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【小説】ビリーフ・ストライク①


「この図書室ってなんで読むべき作品が置いてないの?そのくせ、こころだけは5冊もあるし。」

 綾羽は今日も我が久松高等学校の図書室蔵書について不満を言い続けている。
 彼女は今年図書委員になった1年生だ。そして文学については国語の先生でも敵わないほどの知識を持っている。
「しかも毎年夏休みの課題図書になるもんだから、その時だけは予約10人待ちとかになるのよね!」
 そして2年生の先輩である僕には未だ一度も敬語で話したことはない。

「先輩もさ、毎年同じ状況なんだから何とかしておいてほしかったわ。」
 夏休みの今日、図書委員である僕と綾羽は二人で図書室にいる。外のうだるような暑さを他所に高校の図書室は室温25度、湿度35%というこの上なく快適な環境を維持していた。

「毎年図書委員会の予算があるからさ、来年度に向けては要望を出すといいよ。」
「もちろんそのつもりよ!もうリストはできてるの。ねー先輩。図書委員会の予算っていくらくらいなの?」
「んー確か年間で5万くらいだったかなー?」
「はぁ!?なにそれ!たったそれだけなの!それじゃあ池澤夏樹編集の日本文学全集すら全巻揃わないじゃない!」

 それは僕のせいじゃないよ、と言いたかった。しかし、あまりにも近づいてきた綾羽の顔に僕は呼吸も忘れ言い返すどころではなかった。

 切れ長の、見ようによってはキツく感じる目と少し薄い唇が、もともと美人の顔立ちを一層近寄り難い存在にしていた。
 実際、図書委員でも他の人と話しているところを見かけた事はなかった。たまに誰かが話しかけてもほとんど会話が続く事はなく、明らかにつまらなそうな顔をするものだからみんな次第に声をかけなくなってしまうのだった。

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