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【長編小説】万華のイシ 無我炸裂_40

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5章_炸裂-illness≠barbaric-


5-7 捕食の力


「ッシ!!」
 伊南の懐へ飛び込む最後の一歩で大きく跳躍する。
 全ての反動を受けた瓦礫が、土煙を上げて後方へずり落ちる。
「――――っ……」
 一秒にも満たない浮遊の瞬間。
 その一瞬の中で視線が交差したオレたちは直感する。

「「次で終わらせる」」

 空中へ躍り出たオレには無視できない弱点が存在する。
 それは、落下の軌道をほとんど制御できないことだ。
 身を捩り、空気抵抗を最大限に活用したとしても、跳び上がった瞬間の角度と速度でおおよその落下地点は決定される。
 ゆえに迎撃する伊南が狙うは着地の瞬間。
 生身を晒しているオレの下半身に触れさえすれば、ヤツの異能は過たず捕食者オレを肉片一つ残さず血に還すだろう。
「これで!!」
 わずかな時間で割り出した予測地点に、伊南の魔手が伸ばされる。
 結果から言って、その場所は正確だった。
 ヤツが爆散の両手を突き出した所へと、吸い込まれるようにオレの身体は落ちていく。
 ただし、その体勢は着地のため足を下にしたものではなく、
「――獲った!!」
「――――!?」
 着地狩りのため伸ばされるであろう伊南の腕を逆に掴み取る、赤黒の双腕を下にしたものだった。
「しまっ――」
 落下場所の予測に気を取られたヤツは見落としていた。
 いや、たとえ視界に入っていても気付けなかったのだろう。
 跳躍の直後から、オレがゆっくりと前転するように姿勢を前傾し続けていたことを。
 両手首を掴んだまま、飛び込んだ勢いで伊南を押し倒す。
「ぐ……ッ、あっ……!!」
 瓦礫に背中をしたたかに打ち付けたのか、痛みでうめきを上げる。
 彼女をサーフボードのようにして着地した直後、オレは片方の腕の拘束を右脚に切り替えることで右手の自由を取り戻す。
「……異能の行使を見せびらかし過ぎたな。お前の爆散がオレの鎧すら破壊するとしても、手首から先でしか発生しないと分かれば対処のしようもある」
 手首を極める左手に、踏みつける右脚、それと胴を縫い付ける左膝の三点に全体重を掛ける。
「く……!さ、っきの…………」
「ああ。瓦礫の欠片をぶん投げた時の反応でよく分かったよ。お前の異能が掌以外でも発動できるなら、あんな動きしなくて良かったもんな?」
 そう。あの投擲からの急接近が読まれるのは織り込み済みだった。
 本当の狙いは爆散の有効範囲を確かめること。
 掌だけが異能の起点なのであれば、鎧を纏わない四肢でこうして抑え込むことだってできる。
「~~~~~~~っ!!」
 声にならない感情を込めてオレを睨みつける伊南。
 身動き取れないヤツをよそに、自由となった右腕の鎧を捕食仕様の姿へと変貌させる。
「どんだけ溜め込んでたんだよお前。ヒト三人に建物こんなに壊して、まだ欲求不満か」
「未だに、そんな……異能ちから、後生大事に抱えてる……お前にだけは、言われたく…………ない!」
 暴走していた爆散が使えないことで意識が戻ってきたのか、中々痛い所を突く指摘が返ってきた。
 そうとも。
 目的のために異能を振るうという点において、オレとお前は同類だ。
「く…はは!そう思うだろうが…………なッ!!」
 禍々しい触手を生やした右手を伊南の心臓部に叩き込む。
「――――っ」
 一度目と同様、右手を起点に生えた赤黒いそれは、再び獲物の体内をまさぐり始めた。
 触手が侵食していくごとに伊南の身体が痙攣する。
 初めは漏れるような吐息から。
 徐々に呼吸は荒く、熱っぽく。
 時折零れる「ん……」「あっ……」という声も艶を帯び、やがてそれらは性行為中の嬌声のようにオレのボルテージを高めようと誘惑する。
「…………、…………………………」
 それに釣られてしまわぬよう、捕食の出力調整に全神経を傾ける。
(くらえ。喰らえ。食らえ、クらえ――――)
 耳の内側から囁かれている「声」を吞み下しながら、オレは自分自身への述懐のように伊南の指摘に反駁する。
「ああ。確かにオレの本性は女を食い物にしたくてたまらない、野蛮で下卑たケダモノの欲望そのものだけどな」
 だからこそ、この異能を受けた伊南コイツはオレに強い嫌悪感を抱いたのだろう。
「だとしても…………アイツを――ひなたの日常を守るために必要なら、オレはこの『捕食の異能ちから』を受け容れる……使ってみせる!!」
 これこそが、根源的な快楽をもたらす病魔の異能を操りながら獣へ堕ちずにいられる理由……伊南ヤツとの違いだ。
 オレは二度と、自分の気持ち良さの為に異能を使わない。
 ひなたの傍にいると決めた時、そう誓った。
「――――!きた……!」
 やがてオレの放った触手は、伊南の体内にとあるモノ・・・・・を感知する。
 右腕を手前に引くと、ずるり、という擬音が似合う動きで体内から赤黒い触手が這い出てくる。
 その先端には、白い光を放つテニスボール大の球体が絡め捕られていた。
 いや、正確には物体と形容できるのかすら怪しい。
 何しろソレは炎のように輪郭を揺らめかせ、明確な形を窺わせない。
 抜き取ったソレを触手たちは勝手に飲み込み始める・・・・・・・・・・
 一本一本の触手が、というよりそれら全体が一つの生き物のように蠕動ぜんどうし、光る球体を取り込んでいく。
「ハァ……ハァ…………くそ……」
 異能の行使と異なり、光が右腕の闇に呑まれていくたびに猛烈な吐き気と頭痛がオレを襲う。
 この光球は何か良くないものだ・・・・・・・・・・・・・・と全身が警告を鳴らしている。
 そうと直感していても、止められない。
 一度抜き取ったコレは手放そうとしても離れてくれず、いつも赤黒い触手どもが勝手に食べ始めてしまうからだ。
「う…………はぁ……お前の病巣は……戴いていくぜ」
 精一杯の強がりを口にする。
 これこそがオレという病魔使いの異能。
 未だ原理が不明な重度発症者の異能獲得の要因、それを不明のままに光球という形に当てはめ奪い取る――「捕食」の病魔が為す業だった。

    ◇◇◇◇

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