銀河鉄道999 2巻 第7話 ルッキズムの行き着くところ
「不定形惑星ヌルーバ」
停車駅:ヌルーバ
人は基本的には生まれつきの姿形を変えられません。それによって少なからず人生を左右されてしまうために色々な葛藤が生まれます。しかし初めから形がないとしたら、美醜という基準すらない世界があったとしたら・・・
これまでいろいろと不思議な星を見てきましたが、今回は極めつけです。不定形と言われるとおりこの星には決まった形がありません。まるでアメーバのようにどんどん姿が変わって行くのです。この星に降りたった人はあまりの不条理さに自殺する人もいるそうです。
形が定まっていないので当然地面もなく999は空中に浮かんで停車しています。
「じゃあここに停車する意味がない」
鉄郎の言うことももっともです。しかしメーテルはここに住民がいて乗り降りするのだといいます。しかし2人ともこの星には用事がなくメーテルは図書室へ鉄郎は食堂車へ向かいました。
しばらくするとメーテルも食堂車にやってきます。しかしなんか様子がおかしいのです。鉄郎がいくら話しかけても返事をしてくれません。
その時鉄郎が突然大きなゼリーのようなスライムのような物に襲われます。
このスライムがヌルーバの住民なのです。この星は星自体に形がないだけではなく住民も不定形だというわけです。
こんな星では、形にこだわる我々のような生き物が暮らしていけないのもよくわかります。
このスライムのような生き物の目的はゼリーで包み込んで形を取り、化けることでした。鉄郎は形を取られ衣服も奪われてしまいます。
しかしそんな事でめげる鉄郎ではありません。素っ裸でくしゃみをしながらスライムを追いかけます。そしてメーテルに化けたスライムといっしょにだんご結びにしてしまうのでした。
そこにはお約束のように素っ裸のメーテルもやってきます(笑)
「まってくれまってくれ わしの子供たちをたすけてやってくれ ゆるしてやってくれ」
その時仲裁にやってきたのはなんとこの2人のスライムのお父さんでした。
なんでも若いスライムたちは形ある人間に憧れるようになり他の星へ行きたいと思うようになったとの事。2人は999の乗客に化けてこの星を出ようとしていたそうです。
そしてこの後父スライムから姿形があることの無意味さが語られます。
「姿形あるものはいずれ老いさらばえてみにくくなって死んでゆく 形がないからこそ美しいだとかみにくいだとかいって変な差別をされたりつらい思いをしなくてすむというのに・・・」
みなさんはどう思うでしょうか。確かに世の中の差別も姿形が原因のものがほとんどです。そのような争いはこの星の人々からすれば、実に滑稽なものに見えるでしょう。
もしかするとこの世の中は姿形を利用して争いをおこし得をする人がいるのかもしれません。その人々にとっては都合のいい世の中なのでしょう。
「もともとこの宇宙ではものに形がないほうが正しいのかもしれない 人にしろ星にしろ形あるものははかないつかのまのかりの姿にすぎないのかもしれない
そうだとしたら鏡を見てなげく必要などまったくないと鉄郎は思う 宇宙の真理はそうでなければならないと思う」