contractus -契約書-

何もかもが意味を成さなくなってから久しい。意味を見出さなくなったといっても同じことだろう。何もないから自由に生きられる。流れる血潮と暖かな夜明けはいつも私を空へと飛ばしてくれる。いつまで待てばいいのかと思ったけれど、いつまででも待とうと覚悟をしたほうが幾分か楽なことにも気づく。炎を吐く獣と、氷を紡ぐ娘。悲しみの淵に見るのは、井戸の中で自由に泳ぐ極彩色のさかなたち。今一度創り出そうとして、無味乾燥なものは時代遅れにしてしまったよ。たまに襲ってくるけれど。それさえ井戸に放り込んで、そしたら魚たちが喰らってくれる。魚は捕獲するたび、新しいのを入れてやらないといけない。でないと私は息の仕方を忘れてしまう。忘れてしまえば、早いお迎え。磨き上げられたとても美しい黒光りする靴が石畳を叩くおと。苦しくなければどちらでもいいんだけど、苦しいのはもう嫌だから。

安心して呼吸ができる世界を治めると決めたから。

どこにも居場所はなかったけれど、もう理由を考える必要もない優しい世界がそこにあるから。今度は奪われないように。奪われても取り戻せるように。私は魚たちを創り続けて捕まえ続けることを契約する。音の調べで結ぶ契約書は、音楽を忘れてしまえば契約を破棄できるけれど、忘れたくても忘れられない音楽が契約の調べになる。呼吸の仕方を忘れたくないなら、貴方だけの音楽を導に。

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