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冒険ダイヤル 第22話 すみれの花のような

思えば魁人はいつも深海をからかっていた。素直な深海はいちいちそれに反応して面白がられていた節がある。
「魁人は三年生で転入してきたとき最初は誰とも友達になれなかったんだ。人を馬鹿にしたみたいな雰囲気があって、行動も突飛だったからちょっと怖がられてた。なのにふかみが残った給食をあげたりして仲良くするようになったら急に周りと距離が縮まったんだ。あの大人しいふかみが心を許してるなら悪いやつじゃないってみんな思うようになった」
そういう駿も始めは魁人が苦手だった。
 
きっかけは図工の時間に紙飛行機を作る課題を出されたときのことだった。
数人のグループに分かれてどうしたら長い距離、長い時間飛ばせるか意見を出し合って試作を重ねていく課題だった。
ところが魁人は全く話し合いに参加せずに教室内をふらふらと移動してばかりで先生に注意されていた。
 
放課後、仲間と古墳公園でかくれんぼをしていたが、魁人だけがいつまでたってもみつからない。
やがて他の子たちは探し飽きて帰ってしまった。深海と駿は彼を残して帰る気になれず、根気よく探してまわって古墳の裏手の路地までやってきた。すると眼の前を紙飛行機がすべるように飛んでいく。それはふたりを追い越して路地のずっと先まで落ちずに空を切っていった。

どこから飛んできたのかと見回していると頭上から「まだ帰ってなかったのか」という魁人の声がして、コンクリート塀の上にあぐらをかいている彼を発見した。
後にそこから落ちた子供が救急車で運ばれたところだ。
 
授業中に全部のグループを覗いてまわった彼は各々の工夫を覚えてきて組み合わせ、最高によく飛ぶ飛行機を作り上げたのだという。
 
なぜ授業でそれを作ってみせなかったのかと尋ねると彼は「先生はどんなに飛ばない飛行機でも話し合って作れば、よく飛ぶ飛行機よりいいと思ってる。教える気になれない」と冷めた口調で答えた。
 
すると深海は彼を振り仰いで大声で言ったのだ。
「自分だけじゃなくてみんなが得する方法を考えなよ。本当に頭が良い人はそうするよ」
魁人は鼻で笑っていたが、駿が飛行機の作り方を教えて欲しいとせがむと三人だけの秘密にするという条件付きでコツを伝授してくれた。
 
それから魁人は謎々やパズルを作って友達にやらせるようになった。 
駿は成績が上の方なのだから自分はそれなりに頭がいいと思っていたけれど、魁人には敵わないと認めざるを得なかった。
謎々はみんなの会話の種になって場を賑わせたし、やがて彼が作ったフェイクニュース・ノートは忘れられない思い出になった。何もないところから楽しさを生み出す魁人をどんどん好きになった。

「ふかみが先にあいつと友達になってなかったら、おれも仲良くなれなかったな」
絵馬は目を丸くした。
「あたし駿ちゃんと魁人くんが先に友達になったんだと思ってた」
 
確かにその後の駿と魁人は深海といるよりもずっと長い時間を共に過ごした。ふたりとも鉄道が好きで、誰よりも打ち解けたつもりだった。
しかし失踪する前日に魁人が会うことを選んだ相手は自分ではなく、深海だったことがいつまでも駿の心の奥に棘のように刺さっていた。

「ところでお前たちはどこで友達になったんだ?」
駿は話をそらした。
絵馬は嬉しそうにしゃべりだす。
「図書室で本棚の一番上にあった本をふーちゃんが取ってくれたんだ。それから後で同じ本を読んで感想を言ってくれたの」
国語の点数が悪くて落ち込んでいた小学生のころの深海からは想像できない。
あの深海が本を読もうとするとは。

「何を読んでたんだ?」
「オスカー・ワイルドの原書」
「げ、原書?」
「ふーちゃんは翻訳版の方を読んでたけどね」
図書室の棚の一番上にあって女の子の友情に一役買う本といえば勝手に赤毛のアンのようなものを思い浮かべていた。

「あたしのことを本当に知ろうとしてくれた友達はふーちゃんが初めて。それまでの友達はみんな恋愛の話ばっかりしてた。勝手にあたしの相手を特定して応援されたり嫉妬されたり同情されたりして面倒くさかった。だから推し活に夢中なふりしてたの。ルイくん推してるのは嘘じゃないけど、ちょっと大げさに言っとけば誰とも付き合わなくて済むし変に勘ぐられないからね。でも、ふーちゃんにはそういうつまらないフォーマットがないのよ」
 
つまらない、とは周囲の人間のことなのか絵馬自身のことなのか。駿は自分もそのつまらないひとりに数えられているのだろうと思った。
「枝豆かまぼこ最高!大人になったらきっとここでビールが欲しくなるんだろうね」
そう言って絵馬は食べ終わった串をゴミ箱へ投げ込んだ。清楚なワンピースにはそぐわない雑な振る舞いに駿はドキっとした。
「さ、次いこ」
サングラスの下からちらりと視線をよこし歩道橋をあごで指して、絵馬は先に立って歩き出した。
彼女がさっきとは少し違った人に見えてきて駿は黙って後に続いた。

   *

深海と陸は一度おりた階段をまたのぼって歩行者用デッキから国道を見下ろした。
道に沿って二階通路を西へ向かって歩いた。
向かい側はひさしのある商店街になっていて温泉まんじゅうや箱根みやげと書かれた看板が目につく。

赤いスニーカーの人物がここを通っていったと仮定して、同じ場所から商店街を観察した。
バスロータリーは閑散としていたがこちらは観光客がけっこういる。人の顔を見分けられるほどではないが服の特徴などを知っていれば誰だかわかるのではないだろうか。

「駿ちゃんたちをここから見てたんじゃないかな」
おそらく駿たちは下の道を進んだに違いない。
「謎解きはどうなってるんだろう。駿の方から魁人くんには連絡できないんだっけ?」
「非通知だから」
陸はそれを聞いて何か考え込んでいた。

そこへ深海のスマホの通知音が鳴り、駿からの写真付きメッセージが届いた。
魁人の筆跡で書かれた手紙と、あじさい橋のたもとのソフトクリーム看板と〈よ〉の字が書かれた紙片が写っていた。
写真を見て陸はくすりと笑った。
「7つのボールじゃなくてソフトクリームか。魁人くんて面白いね」
「やっぱりまだ会えてないんだ」
 
手紙の司令に従って駿たちは商店街の看板を探して歩いているのだろう。
深海たちも下の商店街にソフトクリーム看板があるかどうか注意しながらゆっくりと進んだ。

「どうせもう駿ちゃんたちもあのあたりを探したんだろうね」
「僕ひとつ心当たりがあるんだけど、ちょっと戻ってもいいかな」
陸に案内されて今来た通路を戻って途中の階段をおりると下にアニメグッズの店があった。
さっきまで真下にあったので見えなかったのだ。
「よかった、今年もあった」
 
陸は変わった色のソフトクリーム看板を指さした。
どうやらアニメに登場する巨大ロボットのデザインと同じ配色のようだ。紫と緑。
「すごい色だねえ」
「でも美味しいよ。僕は何度も食べた」
陸は鼻歌を歌いながら看板の裏にしゃがみこんだ。
「ふかみちゃん、怪しまれるといけないから僕の盾になっていてね」
人目を気にするくせに歌はやめない陸がおかしくて深海は笑いをこらえた。

音が外れていてすぐにわからなかったが、よく聴くとそのメロディには聞き覚えがある。アニメの主題歌だ。
「しょ、お、ね、んよしんわにな、れっと。あったよふかみちゃん」
小さな紙切れがテープで貼り付けられていたのだ。剥がしてみると〈な〉と書いてあった。
「たぶんこの店は調べてないんじゃないかと思ってさ」
「りっくんと一緒に来てよかった」
「ふふ、そうでしょ」
陸は得意そうに胸を張った。

「このあたりに詳しいよね。今までも電車を撮りに来てたの?ロマンスカーとか?」
箱根湯本駅のホームに停まっていた列車を思い出しながらそう尋ねると、陸は紙切れとソフトクリームを写真におさめながら答えた。
「あれ、教えてなかったっけか」
素早くスマホを操作して駿に送信し、顔を上げる。
「登山鉄道で強羅方面へ乗っていくとスイッチバックっていうちょっと珍しいものが見られるんだ。僕それが大好きで何度か写真を撮りに来たんだよ」
「そうか、だから箱根なんだ」

すぐに気付かなかった自分に呆れてしまう。『一緒に来るはずだった』という魁人の言葉は、林間学校以外にも駿と一緒にスイッチバックを見に来るつもりでいたという意味だったのだ。
「駿ちゃんも言葉が足りないなあ。言ってくれればよかったのに」
「あんまり自分の気持ちを表に出さないよね、あいつ」
魁人が箱根にいるとわかったとき駿が内心どんなに喜んでいたか、深海はそばにいても気付かなかった。

「りっくん、私ちょっと寂しいな」と深海はぽつんとつぶやいた。
陸は眉を八の字にして微笑んだ。
「そうだね、そういうのって寂しいね。僕はふかみちゃんが寂しくならないように思ったことはなるべく言葉にするよ」
気障な台詞に聴こえなくもないが、陸はただ心からそう思っているようだった。鼻の奥がつんとした。
「ありがとう。さて、私の代わりをしてるエマちゃんは寂しい思いしてないかなあ」
照れくさくなってあわててごまかす。
絵馬を喜ばせたくてルイくんと記念写真を撮るよう駿に司令のメッセージを飛ばした。

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