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【Management Talk】「Inspire Impossible Storiesで世界へ」日本を代表する出版社が挑む「あり得ない」海外戦略

株式会社講談社 野間省伸

米国アカデミー賞公認短編映画祭「ショートショート フィルムフェスティバル & アジア」は、2018年の創立20周年に合わせて、対談企画「Management Talk」を立ち上げました。映画祭代表の別所哲也が、様々な企業の経営者に、その経営理念やブランドについてお話を伺っていきます。
第34回のゲストは、株式会社講談社 代表取締役社長 野間省伸さんです。今年、コーポレート・ブランドを刷新し、新たなコピーとロゴマークを掲げた講談社。アグレッシブな世界戦略を推し進める野間社長に、日本を代表する出版社の未来について、じっくりとお話しいただきました。


株式会社講談社
講談社は1909年創業の出版社で、ジャーナリズム誌・女性誌・ノンフィクション・小説・児童書・コミックなど幅広い出版活動を行っている。英語圏、中国語圏に限らず世界多言語に翻訳され、熱心に支持されているコンテンツも多い。読書推進活動にも熱心で、出版文化の向上に貢献した才能を顕彰する野間賞・吉川賞といった賞も多数運営している。



講談社を一言で表す言葉


別所:御社のショートフィルムを拝見して、ぜひ野間社長にお話をお伺いしたいと思いました。はじめに、今回のブランド刷新の経緯についてお聞かせください。

野間:講談社はもともと、会社全体のブランディングについてはあまり「こだわり」のない会社でした。出版社として、漫画や小説から、児童図書、ジャーナリズム、ファッション誌、学術書まで幅広いジャンルを扱っているため、歴史的に、企業名というよりも、個々の雑誌タイトルや作品名を打ち出してきたのです。それらをあえて一つのブランドイメージで束ねることの意味については懐疑的ですらあったかもしれません。だって、『フライデー』と『たのしい幼稚園』はなかなか結びつかないでしょう(笑)。むしろ、多様性あるコンテンツの集合体こそが講談社である、という認識だったわけです。

別所:なるほど。

野間:けれども、転機は訪れます。私たちはこの十数年、漫画を戦略商品として、海外展開を積極的に推し進めてきました。その結果、まだまだシェアは低いですが、アメリカや中国、ヨーロッパを中心に順調に売上を伸ばしてきました。それで、次の段階に進んで、海外で新しい事業を始めようとするときに、各国の企業と連携したり、クリエイターとネットワークを構築するためにはまず、講談社がどういう会社なのかを相手に説明する必要がありますよね。

別所:ええ。

野間:アメリカで、「講談社」という名前を出しても、残念ながら知っている人は限られています。『AKIRA』や『攻殻機動隊』、『セーラームーン』、『進撃の巨人』といった個別のタイトルにはファンも非常に多いですが、講談社発のコンテンツであることはあまり知られていない。あるいは、村上春樹さんの作品も多くのアメリカの読者に愛されていますが、村上さんが講談社からデビューしたことはほとんど誰も知らないのが実情です。

別所:個別の作品を通して「講談社」の名が知られている日本国内とは事情が違うわけですね。

野間:おっしゃる通りです。私自身、海外で講談社の説明をするときも非常に苦労しました。そこで、何か方法はないものかと、講談社を一言で表す言葉を考えたときに、創業以来、掲げてきた「おもしろくて、ためになる」を英訳するアイデアがひらめいたのです。講談社の原点であり、一貫した会社の方針として、いま在籍しているほとんどすべての社員に浸透している言葉です。

別所:「おもしろくて、ためになる」。いい言葉ですね。


野間:実は、「おもしろくて、ためになる」の英訳は、二十年来の私の課題でもありました。英語で書かれた過去の広報資料には、「Interesting and Instructive」と訳されていましたが、どうもしっくりきていなかったのです(笑)。

別所:直訳ではありますが、なかなか難しいですね(笑)。

野間:そんなことを検討しているタイミングでたまたま、アメリカのグレーテルという会社を紹介されました。ブランディングのコンサルタントという触れ込みでしたが、詳しく話を聞いてみると、企業戦略も含めて、企業のブランドイメージの再定義から、ビジュアルアイデンティティの開発まで一貫して手がける会社だとわかりました。

別所:日本だと広告会社の領分かもしれませんが、海外展開を視野に入れたときには、グローバルな視点でパートナーを選ぶことも大切ですよね。

野間:ええ、まさに。アメリカで認知度を上げるためには、アメリカの企業と手を組むことが必要だと考えました。そして、もう一つの理由は、私たちのことをもともと知らなかった海外の企業に、まっさらなところから講談社のブランドについて考えてもらうことを期待したからでした。日本の企業ですと、どうしても当社に対して先入観や固定したイメージを持っていますから。

別所:たしかにそうかもしれません。


物語が生んだパートナーシップ


野間:プロジェクトを開始した2年前はコロナ禍の前でした。当時、ニューヨークから東京に7名のグレーテル社のメンバーが来てくれました。そして、数週間かけて、講談社の社員約70名と外部の関係者を合わせて100名ほどに丁寧にインタビューしていただき、講談社という会社の本質について徹底的にリサーチしてもらいました。そして、帰国後、彼らなりにまとめた理解を現場の社員に伝え、それについてフィードバックするというコミュニケーションを繰り返していった。そのなかで、やはり、グレーテル社のメンバーたちも、「おもしろくて、ためになる」が講談社にとって重要なキーワードであるという結論に辿り着きました。そこから、それをどう英語で表現するかについて議論を重ねていったわけです。

別所:その結果、完成したのが、「Inspire Impossible Stories」。非常に力強く、印象的な言葉です。野間社長とグレーテル社代表のグレッグ・ハーンさんの対談も非常に興味深く拝読しました。<作り手と読者・ユーザーの両者に新たな発見や創造性をうながし(Inspire)、あり得ない、見たことのない(Impossible)物語(Stories)を常に提供する企業>が講談社である、と。そして、僕がさらに素晴らしいと思ったのが、ショートフィルム、ブランドフィルムです。


野間:ありがとうございます。ブランドコピーに合わせて、新しいロゴも作っていくなかで、講談社の理念や目的をより多くの人に知ってもらうための手段の一つとして、グレーテル社から「ブランドフィルム」の提案があったのです。私たちは、日本国内でさえあまり多くのTVCMを作ったことがなかったので、はじめは躊躇しました。けれども、アメリカを中心に認知度を高めていくためにはブランドフィルムが有効であるとアドバイスをもらい、フアン・カブラルさんという全世界で高い評価を得ている監督まで推薦してもらい……それで決断しました。私たちが2年間かけて、グレーテル社のサポートのもと再構築してきたブランドのイメージを100秒の映像でどう表現できるのか、完成するのが非常に楽しみだったのを覚えています。

別所:いつ頃、撮影されたんですか?

野間:今年の1月の下旬です。万全のコロナ対策のもと、撮影はブエノスアイレス、VFXはロサンゼルス、音響はロンドンで実施しました。

別所:製作もグローバルな体制だったのですね。映像も、異国情緒溢れる情景が広がっていて、世界中とつながっていくんだという御社の強い意思表示が感じられました。

野間:世界中に、講談社のコンテンツを楽しみにしてくれている人々がいて、私たちは、彼らに感動や笑顔を届けていく。まさに、そういう決意が表現できていると思います。

別所:素晴らしいですね。さらに、つい先日、大きなニュースも発表されました。リバプール・フットボール・クラブとのオフィシャル・グローバル・パートナーシップ契約。ブランドフィルムでの意思表示のあとに、早速それが具現化された展開が。イングランドのサッカーチームと日本の出版社という組み合わせには世界中が驚いたと思います。いったいどういういきさつだったのでしょうか?

野間:これもまた、偶然の出会いから生まれたプロジェクトでした。うちの社員のひとりが、「リバプール」(以下LFC)のオーナーであるフェンウェイ・スポーツ・グループの方と知り合いになり、なにか一緒にできることはないかという話が持ち上がったのです。ただ、別所さんからのご指摘の通り、出版社とサッカークラブには、かなり距離があります。たしかに、世界中で7億人のファンを抱えるクラブのスタジアムに講談社のロゴが掲出されることを考えれば、宣伝費としては非常にリーズナブルな提案でした。けれども、費用対効果だけではLFCと組む絶対的な理由にはなりません。そこで、さらに検討を重ねていきました。すると、講談社とLFCがパートナーになるにふさわしいと思えるストーリーが浮かび上がってきたのです。

別所:物語が。いったいどんなものだったのでしょう?

講談社とリバプールFCとのパートナーシップ契約が調印され、 野間社長とビリー・ホーガン氏(LFC最高経営責任者)による ユニフォーム贈呈セレモニーが「リモート」で実施された


野間:まず、LFCは講談社が掲げる「INSPIRE IMPOSSIBLE STORY」を、サッカーを通じて、これまでずっと紡ぎ続けてきたチームであったということです。現実に、不可能を何度も可能にしてきた。ありえないことを成し遂げ続け、感動を世界中に届けているチームは、私たちの「パーパス」を体現する存在でもあったわけです。

別所:たしかに。

野間:そして、二つ目。私たちが世界中の「リバプール」のファンに対して講談社のブランドを発信したいと考えているのと同様に、LFCも常にファン層の拡大を狙っています。そのなかで、彼らは、講談社の漫画とアニメに非常に高い関心を持ってくれました。講談社と組むことによって、LFCのブランディングに漫画やアニメを活用して、これまでリーチできていなかった人々にもクラブの魅力を伝えたい、と。私たちの長所も活かせるので、非常によい関係になれそうだと感じました。

別所:相互にメリットがある関係になれると。

野間:ええ。そして、三点目としては、LFCが、自ら運営する財団を通じて、地元の住民への教育活動や就業支援といったサポートを積極的に展開してきたことでした。講談社も、20年以上にわたって、「全国訪問おはなし隊」という事業を通じて読書推進活動を続けています。これらの活動は現在の言葉にすれば、SDGs(持続可能な開発目標)と言えるでしょう。ですから、パートナーになったら、文化の発展のために活動を展開してきた者同士、一緒に協力していけるだろう、と考えました。その3つのストーリーがあったからこそ決断できたのです。


様々な形でストーリーの価値を最大化



別所:グローバルで、大胆で、ダイナミズムを感じます。実は、僕の人生のテーマは「奇想天外」なんです。俳優の傍ら、ショートショート フィルムフェスティバル & アジアという国際短編映画祭を20年以上主宰しているなかでずっと大切にしてきたキーワードです。「起承転結」よりも「奇想天外」。それは、企業の物語においても同じだと考えています。今回のリバプールのニュースは、まさに「奇想天外」で、非常にワクワクしました。

野間:ありがとうございます。

別所:せっかくなので、もう少しだけ僕たちの映画祭の紹介もさせていただくと、ショートショート フィルムフェスティバル & アジアはこれまで、オフィシャル3部門とドキュメンタリー部門に米国アカデミー賞の公認をいただいていました。それが、今年からは新たに、アニメ部門も公認に決まったんです。つまり、アニメの世界においても、アカデミー賞につながるゲートウェイになった。世界中のアニメクリエイターから今まで以上にたくさんの「奇想天外」な作品が集まってくるので、なにか御社ともご一緒できることがあるかもしれません。そういう意味も含めて、出版と動画の未来について、野間社長はどのようにお考えでしょう。

野間:数年前、「出版」という言葉について色々と調べたことがあります。英語の「publishing」という単語には「公にする」という意味があるのですね。そして同時に、出版の「版」とは、もともとは文字を印刷するための板を指す言葉ですが、結局は、「データ」のことであると私なりに理解しました。そう考えると、私たちの仕事は、データを公にすることだと言えます。それが、長年、紙で出すという形式だったというだけで、電子書籍だってデータをパブリックにしているわけですし、アニメーションも、ゲームも、映画だって同じでしょう。つまり、作家や漫画家をはじめとする様々なクリエイターが考えたストーリーの価値を、今後登場する新しいテクノロジーも含め、様々な形で最大化していくことが私たちの使命だと考えています。

別所:たしかに、新しいテクノロジーがどんどん発明されるなかで、出版社のみなさんが紙だけにこだわっている理由はありませんもんね。僕も、映画祭やショートフィルムの製作にプロデューサーとして関わっているなかで、テクノロジーの重要性を実感しています。ハリウッドでは、僕がデビューした20年以上前から、ポスプロで使える技術から逆算して、撮影したり、予算を組んだりしていました。あるいは逆に、撮影にあたって、撮りたい画が撮れるカメラが無いという場合には、自分たちでそういうレンズを作ってしまう。その発想には大きく学ばされました。そして、そういう考え方を拡張していくと、まさにいま野間社長がおっしゃったように、ジャンルさえも越境して、アニメもゲームも映画も区別なく、コンテンツごとにもっとも適した技術を使って展開していけるのかもしれないと思いました。

野間:さらに言えば、これまで講談社は、紙の本からスタートして、それを起点に様々な展開を広げてきたわけですが、だんだん当社の編集者のあいだでも、はじまりはどこでもいいのではないか、と考える風潮が生まれつつあります。つまり、ストーリーによっては、ゲームからはじめた方がいいものもあるかもしれないし、映画からはじめた方がいいものもあるかもかもしれない。まだ実行までは至っていませんけれど、いずれはそんな風に、それぞれのクリエイターのコンテンツを具現化する順番を編集者が考えていく必要があると考えています。どういう形で、どういう順番でパブリッシングすると、より多くの人に楽しんでもらえるか、そういう方向に進めたらいいなと考えています。



別所:それも世界規模で、ですよね。LFCだけでも驚きでしたけど、この先どんな「あり得ない」物語が生まれるのか楽しみです。

野間:どんどん仕込まないといけませんね(笑)。

別所:期待しています(笑)。それでは最後に、改めて御社の今後についてお伺いできればと思います。

野間:講談社がずっと掲げてきた「おもしろくて、ためになる」という方針を突き詰めていったら、何が起こるのだろうと考えてみると、私は、「おもしろくて、ためになる社会」ができるのではないかと思うのです。私たちは長らく、おもしろくて、ためになる「出版物」を世の中に届けることを目的にしていました。それがこの十年で、おもしろくて、ためになる「コンテンツ」を世界中の人々に届けるという形に発展した。けれども、本質は変わっていないですよね。数値的な目標設定ももちろん大事ですが、先行きが読めない時代だからこそ、目的や理念をより大切にしていくことが重要です。私たちは、「おもしろくて、ためになる」「Inspire Impossible Stories」というパーパスのもと、国内外でよりよき社会の実現に寄与していきたい。それが講談社ブランドの確立にもつながっていくと信じています。

別所:ありがとうございました。


(2021.7.7)




野間省伸(のま よしのぶ)
 1969年生まれ。株式会社講談社代表取締役社長。慶應義塾大学法学部卒業。三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)勤務を経て講談社に入社。1999年に取締役、2003年に常務取締役、2004年に代表取締役副社長に就任。2011年より現職。