【Management Talk】「世界から尊敬される日本の会社に」ソフトウェアの品質保証・テスト事業のパイオニアが目指す未来
株式会社SHIFT 丹下大
30歳になったら起業すると決めていた
別所:起業したいという思いはいつ頃からお持ちになっていたのでしょうか?
丹下:小学六年生の時から考えていました。実は、小学四年生の頃、母親から、「将来どうやってご飯を食べるの?」と尋ねられたときには、「プロ野球選手になる」と答えていたんです(笑)。それで、小六まではソフトボールを頑張って練習していた。だけど、市大会で負けたときに、よくよく考えたら、プロ野球には12球団しかないし、プロ野球選手って日本に1000人もいないから無理だなと気づいて。だけど、母親に、簡単に夢を諦めたと思われたらがっかりされてしまう(笑)。それで、自分の周囲を見渡してみると、サラリーマンが多かったので、代わりにサラリーマンのトップを目指そうと考えたわけです。算数が得意だったので、最初はロボットの会社を作ろうと思っていました。祖母が寝たきりだったので、介護ロボットを。以来、ずっと理系の道を歩んできています。
別所:学校を卒業後、最初は就職されたんですよね?
丹下:いきなり起業は難しいと思ったので、理系の大学院を出た後、まずは、新卒で、製造業向けのコンサルティングファームに入社しました。そこで、僕は、携帯電話の金型を製作している会社にコンサルを行い、それまで約二ヶ月かかっていた工程を二日に短縮できる仕組みを考案したんです。そのノウハウを活かして独立したのが30歳のときです。30歳というタイミングはもともと決めていました。20代での起業は、若さと体力はあるけれど、経験値が低い。一方、50代で起業した場合、ネットワークや技術はあるものの、体力がない(笑)。その交差点が30歳だと考えていたので。
別所:年齢で決めていたんですね。それが2005年。最初はどんな事業をやったんですか?
丹下:最初は、携帯電話の位置情報を使ったサービスを展開しました。起業した翌年に、携帯電話のナンバーポータビリティが開始されたので、ビジネスチャンスだなと思ったんです。それまでは、携帯でインターネットの検索がなかなかできなくて、みんながキャリアの公式サイトを見ている時代でした。だけど、ナンバーポータビリティによって、人々はキャリアを超えて、検索で自由にネットを行き来するようになるはずだ、と。そうなったら、「勝手サイト」(当時、公式でないサイトをそう呼んでいた)が流行ると考えたわけです。ちょうど同じ頃、携帯にGPS機能が実装されました。それで、僕は、携帯のボタンを押すと、位置情報を使って、グーグルマップ上に吹き出しが出るというサービスを開発したんです。
別所:位置情報サービスを。
丹下:僕は、この世界で力を持っているのは、不動産を保有している企業だと思っているんです。だけど、ベンチャー企業が、大手のデベロッパーさんのようにリアルな土地を手に入れるのは難しい。一方で、バーチャルな土地も、すでに大手のポータルサイトさんに押さえられていたわけです。そこに後発で参入するのも厳しい。だから、その両者をアウフヘーベンした、リアルとバーチャルをつなぐ場所でビジネスを展開しようと考えたんです。
別所:なるほど。
丹下:くわえて、未来では、お金よりも体験をたくさん持っている人が豊かな人だと思った。だから、CtoC的なアイデアで、人が作った思い出や経験値を、お金ではない概念で交換できるように、シフトゴールドという仮想通貨も発行しました。つまり、2006年の段階で、位置情報サービスから、仮想通貨、GDPを超える価値概念サービス、さらに、CtoCのシェアリングまでてんこ盛りにしたビジネスをはじめたんです。(笑)。当時は、ガラケーだったので、思いっきり失敗しましたけど(笑)。
別所:(笑)。今にして思うと敗因はどんなところにあったと思いますか?
丹下:ちょっと妄想がいきすぎたのかなって(笑)。マネタイズ方法をサービスローンチ後に考えて、位置情報と連動した広告を入れはじめたんですけど……忘れもしない、月の売上が450円くらいだったんです(笑)。それでは暮らせないなと思って辞めました(笑)。ただ、それもいま考えると、もう少し頑張って続けていれば大きなビジネスになっていたかもしれないと思いますけど。そのあとも、ポルシェのレンタルサービスや、起業家を仮想通貨で応援するサービスを作ったりして。2005年にSHIFTを立ち上げてからの2年間で、約10のサービスを立ち上げました。だけど、結局どれもビジネスとして成立しなくて。当時10人程度だった社員が半減してしまいました。それで、ちゃんとまともな仕事をすることにして、今の事業にフォーカスしたという(笑)。やっぱり僕は、BtoBのビジネスで20代の会社員時代を過ごしてきたから、BtoCはあまり向いていなかったんですね。
テストをプライドのある仕事に
別所:そんな歴史があったんですね(笑)。そして、紆余曲折の末、現在のソフトウェアの品質保証事業に注力することになった。
丹下:はい。ソフトウェアのテストは、かつては、左遷されたプログラマーの仕事、という印象がありました。プログラムを作るのは楽しいけれど、他人の作ったものをチェックするのは退屈だ、と。だから、必ずしもやる気に溢れている人たちがする業務ではなかった。僕はまず、そういう意識から変えたかったんです。テストは、一見地味だけど、実は面白い仕事だし、プライドの持てる仕事です。プログラムを作ること自体は、今後いっそうコモディティ化していくし、オフショア開発も進んでいくでしょう。だけど、テストは、最後の砦だから。僕たちがテストしないと、世の中には2%の不具合が残ったままになってしまう。ソフトウェアを安心、安全に使えないわけです。
別所:大切な仕事ですよね。
丹下:あと、僕は、社員の給料を高く設定しました。そうするとやっぱりみんなが、この会社で30年、技術を鍛えて働ける、と思えるから。そういう世界に入っていくこと自体が面白い。しかも、SHIFTがいろいろなテストをどんどんやっているので、現在では、お客さんから、プログラムを作る会社を僕たちに選んで欲しいと依頼されるようにもなったんです。だから、それまでとは逆に、SHIFTから大手のITベンダーに仕事を発注することも増えました。社員も毎年1000人近く採用していて、いまでは3000人を超えました。
別所:人材採用のためにもブランディングが必要だと思います。丹下社長はこれからSHIFTをどうブランディングしていかれるんですか?
丹下:ブランディングとしては、やはりテストをプライドのある仕事にしたいです。ITという分野は広くて、世界にはGAFAのような巨大企業がありますけど、日本人にはなかなかああいう会社は作れないですよね。だけど、ITの世界でも、ものづくりや品質保証といった分野においては、日本人に優位性がある。だから、GAFAではないやり方で、世界でも尊敬される会社が日本にあると思われたい。テストを専業にしている会社としては、SHIFTはすでに世界一です。それをもっともっと広げたい。そうすることで、テストを、「地味で目立たない仕事」ではなく、世の中になくてはならない仕事だと認識してもらえるようにしたいんです。
別所:たしかに僕も、テストは日本人に向いていると思います。
丹下:そうなんです。やっぱり海外の人からしても、テストという事業は、勤勉で細かいところまで目が届く日本人っぽいと思ってもらえるところがあって。だから、ITがコモディティ化すればするほど、日本人にチャンスがあると僕は思います。日本人は、外国の人から褒められることが少ないでしょう。だけど、エッジを効かせて、徹底的にジャンルを絞ってやると、絶対に褒めてくれる。僕自身はそれを実感しているので、今度はその喜びを社員に体験してほしいんです。
別所:素晴らしいお考えですね。僕も、俳優の傍ら、日本発の国際短編映画祭を主宰しています。ショートショートフィルムフェスティバル & アジアには、毎年1万本以上のショートフィルムが世界中から集まっているんです。そうしたなかで、ショートフィルムを活用したビジネスにも挑戦しているのですが、丹下社長のお話を伺っていて、ぜひなにか一緒に新しいビジネスをしたいと思いました。
丹下:いいですね(笑)。映像や映画って、わかりやすいし人の心を惹きつけるので、なにかを伝えるための道具としては最高ですよね。いいコンテンツを作って届けたら、人の心を掴んで離さないから。一つの方法としては、ネットフリックスのように、人の気持ちをビッグデータ化して、把握して、それをもとに新しいコンテンツを作っていくという方法もあると思います。だけど、いまは、いろいろなことが民主化されている時代なので、動画をもっと気軽に、なにかのツールとして使えたらいいのかもしれないなとも思います。いまはまだハイエンド過ぎるというか。もっとBtoB寄りでもいいかなと。
別所:BtoBですか。
丹下:SHIFTの事業でも、BtoCで流行っているサービスをBtoBに持ってくることが重要だと捉えていて。ECサイトがいい例ですけど、BtoCのサービスってマニュアルレスで成立しているでしょう。僕の父親でさえ、ECサイトで普通に買い物ができる。それってすごいことです。一方で、BtoBのサービスは、まだまだマニュアルだらけで。
別所:たしかにそうかもしれません。
採用の仕組みとして動画を
丹下:実はSHIFTでは、人材採用において、動画を使った選考を行なっているんです。僕たちが年間1000人を採用するなかで、当然、競合企業が存在するわけですよね。間に入る人材エージェントは、より紹介フィーの高い企業を紹介するので、僕たちは普通にやっていてもなかなか勝てない。けれでも、競合企業が、採用のはじめから内定を出すまでに数十日かかっているときに、SHIFTが2日で内定を出すことができるとなれば、大きなチャンスがあるわけです。選考プロセスを短くすることで、人材エージェントにSHIFTを紹介するメリットを提供できるから。なぜなら、月単位で予算を組んでいる営業マンが、月の後半になって目標に到達していないとなったら、予算を達成するために僕らの会社を紹介するでしょう。そうなれば、僕たちの可能性は大きく広がる。そのスピード感を出すためには、面接自体を動画にする必要があったわけです。いま当社では、一か月に1000数百人を面接していますけど、すべて動画を使っていて、いまの時点で、採用の開始から内定までの期間を15日まで縮めることができています。
別所:履歴書や面接の代わりとしての動画、という考え方ですね。
丹下:ええ。結局、面接で質問することってだいたい一緒なんですよね。だったら、それを全部動画にしたっていいわけです。その動画をマネージャーや役員が、スマホで観て判断すればいい。こちらから口説きにいくことだってあるでしょう。そうすることで、採用の仕方がドラスティックに変わっていくんです。
ただ、もちろん、単純に動画を撮ればいいというわけでもなくて。僕たちも、専用の部屋を作ったり、撮影設備を整えたりしてはいるんですけど、まだまだ編集がうまくいっていない。そして、その人の良さを引き出すためのヒアリング能力も足りていない。そこが大きな課題になっているので、いまはまだ、いろいろトライしているところです。
別所:採用される側のHR動画をどう作るか。面白い。一緒にビジネスしたいですね。
丹下:できたらいいですね。現在、日本には、100万人のプログラマーがいます。けれど、そのなかで転職する人は、1万人もいないんです。残りの99万人は、一度入社した会社でずっと働いている。その多くが、下請けの仕事で。ITも建設業界と同じ構造で、大手が数社あって、その下に数万社もあります。だけど、映像の世界でも同じかもしれませんけど、実際に現場で働いている人たちが業界を支えているし、ノウハウも蓄積しているわけでしょう。しかも、いま、IT業界は全然人が足りていない。だから、もっと人材が流動化した方がいい。そのために、僕たちは、SHIFTの仕事がプライドのある仕事だと訴えていきたいし、採用の仕組みとして動画をうまく使っていけたらいいなと考えています。
別所:ぜひ、これからのことをご相談できればと思います。本日はありがとうございました。
(2019.3.25)