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【長編小説】万華のイシ 無我炸裂_42

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5章_炸裂-illness≠barbaric-


5-9 舞台の裏で


    ◆◆◆◆

 爆散と捕食の病魔が激突していた頃。
 誰もが視界に入れていながら、何らかの超常によって誰の意識にも留まらない建物が、人口密度日本一の首都には存在する。
 そこは内装を見る限り何かのオフィスビルだったらしいことまでは読み取れるものの、電気はおろかガスや水道といったライフラインは一切届かない張りぼて状態で、だというのに明らかに人の息遣いが感じられる空間だった。
 そんなちぐはぐで歪な建物の一室に、金髪金眼の少女はいた。
『あっははははは!すごい、すごい!あの子、流れ込むエネルギーがどんどん増えてる!』
 白ワンピース以外何も身に着けていない少女は素足のまま、どこを見てそう言っているのか、アクション映画を見る子供のようにはしゃいでいた。
 ぴょんぴょんと飛び跳ねる度にたなびく髪から零れる光鱗は、御伽噺に出てくる妖精のように周囲を仄かに照らし、すぐ隣の椅子に腰かけていた何者かの存在を浮き上がらせる。
「へぇ。私のどれくらいまで溜まってるの?アシュリー・・・・・
 母のような慈しみを孕んだ声音で問いかける。
 アシュリーと呼ばれた金髪少女は声の主に振り返り、
『はんぶんくらい!』
「あらあら。それならもう貴女の声も聞こえるようになってる・・・・・・・・・・・・・・・・んじゃない?近くで見ている貴女から話かけてみたらどうかしら」
『うぅ~ん……さっき試したけど、もう心はエネルギーに吞み込まれちゃってるみたい。あれじゃわたしたちのお友達にもなれないや』
 幼い外見と口調に見合わない物言いをする。
「そう……。なら勧誘が成功しても失敗しても、最終的な結果はあまり変わり無かった……といったところかしら。良かったわね、由香実ゆがみ?」
 少女の輝く金髪以外に光源が無いため見えないが、暗がりの中には片膝をついて座り込む中条の姿があった。
「…………」
 水を向けられても黙して俯いたままの中条は女王からの拝命を待つ騎士のようでも、神の審判を待つ信徒のようでもあった。
「あれ?喜ばないんだ。――あぁそれとも、安堵のため息を呑み込むのに必死なのかしら」
「…………アシュリーは、何と」
「え……?あー……そっかそうだった、貴女もう姿も見えないんだった。今までの癖でつい」
 私って人の情報更新するの苦手だからさ、と恥じ入るように苦笑するが、その振る舞いをこそ恐ろしいと中条は思った。
 普段の声の主を知っている彼女は、この人物が人間らしい感情をヒト相手に見せている時が最も危険であることを理解していた。
「貴女がしくじった姫毘乃の子、今は暴走して壊れてるって。だから貴女が勧誘に成功していたとしても、むしろ私たちの拠点を滅茶苦茶にされていたかもしれないわ」
「……っ――――!?」
 中条は無意識に唾を呑み込む。
 もしそんな事態になっていたら、利益が出せなかったどころか損害を生み出したことになる。そうなった時の自分の運命を一瞬でも想像した彼女は眩暈を覚えた。
 それと同時に疑問が浮かぶ。
 ならば何故、声の主は「結果はあまり変わり無い」と言ったのだろう?
「――貴女の疑問に答えてあげましょう」
「え……」
「貴女は確かに失敗したけれど、それは成功した場合よりもずっとマシな結果でした。ですがそれ以前に、貴女の身体は神の恩寵を失った。盟主である彼女の声も姿も感じ取れない者を同志とは認められない」
 それは中条にとってあまりに唐突な宣告だった。
「よって、貴女とは今この時を以てお別れです」
「いや、いや!待って!待ってくださ――――」
 碌な嘆願も口にできぬうちに、変化が起こる。
「――――あ、ぁぁぁあああうぁぁぁ…………!!!!」
 声の主が中条の顔に手を触れた瞬間、彼女は世界を見失った。
 立ち上がろうとしてその場で転び、言葉になっていないうめき声を上げ、探るように両腕を突き出す様子はもはや生ける屍のようだった。
 そんな状態に自身が陥っていることも、もはや中条には知覚できていない。
 今の彼女は比喩抜きで五感の全てを奪われていた・・・・・・・・・・・・
 何も見えず、聞こえず、匂えず、味わえず、触れられない。
 特に視覚と触覚は致命的で、まともに立つ方法すら失わせてしまった。
『あっ!?』
「どうしたの?」
『今、もう一人の子が壊れかけからエネルギーを奪い取っちゃった!』
 巨大な芋虫のように蠢く中条をよそに、アシュリーは興奮を隠せない様子で自分が見た光景を声の主に伝える。
「あらあら、それじゃあ仲間にしようとしてた子は死んでしまったのね」
『ううん違うの。その子は生きてる。生きてるけど、エネルギーだけがもう一人の子に移っちゃった』
「――、何が起こったのか詳しく聞かせて」
『えっとね、奪った方の子は赤くて黒い、もやもやした雲を腕から生やせる力が目覚めたみたい。それで、その雲は相手の子の体に入り込んだら、体全体に溜まってたエネルギーをひとつにまとめて、そのまま体から引き抜いちゃった』
 アシュリーの説明に、声の主は無意識に口角が上がる。
 あるはずが無いと諦めていた、奇跡を目の当たりにした子羊のように。
「ああ……こんな幸運に出会えるなんて……!」
『ノゾミ!わたしたちもあの子とお友達になりたい!』
 金の瞳を物理的に輝かせるアシュリー。
 ノゾミと呼ばれた女はその頭を優しく撫でながら微笑む。
「ええ、ええ、そうね。私も是非お友達になりたい。そのためには相手のことをもっと知らないとね。アシュリー、その子の名前は聞いたことある?」
 アシュリーは屈託なく頷いて答える。
 何度も間近で聞いた彼女かれの名を――――
『うん!あの子は周りからワケタニサカエって呼ばれてた!』
「ワケタニサカエ……うふふふ……」
 当人の預かり知らない場所で、ひっそりと歯車は動き出す。
 その回転がどこに、どんな影響を及ぼすのか。
 まだ誰一人として気付ける者はいなかった。

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