく。
涙の止まらない進一から双眼鏡を奪い取り、真理たちの方を見る。楽しそうに談笑する二人を見て、この男を彼女らに近づけてはいけないなと強く思う。その反面、昔からの付き合いであるこいつに良い思いをさせてやりたいなとも思う。進一は悪い奴ではないんだ。
藍は真理たちのことを見たまま、進一に訊ねる。
「なぁ…お前は今度のゼミ旅行で彼女に氣を見せる覚悟はあるか?」
進一は涙をぬぐい、藍の方を見る。
「振られたら来年のゼミは気まずくなるぞ?」
進一は覚悟を決めた表情で力強く宣言する。
「なんだぁその愚問?おれは『ビバリーヒルズ高校白書』の白人みてーに、フレンドリーやってみせるぜ!!」
藍は穴が空くほど聞かされてきた真理への愛の重さを、この宣言から改めて感じ取る。
「よし!じゃあゼミ旅行で勝負しようぜ!計画を立てよう!」
頼もしい言葉に進一は歓喜の涙を流した。藍は『鋼の錬金術師』のノックスさんのことを思い出すのであった。
「ゼミ旅行で勝負をかけるわ!」
進一と藍が結束を固めているころ、真理と桃花もイナタクに接近する覚悟を決めているのであった。
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