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【長編小説】万華のイシ 無我炸裂_30

1話からはこのマガジンにまとめてあります

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4章_遁逃-true intention-


4-4 回帰


 わたしはいつの間にか自宅門扉の前で立ち尽くしていた。
 どことも知れない水路から■■を■■して■■■■■■ どうやって抜け出したのかは ■■■■■良かった思い出せないけれど
 水浸しになった靴下、風が当たるだけでやけに冷たいと思ったら、どうやらすっかり真夜中になっていたらしい。
 初夏の夜空らしく雲が多く蔓延はびこりつつ、その隙間には小さな光点がぽつりぽつりと寂しく瞬いている。
 手元に携帯電話も無いから時刻は分からないけど、この時季に月明かりが出ているからには深夜と呼べる時間帯なのだろう。
「……何て怒られるかな」
 連絡手段も持たずに出掛け、こんな夜遅く、足元をびしょ濡れにして帰宅した娘を見て両親はどんな言葉を口にするだろうか。
 きっと、真っ先に口火を切るのは母様の方。
 何をしていたの、こんな時間まで出歩くなんて聞いていない、電話のひとつくらい寄越しなさい――そうやって矢継ぎ早に叱る姿が目に浮かぶ。
 父様はいつも寡黙だから、こういう時も怒鳴ったりはしない気がする。ただ静かに、どうしてこんな行動を取ったのか、裁判官のように理由を問いただしてくるに違いない。
「――――はぁ」
 気が重い。
 門扉を開ける気になれないのは、怒られるのが怖いのではなく。
 自分でもどうして、何をしにこんな時間まで出歩いていたのか分からない、思い出せない。という信じられない言い訳を大真面目に両親へ伝えなければいけないのが気持ち悪いからだ。
 こんな経験は、人生に一度だって無かった。
 わたしはいつだって、両親の言いつけを守ってきた。
 挨拶は必ずすること、料理は残さず食べること、出掛けるときは行先を伝えること、個人的な好悪と礼節は区別すること、勉学を日々の第一とすること。
 名門姫毘乃学園に入学すること。
 試験成績は上位十人以内を維持すること。
 同級生や先生方に頼られる生徒でいること。
 みんなみんな、守ってきたグチグチグチグチ煩かった
 義務感じゃなくて、でもそれが両親の求 わたしがそうしたかったからめる理想のわたしだったから
 守ってきたから今のわたしがある二人の求めるわたしを演じ続けた
 だからこそ今夜の行動が不可解で、不気味だそれも今日でようやく終わりを迎えるだろう
 ……なんだろう。
 頭の中に反響して、誰かの声が聞こえる。
 まるでわたしの言葉を上書きするかのように。
「熱でもあるのかな」
 水路をひた走るうちに身体を冷やしてしまったのかもしれない。
 体外離脱のような感覚もあったし、体調が良くないのは事実だろう。
 両親に何を言われるとしても、まずは身体を温めて一旦休もう。
 そう決断して門扉を開き、玄関の前へ進む。
「どうか二人とも眠っていますように……」
 可能性は儚いと知りつつ、それでも祈りながら鍵を回す。


次回


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