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【Management Talk】「三割引の気持ちでものをつくっている人はいない」赤坂の老舗テーラー3代目社長が情熱を注ぐ日本発のオーセンティックラグジュアリー

テイラーアンドクロース株式会社 隅谷彰宏

米国アカデミー賞公認短編映画祭「ショートショート フィルムフェスティバル & アジア」は、2018年の創立20周年に合わせて、対談企画「Management Talk」を立ち上げました。映画祭代表の別所哲也が、様々な企業の経営者に、その経営理念やブランドについてお話を伺っていきます。
第26回のゲストは、テイラーアンドクロース株式会社 代表取締役の隅谷彰宏さんです。隅谷さんは、赤坂で70年以上の歴史を持つ老舗テイラーの3代目社長。日本発のオーセンティックラグジュアリーブランド「AUXCA.」「AUXCA. TRUNK」の世界発信に尽力する隅谷さんに、ブランドにかける熱い思いを語っていただきました。

テイラーアンドクロース株式会社

1946年 赤坂一ツ木通りにて創業。政財界・芸能界に関わる方々のスーツを仕立を手掛ける。2001年からイタリアを中心とするヨーロッパのブランドの輸入代理店を始め、セレクトショップ・百貨店などに販売。2016年10月自社ブランドの「オーカ」をスタートし日本発オーセンティックラグジュアリーをコンセプトに展開中。


作り手が信念を持った本物のファッションブランドが少ない


別所:本日はよろしくお願いいたします。隅谷さんは、ご自身の会社を経営されるとともに、ブランドについても大学院で研究されていると伺っています。

隅谷:はい。2年前まで、慶應義塾大学大学院のシステムデザイン・マネジメント研究科(SDM)に通っていました。そこで、ブランディングをテーマに修士論文を書いているなかで、2016年10月、「AUXCA.TRUNK」という新しいブランドを立ち上げたんです。今日は、その修士論文の内容をご説明しながらお話しさせていただければと思います。

別所:よろしくお願いします。

隅谷:まずは、ファッション業界全体の現実を知っていただくために、1985年から2010年にかけてのデータをご紹介します。繊維にかかわっている事業所・従業員数は1985年当時、約6万6,000事業所/115万人でした。それが、2010年になると、約1万5,000事業所/30万人。つまり、約75%減となっています。さらに、2018年の統計では、約1/10にまで減少していて。

別所:激減ですね……。

隅谷:また、いま、日本に流通している洋服のなかで、メイド・イン・ジャパンのものがどれくらいあるかというと……全体の1.9%台しかないんです。つまり、98%以上が輸入品。僕は、そんなときにこそ、日本発の新しい価値のあるファッションブランドを生み出すことが大切なのではないかと考えました。

別所:メイド・イン・ジャパンもそんなに少ないんですね。

隅谷:ええ。深刻な問題です。さらに、日本のファッション業界には構造的な問題もあって。委託販売の仕組みや雑誌のタイアップ重視の姿勢などによって、どんどんひずみが出てきた結果、在庫過多が続き、セールが常態化しています。低利益の状態だから、借金ばかりが増えている。そのしわ寄せが、ブランドや生地メーカー、縫製メーカー、資材メーカーにきているわけです。2年前の夏、僕たちが栃木県のある工場を訪れたときのことです。その工場にはクーラーがなく、炎天下のなかで、窓を開けて、扇風機だけで、高齢者が大半の15名くらいが働いていたんです。僕はそれまで日本の工場をほとんど訪れたことがなかったので、その光景に大きな衝撃を受けまして……。

別所:それはショッキングですね……。

隅谷:その工場では、バブルのときに、大手アパレルから受けた大量の注文に応えるために、人をたくさん雇い、週末も無くみなで夜な夜な残業をしていたわけです。けれども、その後、多くのメーカーが生産拠点を海外に移したため、仕事は激減。それでも、そこの社長は従業員を雇い続けたんですね。この20年間は、借金をしながら耐えてきたそうです。そういった苦しい状況は、ほかの縫製工場も同様でした。一方で、生地屋さんも何社か回ってみたところ、そこでは、「久々にアパレルメーカーの人が来たな」と言われました。いま、ファッションブランドの人間はほとんど川上の現場に行かないんですよね。だいたい、間に入る商社が、服地の見本帳を作ってメーカーに持っていくので。そういう現実にも驚かされました。僕は、だからこそ、日本には、作り手が信念を持った本物のファッションブランドが少ないんだと実感したんです。

別所:現場を見ないとわからないことが多いですからね。


徹底的な心地を追求


隅谷:そうなんです。そのような現状のなかで、自分がどんなブランドを作るべきかを考えていた頃、僕は、慶應のSDMの授業に通っていました。すると、著名な講師のみなさんが、口を揃えて同じことをおっしゃっていることに気がついたんです。「これからの時代は、マーケティングではなく共感とストーリーです」と。共感とストーリーってなんだろう? と疑問に思った僕は、ある先生に質問をしてみました。祖父や父の代の自分のお店の歴史もお話ししながら。

別所:隅谷さんのお祖父さまはマッカーサー元帥や吉田茂さんのスーツを仕立てられていて、お父さまは昭和の大スターの衣装を手がけられていたんですよね。

隅谷:ええ。そうしたら、先生は、「隅谷くん、君は絶対にそういうDNAを掘り下げて行った方がいいよ」とおっしゃいました。「それは、<私が自分でテーラーをはじめました>という人には無いストーリーだから」って。得心した僕は、自分のこれまでの人生を振り返ってみて、祖父の正直さや正義感を思い出しました。また、本物を知ることが大切だと繰り返し教えてくれた父の姿が頭に浮かびました。そこから考えに考えた結果、「作り手の信念と売り手の信念と買い手の信念をつないで、本物を提供したい」というブランドのフィロソフィが出来上がったんです。

別所:お祖父さまやお父さまから受け継いだものを言葉にしたと。

隅谷:さらに、それをもとに、私の尊敬するファッションディレクターの方に、「理由のある服」というキーワードを作っていただきました。そして、僕は、それまで何度か挑戦していたもののなかなかうまくいかなかった「AUXCA.」というブランドを、これを機にもう一度立ち上げようと思って、<誰もが湧き 待ち焦がれる花 咲く様も散る様も 人の心を魅了する 「桜花」>というフレーズを作ったんです。

別所:素敵ですね。

隅谷:桜が散るところを儚いとか美しいとかって感じるのは、日本人独特らしいんですよね。あるいは、秋の虫の音を風情だと感じるのも日本人だけみたいです。「AUXCA.」は、そういう日本人が持っている美徳感を大切にしたいという思いを託したブランドで、ハレの日のお洋服です。そして、もうひとつ、新たに立ち上げたのが、「AUXCA.TRUNK」。トランクは、幹という意味なので、ブレないという信念を込めているわけです。幹には花は咲かないので、色を削ぎ落としたミニマルなデザインで、日常を素敵にする服として展開しています。

別所:ハレの日の「AUXCA.」と、日常の「AUXCA.TRUNK」。スタイルによってブランドを分けているんですね。素晴らしい。

隅谷:ありがとうございます。ブランドを作ってからは、それをどう広げていくかを考えました。口コミが広がったり、リピーターを獲得するためにはどうすればいいのかって。雑誌に出しても、砂漠に水をまくようで……一回は来てくださるんですけど、なかなか戻ってきてくれないんですよね。それで僕は、アンケートをとったり、脳科学を勉強したんですけど、そこで気がついたのが、「心地良さ」の重要性でした。心地よさが脳に突き刺さると、人間は理屈抜きにファンになる。じゃあ、自分がどういうデザインができるかなと考えたら、朝起きたときに、一日ずっとこれを着ていたいと思ってもらえる服だろうと。それで、僕たちは、徹底的な心地を追求するために、糸一本から品質にこだわって、日本発のフィロソフィーとクオリティーでものづくりをすることに決めました。

別所:着心地の良さを人に薦めたくなったりすることもあるでしょうし。

隅谷:ええ。さらに、僕たちは、着ている人が、会う相手にも不快を与えない、心地よさを提供する、という利他性のあるデザインも意識しました。つまり、着る人も見る人も心地よい服。そういうより豊かな日常を生み出せる服を作ろうという結論になったんです。

別所:たしかに、服装って自分のためだけじゃなくて、相手のことを考えて選ぶ必要もありますもんね。


ブランドとは信念である


隅谷:そうなんです。それで、ここまでが私の修士論文の内容だったんですけど、書いている途中で新たに気がついたのは、日本発のラグジュアリーブランドって無いなということでした。いま、世界を俯瞰してみたときに、世界中で日本食がトレンドになっているのに、ファッションにおける日本のラグジュアリーは、いまだに輸入品ばかりであると。だから、僕は、日本のラグジュアリーを、再定義する必要があるのではないかと思ったわけです。

別所:なるほど。

隅谷:欧米のラグジュアリーの根幹には貴族文化があります。日本にもおそらく、平安時代から戦前までは貴族文化が続いていたから、日本独自のラグジュアリーはあったはずなんです。だけど、戦後の70余年でかなりの部分が失われてしまった。それをいま改めて定義することが必要だし、そこにチャンスがあるのではないかと。それで、世界への発信基地ということで、伊勢丹のみなさんに、そういう思いをプレゼンしたところ、コーナーをやらせていただけることになって。おかげさまでいま、伊勢丹のお客様からは、50%以上のリピート率を得ています。

別所:二人に一人が戻ってきてくれるんですね。すごい。

隅谷:それからも僕は「ラグジュアリー」とか「オーセンティック」について、突き詰めて考えていきました。すると、「ラグジュアリー」って、日本語だと「贅沢」や「豪華」というややネガティブなイメージがあると思うんですけど、英語だと、「とても心地がよい」とか「めったにえられない喜び」といったポジティブな意味で、全然ニュアンスが違うことに気がついたんです。それで、少し前に、僕のビジネスパートナーで、靴のブランドを始めたミラノの貴族の友人に、「あなたにとってラグジュアリーってなんですか?」と質問してみたんですね。すると、彼は、「ラグジュアリーはものではなく、ライフスタイルだ」と言い切った。それもあって僕は、日本発のラグジュアリーについて、2017年後半からさらに、慶應の研究科を使ってワークショップなどで研究させていただいています。

別所:本当に研究熱心でいらっしゃいますね。

隅谷:昨年には、日本のラグジュアリーの要素を構造化してみようということで、僕たちとSDMのチーム、豊田紡織さん、ホッピーさんで一緒に、ミラノサローネに出展してきました。1,000人規模の動員でしたが、来場者のうち約7割は、非常に楽しかったと答えてくれて、約4割はラグジュアリーを感じたとおっしゃってくださいました。非常に満足のいく結果でした。

別所:日本のラグジュアリーを世界に発信するさまざまな展開を。

隅谷:正直に言えば、僕は、服作りだけにこだわっているわけではないんです。家業だったから、ずっと服を手がけてきたんですけど、いま自分が真剣に考えているのは、「ジャパンズ・オーセンティック・ラグジュアリー」という概念。日本発の本物のラグジュアリーによって世界を幸せにしたいんです。それについて考えるプロジェクトも立ち上げたいと思っていて、SDMの教授たちにも相談しています。いま、論文を書く準備も進めているんです。それで、その仲間たちと話しているのは、「生まれ育ちがいい人でなければ、ラグジュアリーになれないの?」ということ。もちろん、そういうことではないですよね。自分もそうですけど、生き方が変わったら、すべてが変わる。そう考えていかなければ、時代は作っていけないでしょう。そのなかで、自分としては、ファッションでブランドビジネスを展開しながらジャパンズ・オーセンティック・ラグジュアリーを体現していきたいですし、そういう思いや概念をメソッド化して共有していきたい。そうしたら、日本が元気になっていくと思いますし、きっと人生も楽しくなると思うんです。

別所:すごい熱量を感じます。では、最後に、ブランディングについて改めてお伺いできればと思います。僕たちは映画祭やショートフィルムを通じて、企業のブランディングのお手伝いをさせていただいていますが、隅谷さんにとってのブランドとはなんなんでしょう?

隅谷:信念だと言えるのではないでしょうか。とにかく僕は、真剣にものづくりをしている方たちの姿がいつも頭に浮かぶんです。セールをしないという主義もそこからきていて。だって、ものづくりをしている方たちは、三割引の気持ちでものをつくっていないでしょう。そういう誠実な心をへし折るようなことはできない。みんな、自分の子どもみたいに愛情をかけて心地よい服を作っているんですから。そういう思いを発信していくことがブランドを作っていくんだと思います。

別所:ありがとうございました。


(2019.4.17)



隅谷彰宏(テイラーアンドクロース株式会社 代表取締役)

1973年 東京赤坂に生まれる。大学卒業後、輸入専門商社に勤務。2001年、テイラーアンドクロース株式会社設立、家業のテーラーと輸入業を統合させて3代目としてスタート。2017年慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネージメント研究科修了し、研究テーマのブランディングを自社ブランド「オーカ」に取り入れる。