見出し画像

冒険ダイヤル 第21話 友情と食欲 

カフェを出ると深海たちは国道の上を渡るデッキの直前で足を止めた。
すぐそばにロータリーへ降りるためのエレベーターのドアがある。
赤いスニーカーの人物はエレベーターの手前で立ち止まり、手すりにもたれてロータリーを見下ろしていた。

「あの人、魁人に似てる」
「近付いてみたら?」
深海は口にひとさし指をあてて声を小さくするように注意した。
陸は背が低いので深海は少し頭を下げて耳元でささやく。
「もう少し待って。何をするつもりか見張っておかないと」
陸は両手を握りしめて深呼吸した。
「ドラマでこういうの見たことある。危険なブツの取引を見張って逮捕するやつ。わくわくするね」
「そういう言い方されると、なんだかなあ」
罪悪感もあったけれど、陸のわくわくが伝染して心拍数が上がり始めた。
 
ふと気が付くと赤いスニーカーが消えている。
「あれ?どこいったの」
いつの間にかその人物はエレベーターに乗り込んでいた。

ふたりはデッキに走り出たが、もうドアは閉まった後だった。
このエレベーターは一階と二階しかない。
 
ちらりと下のロータリーを見ると駿と絵馬もいなくなっていた。
「駿ちゃんたちを追いかけて行ったのかな」
「こっちに階段があるよ、ふかみちゃん」
 
陸のあとについて階段を下り、バスロータリーに面したところへ出ると目の前に一階エレベーターのドアがある。
ちょうど今おりた人たちの合間からドアが閉まるのが見えた。
みんなタクシー乗り場へ歩いていく。
だがその中に赤いスニーカーの人物はいなかった。

「あれ?エレベーターがもう二階にあがっていってるよ」
ドアの前に駆け寄った陸が言った。
「そうか、おりないですぐ二階に戻ったんだ」
 
深海は橋のように頭上に架かっている通路を見上げた。
それは道路をはさんで反対側の歩道に下りられるように続いていて、商店街の方向へ伸びている。
 
今から階段を駆け上がっても追いつけない。
どうせ見えないとわかっていたけれど斜め上の通路を行き来する人たちの遠い影を眺めた。
その中に魁人が混じっているのではないかという気がした。

   *

一方、駿と絵馬はエレベーターの下を回り込んで商店街へと通じる歩道をたどっていた。
大通り沿いに屋根付き商店街が続いていて、土産物屋がたくさん並んでいる。

絵馬は呑気にソフトクリームをなめて歩いていたが、クリームが溶けてこぼれそうになって立ち止まった。
ふたりの前の店にガラス張りのブースがあって、丸いターンテーブルがリズミカルな音をたてて次々にまんじゅうを造り続けている。
その規則的な機械音が心地よくて駿はつい見入ってしまった。

「この機械、なんだか怖いね」と絵馬はつぶやいた。
「なんで?」
「同じものが無限に出てくるのって怖いじゃない」
「変なこと言うなあ」

駿にとってはそれなりに面白い機械なのだが、人によって感じ方が違うものだなと思った。
まんじゅうの甘い匂いのせいでお腹が鳴っていたが、着いた早々にふたりで食べ歩きするのもただのデートのようで妙な気がするので黙ってそこを通り過ぎた。
 
そのとき、ふと誰かの視線を感じた。
右手に通る国道をはさんだ向こう側はエレベーターやコインロッカーなどの駅の設備があり、二階部分は歩行者用通路になっていて、さっき歩いたデッキからつながっているようだ。
見上げると通路の手すりからこちらを見ていた人影が、さっと引っ込んだ。

「どうしたの?」
「なんでもない」
見間違いかもしれないのでそう言っておいた。

絵馬は不審に思ったのか振り向いて駿の視線の先をたどっていった。
そして通りの向かい側にある店を指さした。
「駿ちゃん、あれどう思う?」
高架陸橋の下に、ある有名なアニメのグッズを販売する店があった。
「ああ、あれか。あのアニメそんなに好みじゃないんだ」
「そうじゃなくて、あれ、ソフトクリームに見えない?」

目を凝らすと店の前に等身大のアニメキャラクターのマネキンがいて、奥の方には土産物が並んでいる。
さらに間口の横にソフトクリームの販売所らしきのれんが出ていた。
はじめは気付かなかったが、そこにもソフトクリームの形の看板がある。
クリームの部分が紫と緑のミックスという独特な色でわかりにくかったのだ。

「お前よく気が付いたな」
「魁人くんがあれをソフトクリームと判定するかどうか、駿ちゃんならどう思う?」
「あいつはけっこう変わった味のものが好きだったなあ」
「味の話じゃなくて、あの看板を隠し場所に選ぶかどうか、でしょ」
「あ、そうか」
自分の勘違いがおかしくてくすりとした。
 
絵馬は肩をすくめる。
「駿ちゃん、本当に魁人くんのこと大好きだったんだね。意地悪されても彼のこと嫌いにならないんだ。こんな遠い所まで来させておいて、あたしだったら迎えに来てくれなかったら我慢できないし、友達でいられる自信ないなあ」
気だるい表情でソフトクリームの残りのコーンをしゃくしゃくと噛み砕いている。

「これは意地悪じゃない。謎解きゲームだ」
「本当にそう?五年ほったらかしにされた仕返しかもしれないよ」
駿はその言葉を無視し、そのまま道なりにまっすぐ進んだ。

通りの向かい側を歩く人たちがソフトクリームを持っているのに気付いた。
「たぶんあっちに売ってるところがあるんだ」
エレベーター付きの歩道橋をみつけた。
そこから国道を横断しようとしたが香ばしい匂いが漂ってきて足を止めた。
 
目の前の店では揚げたてのかまぼこを串にさして売っている。
ガラスケースの中にこんがりとほどよい色に揚がった様々な種類のかまぼこが並んでいた。
ふたりは顔を見合わせる。

汗をかいたせいでしょっぱいものが欲しくなっていた。
かまぼこを見ているだけで唾がわいてくる。もう我慢の限界だった。
「これ食べてからでもいいか」
「これ食べてからでいいよ」

駿は夏季限定のコーンと枝豆のかまぼこを一本ずつ買ってきて絵馬に持たせた。
「ほい。かまぼこと一緒に記念写真撮ってやるからルイくんを出せよ」
「なんで知ってるの?」
絵馬の声が裏返った。
「今、ふかみが教えてくれた」
スマホをかざして見せる。アイドルのアクリルスタンドと美味しそうなラーメンを一緒に撮った写真と『こういうのやってあげて』というメッセージがあった。

「あーこれだから幼馴染みってやだ。なんでも筒抜けで」
絵馬は半眼になって夏場の犬のように舌を出した。
「幼馴染みは関係ないよ。ほら、店の看板も入る角度から撮ってやるから、こっち向け」
「あたしは写らなくていいの。ルイくんとかまぼこだけ写して」
「なんでだよ」
 
せっかく可愛らしい服を着ているのにもったいないと思い、こっそり絵馬もフレームに入れて撮った。
スマホを返すと、駿はかまぼこを並べて「どっち食う?」と尋ねた。
「枝豆がいい」と絵馬は受け取った。
 
暑かったので日陰に移動してから食べ始めた。
「あんたとふーちゃんは林間学校で来たって言ってたよね。このあたりを歩いたんでしょう?」
「いや、決められた土産屋だけしか入れない規則だったから、すぐ観光バスに乗って帰った」

「ねえ、ふーちゃんて小学校のときどんな子だったの?」
「今より負けず嫌いだったかな。普段は大人しいけどたまに意地を張るとめんどくさい奴だった」
「そうなんだ。負けず嫌いのふーちゃんて想像できないなあ」
「特に魁人に対してはそうだった」

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?