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【長編小説】万華のイシ 無我炸裂_4

前話はコチラ!!

1章_無我-crazy in trouble-


1-6 台風の目


「え〜〜〜〜、オホン。イチャつくのは大変結構なことだが、ここはアタシの事務所だってことを二人とも忘れてるんじゃないかね?」
「あ――――」
 退屈そうな神流の声に、ひなたはハッとする。
「あ、あはははは……失礼しました……つい」
 どの辺からが「つい」なのかイマイチ分からないが、彼女はばつが悪そうにもじもじしつつ、さっきまで座っていたソファへと戻ってしまった。
 ……至福の時だったんだけどな。
「なんだよ神流。妬いてるのか」
「仮にそうだとして、一体アタシはどっちに嫉妬すれば良いのか教えてもらいたいものだね」
「そこは即決でオレなんじゃないのか」
「いやぁ……数時間前に頼んだ御使いもできないようなヤツには、アタシはそんな感情抱けないかな」
「何言ってんだ、オレはちゃんと買って――」
 見せようと手を正面に掲げて、思い出す。
 そう言えば。
 伊南を助ける時に袋ごと投げ捨てていたような。
 そしてそのまま路地裏から走り去ってしまったような。
 買い物したにしては軽すぎる、空っぽの手を正面に掲げて固まること数秒。
「――いや、違う、買ったのは事実なんだ!ただ、その後に色々あって……買った袋ごとぶん投げて来ちまっただけで」
「投げたぁ!?なんで!?」
「ほぉ――」
「そ、それはだな……」
 素っ頓狂な声を上げたひなたと訝しむ視線の神流に言葉が詰まる。
 クソ、神流に文句言うつもりが真逆の展開じゃないか。
 内心でいくら毒づいたところで、お使い程度をしくじったのは変えようのない事実だった。
 反撃の機会を完全に喪失したオレは伊南と知り合い、何が起こったかをかいつまんで説明する。
 オレが伊南に関わろうとしたそもそもの経緯――失踪者続出事件の話――は伏せておいた。神流ならその辺察するだろうし、そもそもの話、まだこの件に病魔が絡んでると決まったわけじゃない。
 「かもしれない」を挙げ始めたら、ありとあらゆる事件から身を守るために何も身動き取れなくなってしまう。徒にひなたに不安を与えて表情を曇らせてしまうのは、オレの望むところじゃなかった。
「つまりその見ず知らずの女子高生を助けるために、アタシのコーヒーたちは散っていったのね」
「相手の注意を引けそうなモノが他に無くて。仕方が無かった」
 神流は短く嘆息すると、
「食物を粗末にしたことは良くないが、まぁ、そういう理由なら仕方がなかろうさ。コーヒーだって今すぐ底を尽くってワケじゃないしね」
 肩を竦めながら苦笑する。
「なんだ、鳩が豆鉄砲喰らったみたいな顔して」
「いや……てっきり『今すぐ買い直してこい』とか言うかと思ってたから」
「お前ね……」
 しまった、藪蛇だった。
 せっかくいい感じに納得しそうな流れだったのを自分から乱してどうするのだオレよ。
「まあまあ神流さん、まずはサカエが積極的に人助けするようになったことを喜びましょう?」
 柳眉を吊り上げかけた神流をひなたがなだめてくれる。
 フォローは助かるのだけど、その言い方だとまるでオレが昔は血も涙もない奴だったみたいだから素直に喜べないぞ。
「そういうことにしておこう。全く……良い彼女を持ったな境?」
「神流さん、そんな、カノジョだなんて――やっぱりそう見えますか!?」
 両手を頬に当てて嬉しそうに全身をくねらせるひなた。
 神流さん、せっかく温度の下がった油に新たな火種を注がないでいただきたい。
「考えてもみろ。高校二年生の女子が、音信不通になった相手を見つけるという目的だけでアタシの元に辿り着いた挙句、まだ学会も設立されてないマイナー分野である病魔研究の助手として働きたいとか言い出すんだぞ?相手との関係が『ただの友人』でここまですると思うか?」
「そう……!それは二人が運命の赤い糸で結ばれた特別な関係だから……!!」
「他にも色々あるだろ!命の恩人とか」
「もちろん、私はサカエのこと恩人だと思ってるよ?あの高校二年の春は一生忘れないもの……!」
 当時の光景を思い浮かべているのか、目を閉じてうっとりしている。
「しまった……『ゾーン』入っちゃったかな?おーい」
 すっかり頭の中は妄想モードに切り替わってしまったらしい。
 神流が肩を揺すっても手を叩いても、ひなたが反応することは無かった。
「おいどうすんだ、こうなった等々力は何呼び掛けても帰って来ないぞ」
「ははぁ、境の言う通り、一度のめり込むとどこまでも突き進んでしまうのがひなたちゃんの良い所でもあり、悪い所でもあるのよね」
 そんなひなたの様子を楽しげに眺める神流だったが、しばらくするとデスク脇に手を伸ばし、ある物を手に取る。
 そこにはクリスマス会なんかで使われそうな、ハンドベルを小さくしたデザインの呼び鈴があった。
「……?」
 見慣れないアイテムに首を傾げるオレをよそに、神流はその呼び鈴を軽く鳴らす。
 ちりーん、と澄んだ音が響くと、
「――――ハッ!?神流さん、どうかしましたか!?」
 信じ難いことに、何されても気付かなかったひなたが一瞬で現実に帰ってきた。
「うんうん、条件付けは問題なく機能してるね」
「は…?え、ちょっと待て、条件付け?神流お前《《ひなた》》に何した?」
「睨むな睨むな。素が出てるぞ境。投薬とか手術オペとか、そういう細工は何もしてない。通勤電車で深い眠りに入っても目的の駅案内で目が覚めるのと同じように、時間をかけてこのベルの音を記憶として追加しただけさ」
 曰く、意識が一つの物事に没入しやすい性質たちのひなたは研究員として優秀だが助手としては向いてないらしい。そこで必要な時に応えられるよう、特定の音に反応することを身体に記憶させた、という話だった。
「そうそう、ひなた君には・・・・・・ちょっとした課題に当たってもらいたくて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ね。少々強引に起こさせてもらったよ」
 神流はさっきより少しだけトーンを下げた声で告げる。
 それは、病魔の研究者――すなわちひなたの上司としての顔だった。
「課題……?ですか」
「課題といっても、復習を兼ねたレポート作成だ。なぁに、君ならざっと二週間もあれば・・・・・・・・・・、大学の講義を受けながらでも完了できるだろうさ」
 二週間、の部分でこちらに向けたアイコンタクトから、オレは神流の意図を理解する。
「なるほど。神流さんに教わった知識を自分なりに体系立ててまとめることで、見えてくるものがあるということですね?」
「そういうこと。もちろん、今回はひなた君の知識を整理するのが目的だから、誰かの意思が詰まった書籍を参照すること――つまりこの事務所に入ることも、レポートを提出するまでは禁止しておくよ?」
「分かりました。自分で書きまとめたノートと頭の中の記憶を元に色々と考えてみます……!」
 さっきまでの腑抜けた表情から一転、緊張感ある面持ちとなったひなたは言うが早いかソファに置いてあった自分の荷物を取りまとめる。
 恐らくはこれが、神流の助手として働く時の等々力ひなたなのだろう。
 普段オレに見せる無邪気な姿とは全く異なる雰囲気に驚かされる。
「――って訳だから、ごめん!しばらくはサカエとも会えなくなりそう!レポート書き上げたらすぐ会いに来るから、二週間……いや頑張れば数日捲けるか、いや神流さんの見立て外れたことないし……とにかくなる早で頑張る!それまで待ってて!!」
「お、おう……集中し過ぎて倒れないようにな」
 まるで過酷な巡礼の旅に向かう直前の旅人ように、ひなたは両手をがっしり包み込んで誓いを立てる。
 勢いに圧倒されたオレが立ち尽くす中、彼女は竜巻のように事務所を飛び出していった。
「……本当、一度『こう』と決めたら突っ走るヤツだな」

    ◇◇◇◇

次回


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