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【Management Talk】「多様性を認める社会の実現を訴えていきたい」働き方改革の最先先端を走る企業が考えるチームワークの本質

 米国アカデミー賞公認短編映画祭「ショートショート フィルムフェスティバル & アジア」は、2018年の創立20周年に合わせて、対談企画「Management Talk」を立ち上げました。映画祭代表の別所哲也が、様々な企業の経営者に、その経営理念やブランドについてお話を伺っていきます。
第16回のゲストは、サイボウズ株式会社 代表取締役社長 青野慶久氏。「チームワークあふれる社会を創る」を理念として、働き方改革の最先端をいくソフトウェア開発企業は、昨年で20周年を迎えました。その歴史や哲学について、創業メンバーでもある青野社長に語っていただきました。大きな話題を呼んだあのブランディングムービーのお話も。

サイボウズ株式会社
1997年の創業より、チームの情報共有に役立つグループウェアを開発・販売。2011年秋、クラウドサービス「cybozu.com」をリリース。
世界中のチームワーク向上をミッションとし、多様性を尊重した新しい働き方に取り組んでいます。


オタクのようにグループウェアに特化

別所:サイボウズさんは、昨年20周年を迎えられたということなんですが、青野社長は、これまでの歴史をどのように感じていらっしゃいますか?

青野:1997年に会社を設立したときのメンバーは、私を含め3名だけでした。それから20年経った今、従業員は500名を超えましたし、海外を含め拠点も増えまして……いよいよ大企業になってきたなという感じです(笑)。日々高まっていく社会的責任を実感しています。

別所:ここに至るまでにはどんなターニングポイントが?

青野:一つ挙げるとするならば、サイボウズは、2006年末頃から、グループウェア以外の事業の可能性を模索して、一年半で9社買収したことがあったんです。そうすると、それまで30億円弱しか無かった売上高が、一気に120億円を超えるまでに膨れ上がり、株価も急上昇した。

別所:おお!

青野:けれどその後、買収した9社のうち8社を売却。売上高が3分の1にまで減少し、株価もガクンと下落するという経験をしたんです。

別所:ええ……なにがあったのですか?

青野:様々な事情があったのですが、結局のところは私が、買収した事業に魂を込められなかったわけです。自分自身の興味が、会社の規模を拡大することにはなくて、グループウェアで、「チームワーク」を徹底的に追求していくことにあるのだと気づいてしまって。もちろん、色々な考え方の企業があっていいと思うんですけど、サイボウズに関しては、少なくとも私が社長でいる以上は、多角化によって大きくなるという方針はとらない。その代わり、オタクのようにグループウェアに特化して世界一を目指そう、と決めたんです。

別所:大変な決断だったでしょうね……そうしたなかで、グループウェア市場における御社の強みはどんなところにあるのでしょう? 

青野:サイボウズがもっとも大切にしているコンセプトは、「誰にとっても使いやすい」ということかもしれません。導入していただく組織のなかには当然、ITリテラシーの高い方もいればそうでない方もいらっしゃいますから、その部分は非常に重要視しています。

別所:現在、どれくらいの企業がサイボウズさんのサービスを使っているのですか?

青野:約6万社に導入していただいておりまして、現在でも毎月約1,000社ずつ増えていっています。ただ、世界的に見ると実は、グループウェアは、まだまだ普及の初期段階。ビジネスではいまだにEメールが標準的なんです。

別所:そうなんですか?

青野:ええ。でも、メールだと、たとえば、エクセルのファイルにしても、相手に送って、修正されたら、また自分に送り返してもらわなければいけなかったりして、効率が悪いんですよね。グループウェアでの共有という形ならば、お互いが自由に編集できるので、仕事の効率は相当上がるはずです。


社員一人一人の個別のニーズを拾っていった


別所:人間の働き方やライフスタイルがどんどん変化していくなかで、そうしたテクノロジーの果たす役割は大きいですよね。

青野:ええ。ここにきてようやくテクノロジーと人間の考え方の足並みが揃ってきたなと感じています。つまり、テクノロジーの面では、スマートフォン、そして、クラウドというまさに情報共有のための根幹となる技術が普及してきましたし、人間の側も、リモートワークや在宅勤務、フレックスタイム制といった多様な働き方を認めていくという流れになってきましたから。

別所:御社は働き方改革のさきがけ企業としても注目されています。

青野:結果的にそうなりました。サイボウズの場合、もともと「ド・ITベンチャー」でしたから、残業も徹夜も休日出勤も当たり前で、それゆえに離職率も高かった。2005年当時の離職率は約28%。つまり、4人に1人が一年後にいないという状況で……。さすがにそれはなんとかしなければ、と、社員一人一人の個別のニーズをできるだけ拾っていくという方針をとることにしたんです。たとえば、短時間勤務したい人がいればそういう仕組みを作るし、在宅で働きたい人がいれば、そうした制度を作るし、副業したい人がいれば認めるし。そうやって人事制度を作っていった結果、離職率は下がっていき、10年経ったら、働き方改革の先端にいたということですね。

別所:意地悪な質問かもしれませんが、働き方改革の話をすると、ネット事業だからそういうことができるんでしょ、って言われることありませんか? 僕のいるエンターテインメント業界も、もともとフレックスな働き方だからそうですけど、一方で、なかなか改革に取り組みづらい業種・業界もあるような気がします。

青野:もちろん制限のある仕事はあります。たとえば、私たちの会社の中でも、カスタマーサービスのメンバーの場合は、お客様から電話がかかってくる時間帯が限られているので、基本的にその間はいてもらう必要がある。ですから、夜に働きたいですと言われても、残念ながら、サポート業務としては務まらないように思えるわけですね。けれど、実際には、カスタマーサービスの仕事内容を切り出して具体的に分析してみると、電話対応以外の部分でその人に任せられる業務が見つかるはずなんです。そういう風に考えていけば、大抵の職種で、少なくとも改善はできるような気がします。


まずは、問題の存在に気づいてほしい


別所:たしかにそうですね。そして、サイボウズさんは、そうした働き方についてのメッセージを動画で発信されています。数年前に公開されていた西田尚美さん主演の『大丈夫』というタイトルのショートムービーは今でも非常に印象に残っています。ワーキングマザーをフィーチャーしたものでしたね。(現在はイラストバージョンが公開中)

青野:『大丈夫』は、サイボウズが作った最初のムービーでした。製作にあたっての裏話は色々とあるのですが(笑)、実は当時、他のIT企業が、ワーキングマザーについての情報発信を始めていた時期だったんです。それらを見て、私はとても憤慨しまして……と言いますのは、そこで流されていたメッセージが「我が社のツールを使えば、ワーキングマザーがハッピーになれる!」といったものばかりで。

別所:ああ……。

青野:私も3人の子供を育ててきましたけど、育児の大変さがITツールを使ったくらいでどうにかなるわけがないでしょう。きっと保育事情をぜんぜんわかっていないおじさん方が想像で作ったんだろうなと感じました。だから逆に、自分たちは、ITツールなんて関係なく、都会のワーキングマザーがいかに大変なのかということをできるだけリアルな形で表現する動画を作ろうと思ったんです。そうでもしなければ、この問題に光が当たらないだろうなって。

別所:なるほど。

青野:結果的にその約3分間の動画は、「これ、私だ」と受け止めてくださったたくさんのワーキングマザーの方々が拡散してくれたことによって、160万回以上も再生されました。そして、政治家の方たちも観てくれたようで、都会のワーキンググマザーが直面している問題が社会でクローズアップされる一つのきっかけになったと自認しています。

別所:そして、現在公開されているムービー『アリキリ』も、「働き方改革、楽しくないのはなぜだろう。」というメッセージのもと、「女性活躍」や「イクメン」に対する企業の取り組みの問題点を浮き彫りにする動画です。僕が、サイボウズさんの動画が他社と一線を画していると思う理由は、自分たちのサービスを良く見せようとか、自社の商品の魅力を伝えようとするものではないということなんですよね。そこが素晴らしい。

青野:もちろん、私たちの事業としてソフトウェアが売れていくことは大事なんですけど、そもそも社会が働き方の問題に気づいてくれなければ、私たちの商売の基盤自体が揺らいでしまいます。だから、直接売上につながるかはどうかはわからないけども、まずは、問題の存在に気づいてほしい。そういう思いを込めて動画を製作しました。『アリキリ』も、非常に評判がいいですから、もう何本か違う切り口で作ってみる予定でいます。

別所:僕は、良いコンテンツの条件の一つとして、「共感できること」があると思っているのですが、まさにサイボウズさんの作る動画は、多くの共感を生んでいるのではないでしょうか。

青野:たしかに「共感した」というフィードバックをいただくことは多いです。ただ、同時に、「サイボウズ、ちゃんと問題を解決してくれよ」という意見もたくさん頂戴しています。私たちは問題提起しかしていませんから。

別所:そこまでいくと、企業が提供するサービスの問題というよりは、社会全体にまで及ぶ話ですよね。

青野:おっしゃる通りです。もはや ITツールを導入すれば解決するなんていうレベルの話ではありません。社会の問題ですね。



チームワークが良くなれば、社会がハッピーに


別所:社会の問題といえば、青野さんが個人として、大きく取り組まれている夫婦別姓の問題がありますよね。

青野:ええ。僕は、これからの社会では、昔のように、「男性は働く、女性は家を守る」とか「長男が家を継ぐ」といったパターンを当てはめるのではなくて、個々人の多様性を尊重していくという前提に立つことが必要なのだと考えています。それぞれの方が持つ事情や考え方に対して、多くの選択肢を用意できる時代にしていかなければいけない。夫婦別姓はまさにそういうことで、現在は、同姓になるという選択肢しかなくて、どちらか一方に負担がかかってしまっていますから、やっぱりここにも「同姓もいいけど別姓も」という選択肢を用意するべきで。そういうイメージで社会全体を設計した方がいいと思いますね。

別所:大胆に活動されていますよね。

青野:反響の多さに自分でも驚いています(笑)。もちろん、最高裁までいって、違憲判決が出れば話題になるだろうとは予想していたんですけど、訴訟前の段階でYahooのトップに載ったり、NHKのニュースで流れたりするとは考えてもいませんでした。けれどつまり、それだけ大きな社会問題として、みなさんの関心を集めるものになっているということでしょうから、なんとかハードルを越えて次のステージにいかなければと改めて身を引き締めています。

別所:青野社長のそうした考え方は、先ほど伺った働き方改革のお話ともつながりますし、サイボウズという企業の姿勢にも通じるものがあるような気がします。最後に、サイボウズさんのこれからについて教えてください。

青野:サイボウズの理念は、「チームワークあふれる社会を創る」ことです。世の中には、夫婦や会社、サークル等たくさんのチームが存在します。それぞれのチームワークが良くなれば、きっともっとハッピーな社会になるはずです。
そして、私たちの考えるチームワークが良い状態というのは、多様な個性が生きるということ。もちろん、エースで4番のようなメンバーがいてもいいですけど、バント職人みたいな子がいたっていい。様々な個性が組み合わさって、お互いに感謝と貢献が機能するようなチームが世の中にたくさん誕生するといいなと願っています。ですから、サイボウズは、多様性を認める社会の実現を引き続き訴えていきたいと考えています。

別所:そして、そうやって発信するメッセージが、社会に大きな影響を与えるとともに、御社の強力なブランドを構築していっているのだと思います。本日は、ありがとうございました。

(2018.1.15)


青野 慶久(あおの よしひさ)
1971年生まれ。愛媛県今治市出身。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、
松下電工(現 パナソニック)を経て、1997年8月愛媛県松山市でサイボウズを設立。2005年4月代表取締役社長に就任(現任)。社内のワークスタイル変革を推進し離職率を6分の1に低減するとともに、3児の父として3度の育児休暇を取得。また2011年から事業のクラウド化を進め、売り上げの半分を超えるまでに成長。総務省、厚労省、経産省、内閣府、内閣官房の働き方変革プロジェクトの外部アドバイザーやCSAJ(一般社団法人コンピュータソフトウェア協会)の副会長を務める。著書に『ちょいデキ!』(文春新書)、『チームのことだけ、考えた。』(ダイヤモンド社)がある。