「言葉」は誰もが持てる素晴らしい道具
自分ではない誰かの言葉が、強く鋭い形を持っていることが多い。もしかしたらそれは、他人に「伝える」ことを意識せず、研磨されずに出たありのままの言葉だからかもしれない。
日本語は不思議な事に、同じような言葉で溢れているのだから。できるだけ沢山の道具を知って、持って、誰かを傷つけるのではなく、力になるような言葉を紡いでいきたいと私は思っている。
それと同時に、「他人」だけではなく「自分」に対する言葉も大切にしていってほしいと思った。つい自身も使ってしまうけれど「自分なんて」