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【Management Talk】日本発のスポーツウェアブランドが大切にするモノづくりのこだわり

デサントジャパン株式会社 代表取締役社長 嶋田剛

米国アカデミー賞公認短編映画祭「ショートショート フィルムフェスティバル&アジア」は、2018年の創立20周年に合わせて、対談企画「Management Talk」を立ち上げました。映画祭代表の別所哲也が、様々な企業の経営者に、その経営理念やブランドについてお話を伺っていきます。
第48回のゲストは、デサントジャパン株式会社 代表取締役社長 嶋田剛さんです。日本発のスポーツメーカーとして多くのアスリートに愛されている同社のウェアは、コーポレートブランドの『デサント』を中心に最近ではタウンユースとしても人気です。嶋田社長に、会社の歴史からモノづくりのこだわり、そして、現在注力されている工場ブランディングについて語っていただきました


デサントジャパン株式会社
デサントジャパン株式会社は、『デサント』をはじめ9つのブランドを展開し、高品質と高機能を追求したスポーツ用品を企画・製造・販売しています。
トップアスリートから一般の方まで、世界中の人々にスポーツを楽しんでいただけるよう、各ブランドで独自のマーケティングを実施し、ブランド価値のさらなる向上に挑戦しています。

アスリート仕様で培ったノウハウを普段着にも

別所:嶋田社長は学生時代、バレーボール部でご活躍だったと伺っています。実は、僕も中高とバレーボール部でした。

嶋田:一緒ですね。私は中学から大学までバレーボール部でした。体育大学に入りましたので続けざるを得なかったんです(笑)。

別所:大学まで続けるとなると相当な腕前でしょう。

嶋田:いえいえ(笑)。大学で身の程を痛感しました(笑)。

別所:(笑)。就職先としてデサントを選ばれたのは、体育会からだと自然な流れのように感じます。

嶋田:そうですね。教員になることも考えましたが、ずっとスポーツをしてきたので、スポーツ業界で仕事をするのもいいかなと思っていた中で縁があったのがこの会社でした。

別所:それでは、改めて、デサントの歴史や事業について、嶋田社長からご説明をお願いします。

嶋田:デサントの前身は1935年にスタートした紳士服店で、戦後になってこれから盛んになるであろうスポーツに目を向け、野球のユニフォームやトレーニングウェアなどの製造を始めました。その後、スキーウェアの開発を行う中で始めた、競技の専門家であるトップ選手に着用してもらい、意見を聞く手法が当社のマーケティングの基礎となっています。なお、その際に様々なアドバイスをいただいたプロスキーヤーの方が経営していたスキースクールの名前「デサント」がブランド名に、さらには当社の社名にもなりました。“デサント”という言葉はフランス語で滑降を意味しており、『デサント』ブランドのロゴマークであるスピリットマークはスキーの基本技術である直滑降、斜滑降、横滑りを表現しています。以後、野球、スキー、ゴルフ、水泳など様々な競技を複数のブランドで展開しながら、どの競技でもトップ選手とともにモノづくりを行ってきています。そしてそこで培われた技術やノウハウは様々な商品に生かされ、スポーツを楽しむ多くの方々に愛用いただいています。

別所:デサントさんのトレーニングウェアを私も持っています。非常に人気がありますよね。

嶋田:ありがとうございます。当社のウェアは機能性はもちろん、デザインや着用感を気に入って購入してくださるお客様も多いので、お客様によってはスポーツシーン以外の日常的なファッションとして取り入れられている方もいらっしゃいます。着用シーンはお客様によってそれぞれですが、最近では、スポーツに限定しない“動くためのウェア”を私たちは「MoveWear(ムーブウェア)」と呼び、動きやすく快適なウェアとして日常にも着ていただくことを積極的に提案しています。アスリート向けに開発した素材やパターンを生かしてつくったものですので、歩く、座る、などの何気ない動きにも生かされ、快適なウェアとして受け入れられています。

別所:どんな違いがあるのでしょうか?

嶋田:たとえば、野球のパンツは、守備でも攻撃でも前傾姿勢であることが多いため、膝を曲げた状態でストレスがかからないようになっています。これは日常でも座ったり階段を上る時に膝の曲げ伸ばしにも生かせます。こういったノウハウを普段着に落とし込むと快適性は増します。
別所:たしかに。

嶋田:別の例を挙げると、スポーツでは大きく肩を動かすことが多いので様々な競技ウェアで肩を動かしやすい工夫を施しています。それを生かせば、手を上げた際にシャツやジャケットの裾が上がりにくい仕様にでき、日常生活でもスマートですよね。
別所:最近、スポーティな着こなしをされる方が増えていますよね。
嶋田:そうですね。快適性に対するニーズとともに、スポーティなスタイルを日常に取り込むことが定着したように思います。当社でも、直営店の「デサントストア」では特に“MoveWear”として普段着用途でお買い求めいただく方が多いです。もちろん、TPOを選ぶケースもありますが、最近はビジネスシーンで着ていただいてもあまり違和感はないですよね。
別所:本当におっしゃるとおりだと思います。もはや、毎日必ずスーツにネクタイという時代ではなくなっていますよね。動きやすいスポーティなファッションがまさに求められています。スポーティでありながら、普段着。完全にそういう流れですよね。
嶋田:実は、私が今日着ているジャケットも『デサント』の商品で、スポーツで使う素材やデザインを生かしています。例えば、腰ポケットは、動く際に邪魔にならないよう脇に配置し、フタのかわりにファスナーにしました。フロントボタンも四つ穴ボタンでなくスナップボタンにすることで留めやすく見た目もスポーティです。素材自体にストレッチがきいているのはもちろん、このような細かい工夫を施しています。

業界全体がサステナビリティへの取り組みを強化

別所:いいですね。それでは続いて、スポーツど真ん中の話題を。来年にはいよいよパリ五輪が開催されます。デサントさんはパリ五輪を見据えてはいかがでしょうか?
嶋田:競泳では『アリーナ』の水着を着用する選手が国内外で活躍していますし、ゴルフでは『デサント』が、日本代表のオフィシャルユニフォームに採用されています。やはり大きな大会で着用選手の活躍を見るのは、私たちのさらなる商品開発へのモチベーションにつながりますね。水着については昨年の8月に「AQUAFORCE STORM(アクアフォース ストーム)」と名付けた新モデルを発表しました。今日は実物をご用意しています。触っていただくと分かるんですけど、かなり薄いんですよね。
別所:本当ですね。

嶋田:実はこれ、着るのが難しいんです。水着の内股部分をねじって着用するので、慣れない方が着ようとすると20分くらいかかることもあります。
別所:そんなに時間が……。ねじるんですね。
嶋田:水着を内側にねじることによって股関節の内旋動作がサポートされて、より効率よくキックできるようになります。また、身頃には切り替えが無くひとつのパーツのみで構成しており、さらに「糸で縫う」のではなく、「生地を圧着」して作っていますので、泳いでいるときに素材の伸びが妨げられないですし、軽いんですね。
別所:本当だ。縫っていない。
嶋田:ええ。足の動かしやすさやキックのサポートなどで、選手のパフォーマンスの向上につなげています。
別所:すごいですね。このモデルは市販されているんですか?
嶋田:市販しています。一般の方はなかなか着ないと思いますが、競技をされる方に購入いただいています。水泳の場合、公平性を保つためにも、オリンピックで選手が着用する水着は市販されていなければならない決まりがあるんです。市販のためには耐久性も必要ですし、ほかにも色々と厳しいレギュレーションが存在していますので、開発の難易度は高いです。
別所:記録に関係してきますからね。これを着用した選手の活躍を観るのがいまから楽しみです。
嶋田:はい。私たちの自信作です。競泳において『アリーナ』は世界でトップブランドなので、日夜、1/100秒を争う選手のために全力で開発力を磨いています。
別所:スポーツウェアの技術はどんどん進化していきますね。
嶋田:そうですね。私たちはより良い機能やデザインを追求するために、大阪と韓国の釜山に自社の研究開発拠点を持っています。大阪ではウェアの開発を、釜山ではシューズの開発をしています。
別所:その成果が日々現れているわけですね。スポーツ業界にはさまざまなブランドがあるなかで、嶋田社長は業界全体をどのようにご覧になっていますか?
嶋田:私たちももちろんですが、他社さんも努力されていますから、お互いに切磋琢磨していければと思っています。特に最近ですと、業界全体が環境問題への取り組みを強化させています。いかに無駄を無くすか、いかに環境に優しくできるか……事業の競争も激しいですけど、そちらの競争もあって、良い傾向だと感じています。
別所:SDGsやESGの観点からも環境問題やフェアトレードなどへの取り組みは重要ですよね。まして、グローバルを舞台にする企業ならなおさらでしょう。
嶋田:おっしゃるとおりです。欧米はもちろん、アジアも今後ますます意識が高まってきますので取り組みは必須ですね。例えば、スキーウェアや水着などでも使用する撥水剤もフッ素系の使用は規制される方向になっていまして、その基準もどんどん厳格化されています。私たちも、素材メーカーさんと協力しながら環境に優しく、撥水性のある素材を研究しているところです。また、今に始まったことではないですが、購入いただいた商品を「長く着られる」よう品質にこだわったモノづくりをしていますので、それが当社らしいサステナビリティだと思っています。
別所:そうした取り組み自体が会社としてのブランディングにつながっていくと思います。御社は、『デサント』、『アリーナ』、『ルコックスポルティフ』、『アンブロ』など、たくさんのブランドを展開されていますが、特に注力されているものはあるのでしょうか?

日本の工場でのモノづくりを大切にしていきたい

嶋田:もちろんすべてのブランドが大切ですが、コーポレートブランドである『デサント』には特に注力しています。ブランド価値を上げて、プレミアムブランドとして認知されることを目指しています。韓国や中国ではすでにプレミアムブランドとして、非常に高いブランドポジションになっていますので、日本でも部活動や競技のイメージだけでなく、付加価値の高い機能とデザインをもったブランドとして、多くの人に知っていただきたいですね。さらに、最近、私たちが力を入れているのが、工場のブランディングです。
別所:工場のブランディング。
嶋田:当社には、岩手県の水沢工場、奈良県の吉野工場、宮崎県の西都工場と、日本国内に3つの自社工場があります。アパレル業界では、海外生産が主流となっているため、これは非常に珍しいケースだと思います。自社工場ゆえ、デザイナーや商品企画の担当者と製造現場が密に連携し、クリエイティブかつ丁寧なモノづくりができることが、我々の競争力の源泉だと自負しています。
別所:たしかにそうですね。
嶋田:そのようにして生み出された代表的なアイテムが、水沢工場で製造しているダウンウェアで、工場名を取り入れ「水沢ダウン」と銘打って打ち出しています。技術とノウハウの蓄積のある水沢工場でしか作ることのできない、高品質で信頼できる特別な製品である、と。実際、一般的なシェルジャケットはだいたい50〜60工程、ダウンは100~150工程で完成しますが、水沢ダウンは260工程ほどかけて職人が熟練の手作業で作っています。価格は10万円を超えるものもあり、決して安くはありませんが、細部にまでこだわった機能性やデザインに価値を感じていただける方も多く、色やサイズによっては10月に完売してしまうものもあります。手間をかけて当社にしかできない良いものを作り、相応しい価格で売っていくこともブランドの価値につながると思っています。
別所:いいですね。工場ブランディングは珍しいですし、成功すればとても強いと思います。
嶋田:そのほかにも、西都工場では先にお話したトップスイマー向けの競泳水着をはじめとした、接着縫製技術を得意としていますし、吉野工場では、ペンギンロゴの『マンシングウェア』ブランドの「10年ポロシャツ」と名付けた商品を生産しています。これは文字どおり10年間着ていただけるレベルの品質を持ったポロシャツです。高い機能性をもったもの、品位・品質が良いもの、飽きがこないため長く愛用いただけるもの、そういった商品を通じてお客様に喜んでいただくことで、会社もどんどん成長していけると信じています。
別所:では、そういったブランド価値の発信についてはいかがでしょう?
嶋田:モノづくり力の発信という意味では、過去に水沢ダウンの製造工程にフォーカスした動画を制作していますが、まだまだ商品やブランドの魅力について伝えきれていないことも多いです。トップ選手による着用や、タレントを起用したプロモーション、店頭やSNSでの紹介など、様々な手法でアプローチをしていきたいと思っています。また、工場ブランディングの発信のひとつとして、水沢工場の建て替えも挙げられます。約30億円をかけて2025年に建て替える予定です。今、国内の工場に多額の投資をする企業はあまりなく、トレンドとは逆行しているのかもしれませんが、私たちは日本の工場でのモノづくりを大切にしていきたい、というメッセージです。高付加価値商品を生み出す工場として、さらには環境配慮や、地域共生、働きがいを実現する工場でありたいと思っています。
YouTube埋め込み動画(https://www.youtube.com/watch?v=C9_eEEYg7xQ)

別所:ぜひ、日本の工場から世界に通用するものをどんどん産んでいただきたいですね。いろいろお話を伺っていて、御社にちなんださまざまな物語が頭に浮かんできました。アスリートやウェアを着ている方の物語もそうですし、工場で働いている作り手側のストーリーもたくさんありそうですね。工場では地元の方を雇用されているんですよね?
嶋田:もちろんです。地元の方に受け入れられ、地域とともに成長することが、SDGsの視点からも大切なことですし、地元の方に入社していただき、技術やノウハウを引き継いでいってほしいと思っています。
別所:素晴らしい。工場ブランディングとして、工場のある地域やそこで働く方々の魅力を映したショートフィルムを作って発信していったら地方創生にもつながりそうですよね。
嶋田:たしかに面白いですね。また、作った動画をどう活用していくかも私たちはまだまだ勉強しなければいけないので、そのヒントがあればぜひ教えてください。
別所:ぜひぜひ。各工場のショートフィルムを一緒に作って広く発信していけたらいいですね。また改めてご相談させてください(笑)。

(2023.11.13)


【嶋田剛】
1992 年入社、国内営業・経営企画の業務を担当したのち、2005 年から通算 12 年中国に駐在。2013 年上海デサント商業有限公司総経理に就任。2018 年の帰国後は、ルコックスポルティフ・アリーナマーケティング部門長など歴任し、2023 年 6 月デサントジャパン株式会社代表取締役社長に就任。