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【Management Talk】「筆記具と人間の一生をどう捉えるかを考える」創業120周年の老舗文具メーカー社長が語る伝統と革新

ゼブラ株式会社 代表取締役社長 石川 真一

米国アカデミー賞公認短編映画祭「ショートショート フィルムフェスティバル & アジア」は、2018年に迎える創立20周年に向けて、新企画「Management Talk」を立ち上げました。映画祭代表の別所哲也が、様々な企業の経営者に、その経営理念やブランドについてお話を伺う対談です。
第7回のゲストは、ゼブラ株式会社 代表取締役社長 石川真一氏。今年創業120周年を迎えた老舗文具メーカーが見つめる未来とは? これまでの歴史とともに石川社長に語っていただきました。

ゼブラ株式会社
ボールペン・シャープペン・マーカーなどを開発・製造・販売する筆記具総合メーカー。40年以上の定番商品「ハイマッキー」「シャーボ」や、女子学生に人気のジェルボールペン「サラサクリップ」などを販売している。



筆記具市場は伸びている

別所:最初に、スマホ全盛期時代における文房具市場の現況をお伺いできますでしょうか。

石川:日本の文具業界は歴史が古く、代表的なメーカーは平均して約百年の歴史があります。そういう意味で、日本は伝統的に文具が非常に強い国という捉え方ができると思います。しかし、別所さんのおっしゃる通りスマホ全盛の時代ですから、多くの方が文字を書く機会が減っているという印象をお持ちでしょう。実際、当社においても法人事業は逓減しているのが現実です。ただ、その一方で、個人の需要は非常に旺盛です。意外に思われるかもしれませんけど、筆記具市場はトータルで年率5〜10%ほど伸びているのです。

別所:その要因はどんなところにあるのでしょうか?


石川:まず日本の学生、特に女子中高生が筆記具を非常に好きであるということが挙げられます。みなさん、様々な種類の文具をたくさん持っていらっしゃいますし、それぞれにこだわりや愛着を持ってお使いいただいています。さらに、それが一つのトリガーになって、大型の雑貨店さんの筆記具売り場が充実している。そうすると、そこを訪れた社会人の方々にも買っていただける。ですから、法人事業はこれから減っていくだろうという見通しですが、個人事業に関しては、やり方次第でまだまだ市場は伸びると捉えています。

別所:僕も文房具は大好きで、文房具売り場にはよく行きますね。また、映画祭などで来日した海外のお客さんの多くが、自分で使うため、あるいはお土産として文房具を買いに行きたいとおっしゃいます。みなさん口を揃えて、日本製の文房具はとても質が高いと。

石川:そうですね。特にアジア圏では、そもそもメイド・イン・ジャパン自体がブランドのようになっていますけど、筆記具はおかげさまで本当に高品質という意味で評価されています。出張先のレストラン等でチップがわりに当社のボールペンを差し上げると本当に喜んでいただけます。また、欧米市場でも日本製筆記具の評価は高く、日本企業が相当のシェアを占めています。


技術者を育成する間、海外展開で販路を拡大

別所:そうしたなかで御社は今年120周年。節目を迎えた今、創業から振り返ってみていかがですか?

石川:当社は筆記具一筋120年と謳っておりますけれど、現実には様々な試行錯誤を重ねてきました。時代ごとにターニングポイント、技術的にブレイクスルーした歴史があってここまできたわけです。
最初は、私の曽祖父である創業者が、つけペン(*ペン先にインクをつけて書く筆記具)を国産で製造することに挑戦しました。当時の日本の技術や材料だと相当難しいことだったと思うのですけど、試行錯誤しながら技術的にブレイクスルーし、明治三十年に国内で初めて精度の高い鋼ペン先を作ることに成功した。それがまず一つ目のターニングポイントです。
そして次は、私の父、つまり先代社長の時代にボールペンの生産を開始したことです。昭和三十年代のことですが、それまでつけペンが主流だったなか、アメリカでボールペンが開発されたということを知った父が、当社でも製造するために莫大な設備投資を決断した。「ペン先だけ扱っていればもう百年続く」と主張していた曽祖父と意見が対立したらしいですけど、ペン先だけにこだわっていたらここまでこられなかったでしょうね。

別所:勇気ある決断が功を奏したわけですね。

石川:その後、高度成長期には、マッキーやシャーボといった商品が相当売れました。ところが、ちょうど私が入社した昭和五十年代頃からどうも雲行きが怪しくなってきた。作れば売れるという時代ではなくなってきたわけです。私も先代と随分議論しました。マッキーとシャーボに頼っていて大丈夫なのかと意見する私に対して親父は、「それだけやっていれば百年持つ」と。どこかで聞いたような話ですよね(笑)。

別所:(笑)

石川:それで私が1998年に社長に就任したわけですが、当時は、売り上げも低迷し借金も膨らんでいましたから、会社の体質としては相当厳しかったです。そこで私は、これからの時代は付加価値商品を開発しなければいけないと旗を揚げたのですが、それまでが既存商品を営業力でばんばん売ってくるというスタイルでしたから、社内に技術者が全然育っていなかったわけです。そもそもほとんど採用さえしていなかった。ですから、まずエンジニアを大量に採用するようにしました。時間はかかるだろうけど、ここからスタートだと思って。

別所:自社の技術力を上げる種まきを。

石川:そして、技術者が育つのをただ待っているわけにもいきませんから、その間食いつなぐためにも本格的に海外展開もスタートさせました。アメリカやイギリス、カナダ、メキシコといった国々に販売拠点を設け、販路の拡大を目指したわけです。それまでは国内でしか営業してきませんでしたので、それも一つの大きなブレイクスルーと言えると思います。そうしている間に、採用した技術者がキャリアを積み、優秀な人材に育ってきました。近年、デルガードやサラサクリップといったヒット商品を生んだのは彼ら彼女らです。


メキシコにゼロから工場を立ち上げ

別所:まさに、社長就任時に蒔いた種が花開いたわけですね。では、ここからは石川社長ご自身についてのお話もお聞きしたいと思います。最初の就職先は、三井造船だったと伺っています。

石川:大学では土木工学を専攻していました。卒業した頃は高度成長期でしたので、建設ブームの時代です。私自身も幼い頃から大きな構造物を作りたいという思いを持っていましたので、三井造船に入社したわけです。

別所:そこから奥様との出会いもあってゼブラに。入社されていかがでした?

石川:大きなものから一気に小さな商品になったなと(笑)。ある面で違和感はありましたけど、工場に行ってみると面白いわけですよ。私はエンジニアですからボールペンの構造に非常に興味を惹かれましたし、インクの組成や製法にも関心を覚えました。また、環境の違いにも驚かされましたね。三井造船では千葉の現場にいましたが、四千人中女性は五十人。一方、ゼブラの工場は六百人中五百人が女性という大きな違いがありました(笑)。

別所:全然違う雰囲気でしょうね(笑)。その後は?

石川:私が入社して五年ほど経った頃、ペーパーメイトというアメリカの大手ボールペン会社からOEMのオファーがあったのです。当時のゼブラにはそんな経験はなかったので、先代の社長に「俺たちわかんないからお前がやれ」と言われました。(笑)。私だってわからないと言いたかったのですが、英語は少し話せましたから、ボストンの本社に通ってOEMの仕事をなんとかまとめることができました。その経験は非常に勉強になりましたね。契約書をはじめ、山ほど書類を作らなければいけなかったですし、家族ぐるみで頻繁に一緒にお酒を飲んだり食事をしたり、人間関係の築き方も学びました。1983年頃のことです。そこから自分たちのブランドでも挑戦してみようということで、本格的な海外展開に繋がっていくわけです。

別所:まずは販売拠点ということですよね。

石川:最初、海外に工場を作ることは全く考えていませんでした。どうしてかと言いますと、単純に、売れる商品が無ければ海外に工場を作っても仕方がないからです。コストは高かったですけど、まずは日本から全部商品を輸出していた。それで、アメリカで業績が伸びてきてから、メキシコに工場を作ったわけです。そして、アジアにも、ということで、インドネシアにも生産拠点を置きました。現在、国内の工場の年間生産量は約3億本で、メキシコは約5,000万本、インドネシアは1億本程度という割合です。

別所:海外の工場と日本の工場では違いを感じますか?

石川:まず、インドネシアの工場とメキシコの工場では成り立ちが違っています。インドネシアの方はもともと独立して操業していた工場を買収したものです。一方、メキシコは、私自身が土地選定を含めゼロから立ち上げ、仕組みを作り上げた工場です。二つを比較しますとメキシコの方が圧倒的に生産性は高い。どちらも社員はみな真面目なんですけど、やはり仕組みを途中で変えていくことは難しい。ただ、もちろんインドネシアも日本からエンジニアを派遣したりして、少しずつ改善していっています。


筆記用具にこだわりながらも新しい分野との結びつきを大切に

別所:そんななかで、御社が標榜するメッセージが「Open your imagination.」。僕たちの映画祭でも昨年から「Branded Shorts」という企業のブランディングメッセージを伝える動画をフィーチャーする部門を設立しましたが、御社がこの言葉に込めた思いをお伺いできますでしょうか。

石川:これまで私たちは、筆記具の性能をいかに良くするのかという機能の進化を追求してきました。そして現在、そうした技術はある程度色々な形で出揃った。そうした状況のなかで、当社は次に何を目指すべきなのか? それはさらなる新技術の開発というよりは、筆記具を使うことでどんな価値が生まれるか、大げさに言えば、筆記具と人間の一生をどう捉えるかを考えることだと思います。そういう意味で、今後は、従来とは異なる切り口や発想が必要です。筆記具を使うことで、どれだけ消費者が豊かな感性を磨けたり、手書きの暖かさを感じて幸せな気持ちになれたりするのか。そういう部分まで含めて追求していかなければならないという思いを「Open your Imagination.」という言葉に込めています。

別所:まさに映画もイマジネーションの世界です。映像作家の想像力を光の絵の具で映し出すのが映画です。そういう意味でも今後なにかつながることができたらいいなと思います。

石川:やはりこれから大切になるのは、様々な法人や研究機関等、外部の組織と連携していくことだと考えています。現在はまだまだ社内のクローズされたネットワークのなかでテクノロジーを磨いている状況ですけども、最近では脳科学や人間工学に注目しています。私たちは、筆記用具にこだわりながらも新しい分野との結びつきを大切にし「Open your Imagination.」を実現していきたいと思っています。

別所:ありがとうございました。

(2017.5.22)


石川 真一(いしかわしんいち)ゼブラ株式会社 代表取締役社長

1951年生まれ。1976年早稲田大学大学院理工学研究科を卒業、同年三井造船株式会社に入社。
1980年ゼブラ株式会社に入社。1987年に常務取締役に就任。1998年から現職。2014年藍綬褒章を受章。