冒険ダイヤル 第39話 杭と杖
ちぐはぐな印象のもとはこれだったのかと駿は思った。
「二枚目を何回も書き直したんだ」
陸はそれを聞いているのかいないのか、次はペーパーナプキンで鶴を折り始めた。考え事をするときの癖かもしれない。
手元を見ながらつぶやいている。
「魁人くんの本音は何なんだろうね」
深海はテーブルにかがみ込んで穴のあくほど手紙を凝視した。
本音?
本音ってなんだろう。
本音かどうかなんて誰が決めるのだろう。
何が本音なのか魁人自身にだってわからないかもしれない。
店員がコーヒーを運んできた。
絵馬はカップを覗き込んでコーヒーの表に映った自分をじっと見つめた。
そして一口飲んで深呼吸し、意を決したようにまっすぐに駿の目を見て問いかけた。
「駿ちゃん、本当に魁人くんに会いたいと思ってる?嫌な態度をとられても?」
駿もまっすぐに見返して答えた。
「当然だろ」
この理不尽さも含めて魁人なのだ。
魁人は魁人だ。
嫌な態度なのは今に始まったことではない。
絵馬は次に深海に向き直った。
「ふーちゃんは?」
深海はちょっと顔を上げて陸の方をうかがった。
目が合うと不思議な感覚があった。
家族でキャンプをしたときテントの張り方を教わったことを思い出す。
杭を地面に打ち込もうとするとロープがぴんと張り、テントが風をはらんで震えた。必死で押さえながらハンマーを振り下ろした。
杭がしっかりと固定されてテントがまっすぐに立った時。
今その時と同じ気持ちだった。
深海は言葉を探す。
「私は…魁人のことを思い出すと自分が好きになれなかった。あの時どうすれば良かったんだろうって、いくら考えてもわからなくて」
ずっとコンパスが狂っているみたいだった。
自分は怒っているのかもしれない。
魁人にも、魁人を奪い去った何かに対しても。
「会って話せば、私の何がいけなかったのか、どこが歪んでるのかわかるような気がするの。うまく説明できなくてごめん」
絵馬は下唇をかんだ。
「ふーちゃんが自分を好きになれるなら、あたしは味方になりたい」
そして今度は陸に向き直った。
強い視線を受けて陸はあわてて姿勢を正す。
「りっくん、お願いがあるの」
「は、はい」
両手をぱっと膝の上にそろえて乗せると、陸はせわしなくまばたきした。
テーブルの上にはいつの間にか鶴が出来上がっていた。
「あたしと一緒に心配係をしてください」
「係???」
陸は目を白黒させている。
店から客が何人か出ていき、ドアベルの音が可愛らしく鳴り響いた。
絵馬はバッグを開け、取り出した円筒形の物で魔法使いのように宙に円を描いた。
「はい、妖精の杖でシンデレラを助けてあげる」
そう言って(杖)を深海に手渡した。
「エマちゃん、これって…」
深海は目を輝かせた。
男子二人はその正体がさっぱりわからずにぽかんとしている。
長さ三十センチくらいで片手で握ると指先が触れるくらいの太さの金属製の物体だ。
「何、それ?吹き矢?」
「懐剣?」
「くのいちじゃないんですけど」
絵馬は二人をにらみつけた。
「コードレスのヘアーアイロンよ。最高温度二百度まで上げられるよ。あぶりだしに使えそうでしょ」
*
箱根湯本駅のホームに足を踏み入れたふたりは停車中の強羅行きの列車を見つけた。
駿は先頭車両の運転席のすぐ後ろに陣取って前の線路を見ている。
深海は少し緊張している。
駿が財布を取り出し、深海の手のひらに五十円玉をひとつ乗せた。
「はい、お守り」
「五十円がどうしてお守りなの?」
「それは秘密。魁人に会えるように祈っとけ」
深海は首を傾げたが、とりあえずポケットにしまって、代わりにそこに入っていた小さな手紙を取り出した。
〈君通ふ夏〉の下には薄茶色の文字で〈大平台〉の文字が浮かび上がっている。
あぶりだしに成功したのだ。
それは登山鉄道の強羅方面にある駅の名前だった。
「エマちゃんになるべく早く帰るって約束したから、大平台駅の時刻表を調べておこうよ」
「もう確認してある。五時を過ぎると本数が減るから気をつけよう」
絵馬と陸には「遅くなるとシンデレラの魔法が解けちゃうからね」などときつく言い聞かせられた。
二人が待っていてくれると思うと不安も薄らいでゆく。
正面の線路に陽炎が立っているのが見えた。
「ねえ駿ちゃん、この電車の線路、一本しかないんだね」
「今頃気が付いたのか」
「反対方向の電車が来たらどうやってすれ違うの?」
「そこからか…」
駿は呆れ返りながらも辛抱強く一から説明をしてくれる。なぜかとても嬉しそうだ。
ゆっくりと電車が動き始めた。
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