「人にやさしいままでいたい」第7話
朝6時、目を覚ました真里は日付を確認する。12月24日。クリスマスイブだ。
「やったぁー!!」
ベッドから飛び降りて、ハンクと共に部屋中を駆け回る。勢いそのまま、枕元にセットしていた靴下の中をおそるおそる確認する。中にはもう片方の靴下が入っていた。
「クリスマスソックスね!」
真理はクリスマスソックスを履いて、ほぼできあがっている今夜のパーティの飾りつけを何度も何度も、楽しそうに繰り返すのだった。
「メリークリスマス!」
夕方、亜希が大荷物を抱えて真里の家に乗り込んでくる。
「見てよマリー!七面鳥がくじで当たったの!でっかいでしょ!」
「流石ねマデリン。運までも制してしまう。あたしたち罪な悪魔ね」
不敵に笑いあう2人。サンタ帽をかぶったハンクも「ガウガウ!」とわんぱくに吠えた。
部屋に入った亜希は早速料理に取り掛かる。
真里は機敏な動きの彼女を見て、自分の仕事にやり残しがないかを改めて思い返す。そこで、もっとクラッカーがある方がいいと思い立ち、コンビニに行くことを決めた。
真理は、家を出る際、財布とカギだけでなく、3枚のポストカードも持っていった。1階に降りる。周囲の警戒をしながら、カードを自分の部屋のポストに投函する。誰にも見られなかったことにホッと胸をなで下ろしてから、コンビニに向かった。
レジ袋を手にさげ、10分もかからずアパートに帰ってくる真理。ポストの確認をすると、先ほどのカードが入っている。それを見て「まぁ!」と大げさなリアクションを取ってから自分の部屋に持っていき、このことをマデリンに報告をする。
「マデリン届いてたわよ!サンタから!」
巨大な七面鳥を前に、亜希は頭を悩ませていた。
「くそったれぇ…」
七面鳥に調子よく野菜を詰めていたら、勢い余って、着用していた腕時計までも中に詰まってしまったのだ。野菜をかき出し、携帯のライトで中を照らす。腕時計を確認することはできない。
「外しとけばよかったな」と後悔しながら、顔をさらに近づけ、覗いてみる。すると、なんとなく中の様子が見えたような気がする。
「もっと前に進めばもっとよく見えるかも!」
9歳児のようなシンプルな考えに立ち返る亜希。
「限界を作るな。一歩先へ、一歩先へ」
本田圭佑の声が脳内をこだまする。声のままに、亜希は一歩先へと踏み出した。
亜希が調理中の間はとくにすることもないので、真里はハンクと遊んでいた。
「じゃあハンク、こういうのはどう?」
リボルバーに一発の弾薬を装填したフリをした後、シリンダーを回転させる。
「ロシアンルーレットってやつよ…!」
こめかみにリボルバーを向ける。動悸が激しくなってくる。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…うぉおおおおおおおおおおおおお!!」
カチッ!
もの凄い冷汗だ。弾を入れてないので何も起こるはずはないのだが、真理は死を間近に感じ始めていた。
2発目の銃口を天井に向ける。
「いるのは分かってるわ。この家に入ったのが運の尽きね。あたしと楽しみましょう?真のデスゲームを」
カチッ!
不発に終わったことを舌打ちをする真里。
もう一度、手を震わせながら自身のこめかみに銃を当てる。
「うぉおおおおおお!さん!にぃ!いち!バアアアン!!ッ」
カチッ!
3発目も当然不発だ。
「ふひ、ふひひひひ、ぶははははは!フゥーフゥ!!切り抜けた、また切り抜けたわぁ!神は見返りを求めるですって!?閉ざされた世界じゃない!結果はあたしのために突貫工事してるのよ!!」
真理は大いに笑う。そして天井に対して死刑宣告をする。
「ラスト一発ではないけどね。あたしずーっとこのリボルバーを握ってきたからわかるの。次で確実に弾丸が放たれるわ。はぁーたまらない、この感覚。全身が総毛立つ興奮はこれでしか味わえないわね」
恍惚の表情の真理。リボルバーを向けると、その表情は一転して冷酷なものへと変貌する。
「ふふ。残念だけどそろそろ時間みたいね。卑劣な人間、便所コオロギみたいなその生き様、あたしが終わらせてあげる」
引き金に指をかける。
「バイバイ」
その時だった!!
「やめろぉおおおおおお!!」
天井を突き破って、狼狽した中年の男が部屋に落っこちてきたのだ。
「ぎゃああああああああああああ!!」
部屋の隅に避難してから、スリーブガンを機能させ男に向かって構える。ハンクも吠え続けている。男がよろよろと立ち上がると、真理はその顔を見て仰天した。
「増田さん!?どういうこと!?」
男は真理の隣の部屋の住人、増田であった。
増田は痛めた足をさすりながら、真理になるべく穏やかに話し始める。
「違うんだ真理ちゃん。実はね私は大家さんに屋根裏の点検をするように頼まれてね…工事…そう!工事を行っていたんだ。異常の起こりやすいクリスマスだしねぇ~」
「何言ってるんですか!?工事は業者に頼むはずでしょ!?」
「違うんだよ真理ちゃん…だからその銃を下ろしてくれ…」
ニマニマと余裕のない笑みを浮かべる増田。真理は恐怖する。
その時、もうひとつの恐怖が真理を襲う!
台所から身体は人間だが頭は七面鳥、手には包丁を握っている異形のモンスターがのそのそ出てきたのだ。
「ぎゃあああああああああーー!」
失神しかける真理。増田も恐怖で跳ね上がるが、真理が腰を抜かしたのを見て、足を引きずりながら、必死に、玄関から逃げていった。
モンスターは壁伝いに真理のもとへとやってくる。死を感じる真理。
「ごめんなさい!ごめんなさぃ!ごめんなさい!もう博物館で騒ぎません!美術館でも居酒屋でも騒ぎません!こんどデートするんですぅ!だからどうか、どうか命だけはぁ」
「びがうば。ばだじぼ」
「へ?」
「ばだじ!ばでびん!」
「バタリアン…?」
真理は何か言っていることに気づき、ゆっくりとモンスターのことを見上げる。こうやってよく見てみると、このモンスターはなかなか上品な服を着ていることに気づく。視線をあげて直視したくない顔の方も見る。最悪だ、この七面鳥怪人、マデリンがくじで当てた七面鳥にそのまま肉体を生やしたような風貌をしている。
「あれ…?そーいえばマデリンは…?」
「ばだが!ばだじ!ばびろん!」
「ひぃいい!ごめんな…え?」
「ばびろんぼ!」
「まさか…あなたマデリンなの?」
真理の言葉にうんうんと頷くモンスター。
そう、モンスターの正体は、腕時計を取ろうとしたら頭から七面鳥を被っちゃった亜希なのであった。
「どうして、こんな姿に…ううん、今はとにかくこれ外さないとね」
先端を掴んで、かぶを抜くように思いっきり踏ん張る真理。七面鳥を引っ張る。
スポン!!
卒業証書の筒を叩いたような音が鳴って、七面鳥がマデリンから外れる。マデリンは口にくわえた腕時計を「フッ!」と吐き出し、やれやれだわと口を開く。
「逆光のせいでね…ちょっと手違いが生じたわ…それよりさっき!おっきな音したけどなんだったの!?」
この状況でそれよりさっきって言えるのはマデリンだけだなと思いながら、増田のことを亜希に伝える。
「マリー、それ覗き!ストーカーよ!警察呼ばなきゃ!!」
なんとなく察してはいたが、改めて恐怖につつまれる真理。
「たしかに屋根裏から音がするなって思ったときもあったわ…最近は静かだったからそんなこと忘れてたけど…いったい…いつから?うっ…」
真理は気持ち悪くて吐きそうになる。
「大丈夫、私がついてるから」
亜希が真理の背中を優しくさする。背中をさすられていると、だんだん落ち着きが戻ってくる。すると、真理の中にあった恐怖が、ふつふつと怒りに変化していく。
「捕まえてやる…!」
「えっ?」
つぶやくや否や、部屋を飛び出す真理。
外廊下から下を見下ろすと、ハンクが転倒した増田に嚙みついているのが見える。
「ハンク!?」
真理は階段を駆け下り、急いで現場に向かう。
走りながら指笛を鳴らして、ハンクに離れるよう指示をだす。
「立派よ、ハンク…!」
離れたのを確認した真理は、スリーブガンを機能させ、全弾を増田にぶち込む。
「死ねぇ!!」
増田は瞬間的な痛みと、実弾が当たったという思い込みで転げまわる。
「ぐぁああああああ!足がァ!」
増田にたどり着いた真理は容赦なく暴力を奮う。歯が折れようが、骨が折れようが知ったこっちゃない。とにかく胸の怒りをはらすため、増田を蹴り続ける。
5分くらい立っただろうか。増田が意識を失っていることに気づく。真理は怒りを晴らせた爽快感と悪を討った気高さだけに包まれる。気を抜くと不安と恐怖に支配されてしまうので「フハハハハハ!」と、とにかく笑った。
「がんばって!平和のために!頼むわよ」
警察に増田を引き渡した真理。
七面鳥のカスまみれの亜希にシャワーを浴びさせた後、2人は亜希の家に移動し、クリスマスイブを仕切り直すことにした。
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