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第11話 うみほたる

母が病気になりました。
病名は急性骨髄性白血病です。

退院してからというもの、母の行動範囲は、遠くても下り電車で二つ隣のドン・キホーテのある駅までに狭まりました。ドン・キホーテと反対方面の上り方面へは人が多いのを怖がって、私の付き添いなしでは行かなくなってしまいました。

入院前は旅行が趣味で、毎月一人で北は北海道から南は鹿児島まで、日本の観光地で行ったことない場所はない!というのが自慢でした。

そんな母でしたので、調子が悪い日は1日中ベッドで寝て、調子の良い日でも、1時間ほどドン・キホーテで買い物をすることしかできないのが、私は不憫でなりませんでした。

私は母にどこか行きたいところはあるかと尋ねました。

母は、秋田の秘湯乳頭温泉、スパリゾートハワイアンズ、那須フラワーワールド、うみほたると答えました。

私は、いつでも車で連れていくので、体調良い日は声をかけてね。そう伝えました。

数日後、今日、うみほたるに連れて行ってくれる?そう言うので、私はもちろん、と言い車をとりに駐車場に向かいました。

家からは、アクアラインを通り、うみほたるに向かいます。幸いその日は、快晴で母の体調もすこぶるよく、トイレ休憩も要らないとのことなので、そのまま千葉県の木更津を抜け、富津に向かいました。

アクアラインを降りる時に、料金所のお姉さんが千葉のドライブ用の地図をくださいました。手短でしたが、丁寧におすすめを教えてくれました。今までの料金所の対応にはない優しさに感動しました。

以前母が富津に来たときに美味しいお店があったとのことで富津に向かったのでしたが、その日は日曜日だったためどこもお休みで、残念ながらここはぐるっと車で回って終わりました。

母は、ご機嫌でとても体調が良いとのことで、鋸南(きょなん)近辺の「道の駅」に行きたいと言いました。道の駅でお昼を食べ、色々な千葉の名産品をお土産に買いました。母は、車なので、ここぞとばかりに重い物もたくさん買いました。

うみほたるからの夜景が綺麗だから、夜になる頃にうみほたるに向かおうかと母に聞くと、混んだら大変だから暗くなる前に戻ろうと言われました。

母は、トイレにも困らず、こんなに長時間外で過ごせたことが、とても嬉しかったようで、帰りの社内も眠ることなく、ずっとしゃべり続けました。私は、同じ話を繰り返すのと、昔話は嫌だと、母が元気だった頃のように少しけんかをしました。それさえも久しぶりのことで嬉しく思えました。

行きも帰りも、アクアラインの料金所のお姉さんが同じ人でした。驚きました。私は、地図のことを感謝して、うみほたるへと車を走らせました。

帰りに寄ったうみほたるは、少し若者向けなのかもしれません。母は、行きたかったという期待が大きすぎたのか、少しがっかりした様子で、お土産をたくさん買って、すぐに帰ろうと言いました。

うみほたるに入るときと、出てからしばらくの間、道路は渋滞をしており、私は母の体調を少し心配しましたが、どちらも10分程度でスムーズに流れ、夕方6時頃には家の近所まで来ました。

母は、流石に疲れてきたのでご飯を買いに行くのも作るのもめんどうなので、外で食べようと提案をしてきました。車を停められる場所で食べようということで、偶然通りがかった回転寿司に入りました。

タブレットでの注文方法はわからないので、なに食べたい?と私が聞き、いろいろと頼み、母は、文句を言いながらも初めての回転寿司をエンジョイしました。

家に着き、たくさんの千葉の食材や、お土産を床一面に並べて、母はとても嬉しそうでした。私に、これはあっち、これはこっちにしまってと指示を出し、私はそれを手伝いました。母は、本当に嬉しそうに、運転をしてくれたことを感謝し、そして、1日外に居られたということで自信をつけたようでした。

私は、とても愚かでした。母の言葉を鵜呑みにしていました。調子も良さそうでしたし、半日以上ドライブできたのなら、乳頭温泉でも、スパリゾートハワイアンズでも、そのうちいけるだろう、そう軽く思っていました。

しかし、結果としてこれが最後の旅行となりました。

(続く)

イラストは元吉茉莉花さんです。twitter(‏@marika_3o210 )

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